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指を弾いた時のような音……それが聞こえたと思った瞬間、ボン! ボン! ボン! と、突然辺り一面の壁に炎が灯り始め、やがてそれはあたしたちがいた場所を追い越して部屋の隅っこの方にまで続いていった。そのおかげで辺りはもうすっかり明るくなっている。
それからすぐに、声が聞こえてきた。
「……お前ら何やってんだ? こんな暗い所で?」
え? 誰……? あたしが振り向く前に、ファナが声を上げた。
「――神王さま!」
〝神王〟? 〝神王〟っていうと……えっ!!? 神界の〝王〟のこと!!???
ばっ!! あたしはすぐにその声がした方向を振り向くと、そこにはいかにも高そうな服を着た、ツンツン髪のお子ちゃまが……。
……。
……ああ、何だ。自称魔王の友だち……〝王〟さまごっこの遊び相手か。
見た瞬間、あたしはそれを理解してしまった……当たり前だ。だってこんな小さな子どもが神界の〝王〟であるわけがない。まったく、紛らわしい……。
そんなことを思っていると……どうやら後ろにあった階段から下りてきたらしい。自称神王は、やれやれ、といった具合に、自称魔王と同じく偉そうな態度であたしたちの方に向かって歩いてきた。
「誰かの声が聞こえたと思ってきてみれば……お前ら何でこんな地下室にいるんだよ? リムル探しはどうした……って! ああっ!!」
ビシリッ!! ……もうこの反応にも慣れてきた。自称神王はあたしに気づいた瞬間、全力であたしを指差した。
「お前ら! そ、そいつは……〝リムル〟じゃねーか! ――そうか! 〝リムル〟を見つけてここまで追ってきたんだな! よし! そういうことならあとは俺にまかせろ! そんなやつ俺の魔法で一発で……!!」
「――違うよ? 神王さま。その子は〝リム〟ちゃんだよ?」
……これも慣れてきた。再び、弟、及びファナの援護射撃が始まる。
「……は? 〝リム〟ちゃん??? 〝リムル〟じゃなくて?????」
「うん。〝リム〟ちゃん。魔王さまのお手伝いさんなんだって」
「〝リム〟ちゃんとは途中で会って、今さっきは本当に危ない所を助けてもらったんです。そんな子が〝大罪人〟なわけがないじゃないですか!」
「……え? いや……し、しかし、なぁ? だってどう見ても、〝リムル〟の特徴が全部当てはまってるわけだし……」
タラタラタラ……指差していた自称神王の手が震えてきた。……がんばれ自称神王。ホントはあんたが全部正しいんだよ? ――って、敵を応援しちゃダメか……。
「――ふ、ふざけんじゃねぇ!!」
と、自称神王はヤケクソ気味に、超・正論を並び立てた。
「何が〝リム〟ちゃんだ! そんな〝リムル〟の特徴と完全に一致してるやつがそうそういるわけねーだろーが! しかも今はこの城…神殿中に避難命令が出てるんだぞ!? 違うなら何でそいつだけこの中にいるんだよ! どう考えてもオカシイだろーが!!」
――そして、やはりこの姉弟は、強かった……。
「――でも神王さま? 〝リム〟ちゃん魔法使えるよ?」
「……え? 魔法???」
「――そうですよ神王さま。〝リムル〟は手の力以外、魔法が使えないって魔王さまが言ってたじゃないですか。〝リム〟ちゃんはさっきから、〝テファイ〟っていう魔法を使ってますよ?」
ほら、とファナはあたしを指差した――瞬間だった。予想外のことが起きた。
「――って!! キャアアァーーーッッ!? リムちゃん〝後ろ〟ーっ!!!!!」
そう、突然ファナが叫び声を上げたのだ。
――〝後ろ〟??? はて? 後ろに何が……???
……あ、そういえばさっきの、わさわさ、っとした感触のアレ。毛皮…のようにも見えたけれど、あれはいったい、何だったのだろう?
気になったあたしは、くるり、とすぐに振り向いてそれを見てみたけれど……ん? やっぱり何かの毛皮だ。大きいという以外、特に何の変哲も…………
・
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――三秒後、だった。
「きいいぃぃぃやああああぁぁぁぁぁーーーーーッッッ!!!!!?????」
あたしは、大絶叫した。その瞬間、あたしの指に灯っていた火は、ぽふん、という弱々しい音と共に消えてしまう。
――そこにあった毛皮の正体……それは、〝ヘルハウンド〟と呼ばれる、魔界で最も有名な、屈指の強さと凶暴さを兼ね備える、超・巨大な〝狼〟の姿だったのだ。……ちなみに、あたしが今まで触っていたのは、前脚の先の部分……つまり〝指〟だ。そこだけですでにあたしの身体の体積を軽々と越えてしまっている。
縄張り意識が強く、運悪く出会ってしまったら最後、とまで言われているこの魔獣……こんなのを目の前にして叫ぶな、という方が無理がある。
あたしはそれから、ぺたん、としりもちをつき、裏返って、ハイハイの姿勢で全力でファナたちの元へと向かい、跳びついた。無論、その時のあたしの身体は……いや、あたしとファナの身体は、ガクガクブルブル、と震えきってしまっていたということは、言うまでもない。
――だけど、
「……いや、だから何やってんだよ、お前ら……」
という、あたしたちとは裏腹な、冷静な自称神王の声……。
え? え? と混乱するあたしたちを見て、ぽりぽり、頭をかきながら自称神王は続けた。
「はぁ……よく見ろ。そいつは〝剥製〟だ。本物は三百年くらい前に俺が仕留めてるっての」
「「「〝はくせい〟……?????」」」
あたしたちは呟くと同時に、〝ヘルハウンド〟の方を見てみた。……すると、確かに、目は見開かれたまま、ピクリ、とも動かず、牙をむき出しにした口からは舌が垂れ下がってしまっている。……よくよく見れば、どう見ても、本物そっくりなのは確かなのだけれど、これが生きているようには到底思えなかった。
「……え? じゃあ、何? これって、詰め物をしただけの〝作り物〟ってこと? ――てゆーか、本物は俺が仕留めたってどういうこと!? あんたみたいな子どもなんかにこんなのが仕留められるわけないじゃない!」
「いや、本当なんだが……まぁいい。とりあえず、今ので〝分かった〟」




