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ケケケ、笑った自称魔王はそのまま続ける。
「――ま、とはいえ、そんな強力な風を、ビュービュー、出していたらこの魔法自体が意味を成さなくなるから、実際にはほんのそよ風程度……必要最低限の〝マナ〟で〝空気の流れ〟を作り、俺様の前方に吹き出させている状態だ。……まぁ、神王は普通に〝抵抗〟の魔法を使ってるみたいだがな? 俺様はぜってぇマネしねぇけど」
……なるほど、あたしがいた村でも色んなことに魔法は使っていたけれど、使い方次第ではそんなこともできるのか……あたしも一応、〝火〟を起こす魔法くらいなら使えるけど、それ以上はまだ習ってなかったからな……悔しいけど、ここは自称魔王に完敗だね。
そんなことを思いながら、引き続きあたしたちは自称魔王の後について歩いていた。
――その時だった。
「――ッッ! 止まれ!!」
突然、自称魔王が声を上げたのだ。
何だ何だ? と、当然それが気になったあたしたちは、各々首を伸ばして自称魔王の前方を見てみた。
すると、そこには……〝ボタン〟? ……何かの仕掛けの〝スイッチ〟のような、そんな見るからに怪しい赤い突起物が、曲がり角の壁に取り付けられていた。
「……何、それ?」
あたしが聞くと、「ここをよく見ろ」と自称魔王はそのボタンのすぐ脇に立ってあたしたちの方を振り向き、ボタンの上を指差した。
見ると、そこには……文字…だろうか? A、だとか、B、だとか、そんな、何だかよくわからない形の絵がいっぱい描いてあった。
「……何て書いてあるの?」
あたしが聞くと、「はぁ!?」と自称魔王は驚きの声を上げた。
「え? 何? お前らひょっとして……字が読めねー…の???」
「「「……」」」
こく、こく、こく……あたし、ファナ、弟の順番で、あたしたちは頷いた。
それから、各々の言いわけを述べる。
「――だってあたしの貧乏村じゃ、文字なんて必要なかったし」
「――私はお金がなかったから、学校とか行けなかったし……」
「――ねぇ、〝字〟ってなぁに? もしかして、おいしいの?」
「……すまん。考えなかった俺様が悪かった。許してくれ……」
……えーと…ごほんごほん!
わざとらしく咳払いをしてから、自称魔王は改めて続けた。
「――あー、っとだな? ここには、【魔王へ。絶対に〝押すな〟!!】って書いてあるんだよ」
「魔王へ?」
「絶対に?」
「〝押すな〟~???」
今度は逆の、弟、ファナ、あたしの順番……って、そんなのどうでもいいか……そんなことより、
「ねぇ、魔王?」
あたしは、まさか、と疑いつつも聞いた。
「もしかして……え? 〝押すな〟って書いてあるのに、押そうとしてるの?」
しかも個人指定までしてあるのに?
「当然だろ!」
自称魔王ははっきりと答えた。
「ここまで明らさまに罠っぽく書いてあるんだぞ? だったらこれはむしろ罠じゃねぇ! って考えるのが相場ってもんじゃねーか!」
どんな相場だよ……。
「……ねぇ、魔王さま? 押しちゃダメって書いてあるなら、押しちゃダメなんじゃないんですか?」
「そうだよ魔王さま。それに本当に罠だったらどうするの? 落とし穴とかかもしれないよ?」
今度はファナと弟だ。
状況的には三対一……あたしたちの圧勝だ。
――しかし、
「うっせぇぞテメーら! 俺様はもう決めたんだ! ぜってぇ押すからな!」
強行……まぁ、自称魔王のことだし、最初からわかりきっていたことなんだけれどね?
「よーし! そんじゃま! いってみっかー!!」
そう、意気揚々と、自称魔王は高々と人差し指を掲げ、振り下ろしてボタンに指を当てた。
――そして、
「ポチッとな!!」
ポチ……ボタンは押され――
バコン!
――刹那、だった。自称魔王の足元にはやはり〝落とし穴〟が現れた……って!!
――グンッ!!
階段で足を踏み外した時のような、突然の気持ち悪い感覚……!!
気がつけば、確かに自称魔王の足元には、ポッカリ、と大穴が空いていたのだけれど、それが、予想以上に大きかった!
――なんと大穴は、あたしたちの足元にまで広がっていたのだ!
「キャーーーーーッッ!!!!!???????」「落ちる~!」
ファナの大悲鳴。弟は結構余裕そうだけど……とにかくそれを聞いたあたしは、思いっきり背中の翼を広げた。
そう。あたしは飛べるのだ。だからこんな落とし穴なんか全然怖くない……〝普段〟なら。
「う…ぐううぅぅぅぅっっ!!!!!! むぅぅぅりぃぃぃぃいいい!!!!!」
現在の体重。普段のおよそ三倍……いや、ゴハンの後だし、四倍くらいになっているかもしれない……とにかく、二倍くらいまでならどうにかなったかもわからなかったけれど、あたしの非力な身体で三人分の体重を支えるのは絶対に無理があった。せいぜいがせいぜい、落下速度を緩めるので精いっぱいだった。




