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――ピタ!
それを聞いて、さすがの弟の手も止まる。
そして弟は、ギギギギギ、とまるで錆びて動きづらくなった滑車のようにゆっくりと一度ファナの方を見て、それからもう一度、ギギギギギ、と料理の方を見た。
「…………………………」
……考えること五~六秒。弟の決断は……?
「……」
――すとん。
弟はそのまま何も言わず、黙って手を膝の上に置いた。……どうやら、根はいい子であるらしい。
あはは……とあたしはそれを見て苦笑いした……けれど、実際、最初からそれがわかっていながらも料理を食べていた分、あたしの心は、ズキズキ、と痛むものがあった。
……う~ん…あたしは無罪だけど、捕まったらどうせまた牢屋でいつものおいしくないゴハンを食べさせられるんだし、その前にできるだけおいしい物を食べておきたい。そう思っただけなのだけれど、やっぱりこれって……悪いこと…なのかな? いや、でも何にも悪いことはしていないのに、またあのおいしくないゴハンを食べさせられるっていうのも何だか不条理なような気も……。
……………………。
――カチャン。
あたしは悩んだ結果、皿にフォークを置いて弟と同じように膝に手を乗せた。
……牢屋のゴハンはおいしくない。おいしくない、けれど……やっぱり、人の物を勝手に食べるのは悪いことだ。もう半分くらい食べちゃったけれど、それは後からちゃんと謝れば、きっと許してくれる……よね?
そう考え、あたしはそれ以上食べるのを止めた。
――その時だった。
「……あ? 何だよ? 食わねーのか? もったいない! だったら俺様が代わりに食ってやるよ」
突然、自称魔王が料理に手を伸ばして……って!!
「――ちょっ!? 魔王! 何やってんの! ファナの話聞いてなかったの! 食べちゃダメなんだってば!」
「んあ? 何でだよ? だってもうほとんどのやつが昼食いそびれて…つーかここでは食えねーと思って、町まで昼飯買いに行ってるんだぜ? 確かに戻ってくるようなやつも何人かはいるとは思うが……それでもたかだか数十人だろ? ここの料理は明らかに百人前以上はあるんだし、俺様たちが食わなかったら全部〝捨てられ〟ちまうんだぜ? もったいねーだろ?」
「え……捨てられちゃう…の?」
ファナが聞いた。おう、と自称魔王はすぐに答える。
「当たり前だろ? これだけの量なんだぞ? このまま放っておいて夜に温め直して食わせて、それで誰かが腹痛でも起こしたら全部調理場の責任だ。そんな危険なマネ、臆病な神族のやつらがするわけねーよ」
「そう……なんだ……」
……ごくり。
ファナの、のどが鳴った。
チャンスだ!
その音を聞き逃さなかったあたしは、ここぞとばかりにファナをオトしにかかる。
「――そうだよファナ! みんなお腹空いてたんだから、きっともう町で何か食べてるよ! どうせ捨てられるんだったら、もったいないから食べちゃおうよ!」
「そ…そうだよお姉ちゃん!」
と、そこに弟も乗っかってくる。……弟もどうしても食べたいらしい。
「お姉ちゃんだっていっつも言ってるでしょ? 食べ物を粗末にしちゃいけません! って! 今食べなかったらまさにそうなっちゃうんじゃないの?」
「……こいつらだってこう言ってるぜ? どうすんだよ、ファナ?」
「……」
………………。
しばらくの沈黙……だが、その時、くぅぅ、と誰かのお腹が鳴った。
……言わずもがな、ファナのだ。
ファナはその瞬間、ビクン! と身体を飛び上がらせて、それから恥ずかしそうに、顔を真っ赤に染めて呟いた。
「……じゃあ……いただきます……」
「「――いっただっきまーす!!」」
やったー! 大成功だ!
あたしと弟はそれからすぐに料理に手を伸ばし、ファナといっしょに食べ始める。もう何の遠慮もするもんか!
「っけ、ガキはそれでいいんだよ」
と、(自分だって子どものくせに)そう言い放った自称魔王は、テーブルから飛び降り、あたしの後ろにあった果物のカゴの方に向かって歩いて行った。
……何だ、ファナが食べないのを心配してそんなふうに声をかけるだなんて、自称魔王にだって良いところはあるんじゃないか。今までロクでもないどこぞのお坊ちゃまだとばかり思っていたんだけれど……ほんの少しは、見直してあげてもいいかな?
そんなことを考えながら、あたしは食事を続けた。
……だけど、
「……しかし、腹痛起こすやつがいると悪いから、全部捨てられちまう…か……さすがは俺様、完璧な話術テクだ」
……そう、微かに……あたしにだけギリギリ聞こえるような小さな声で呟いた自称魔王は、そのまま独り言を続け――
「――ま、そんなの魔法使えばぜってぇ有り得ねーんだけどな? ザマーミロ神族…ケケケ」
――こふっ!
あたしは、思わず口に含んでいた物を盛大に吐き出しそうになった。
「――ん? どうしたのリムちゃん?」
それに気がついた心底優しい心の持ち主のファナは、当然すぐに声をかけてくる。
「のどに詰まっちゃった? お水、いる?」
「……い、いや、だいじょうぶ……あたしは何も聞いてない。何も聞いてないから……」
「え? ……何が?」
これもまた当然、ファナにはそう聞かれたけれど、あたしはそれでもずっと、同じセリフを言い続けた。
……何も、聞いてないから………………。




