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 〝獣人〟……普通の人間にはないような、身体の一部が獣のソレ……ボクとお姉ちゃんの場合は〝耳〟がそうである。

 ナイフの男はそれを確認すると、ポンポン、とそのナイフの峰を手で叩きながら話した。

「獣人といえば昔から〝差別〟の一番の対象だからな。いくら国令が出てても、お前たちみたいな獣人のガキが孤児になるっていうのは…まぁ当然っちゃ当然の話だわな……っと、話がそれちまったな? じゃあここからが本題だぜ、お嬢ちゃん?」

 ナイフの男は、動くなよ! とお姉ちゃんに強く言ってから、そのナイフでお姉ちゃんの服の正面を切り始めた。

「……!? な、何を!?」

「何を? くくく、決まってるだろ? お嬢ちゃんの身体の成長具合を見てんだよ」

 ビリリ……お姉ちゃんが大切にしていた服は、ナイフの男によって無残にも切られてしまった。ナイフの男はそれを広げてお姉ちゃんの身体を見る。

「どれどれ……おお、こいつは将来期待大だな! ……いや、実はな、お嬢ちゃん? お嬢ちゃんみたいな一部分だけ獣人のかわいコちゃんは、お金持ちの変態おじさんたちにすっごく喜ばれるんだよ。特に、耳だけとか、尻尾が生えてるだけ、とかはかなりな」

「……!!」

「お? 理解したか? そのとおりだ。お嬢ちゃんにはそんなおじさんたちがいっぱいくるお店で働いてもらいたいんだよ。もし働いてくれるんだったら……そうだな、お嬢ちゃんのお願いを一つだけ聞いてやってもいい」

「――!! 本当、ですか!?」

 身を乗り出して、お姉ちゃんは聞いた。

「ああ、本当だとも。お願いは…弟くんを〝助けて〟……だったかな?」

「はい! そうです!」

「っ! ……おねえちゃ……!!」

 シーダは黙って! そう叫んでからお姉ちゃんは続けた。

「本当に、本当に何でもします! だからシーダだけは!!」

「ああ、分かったよ。それじゃあ……」

 す…と突然、ナイフの男はボクを人差し指で指差した。見れば、その指先には小さな〝火〟が灯っていた。

「……? あの……何を???」

 ナイフの男が何をしているのかわからなかったお姉ちゃんは、首を傾げながらそれの意味を聞いた。

 ナイフの男は、それに笑い顔で答える。

「ああ、これか? これは〝魔法〟って言ってだな、とっても便利なものなんだ」

「……?」

 ……まだ、意味がわからない。ナイフの男は、いったいその〝魔法〟でボクに何をしようというのだろうか?

 くくく…ナイフの男は笑いを堪え切れない、といった様子で話した。

「……まだ分かんねぇか? これはな、人を〝殺す〟ための力なんだよ!」

「「!!?」」

 ナイフの男がそう言い放つと、瞬間、灯っていた火は大きな〝炎〟へと変化した。

 そして、

「死ね!」

 男は、それをボクに向かって――


「だめえぇぇっ!!!!!!」


 がばっ! ――その時だった。お姉ちゃんがボクの身体に覆いかぶさってきたのだ。

 ナイフの男は、ちっ、とそんなお姉ちゃんのことを見て舌打ちをした。

「……おい、邪魔だ。そこをどけ」

「どきません!! それに、約束が違います!! さっき、シーダだけは〝助けて〟くれるって!!」

「んあ? ――ああ、それか。それなら、ちゃんと約束は守ってやる」

「――だったら!!!」

 必死に叫ぶお姉ちゃんに、ナイフの男はニヤニヤ笑いながら答えた。

「だから、〝助けて〟やるって。どうせそいつは獣人……今はまだガキだから周りの大人たちは何もしてこないかもしれねーが、大人になったら話は違う。……大人の獣人は普通の人間の何倍も力が強いからな……暴れられたら困るってんで、そのほとんどは成熟する前に〝狩り〟にあう……悪人の俺が言うのもアレだが、そん時はものすげー酷いことをされるらしいぜ? 痛めつけられまくった挙げ句、最後には首を落とされるんだ。――どうだ? そうなる前に、今ここで痛い思いもせずに死ねるんだ。これはもう、〝助けた〟ってことになるんじゃねーか?」

 ――そんな!! そんなのって……!!

「――そんなこと、私がさせません!!」

 お姉ちゃんが叫んだ。

「シーダは私が守ります! 私がどんなことをしてでも守ってみせます! 絶対に殺させたりなんかしない……だから、シーダを殺すというのなら、私は絶対にあなたの言うことなんか聞かない!! 誰が聞いたりするもんか!!」

 いいねぇ、その気迫……呟いてからナイフの男は話した。

「……だがなぁ、お嬢ちゃん。守るって……いったいどうやって守ってあげるっていうんだい? お嬢ちゃんにはこの魔法…俺たち〝炎爆〟の名前の由来にもなっているこの魔法を防げるだけの〝何か〟があるっていうのかい? とてもそうは思えないなぁ~」

「……そ、それでも! 守ってやる!! 私はあなたになんか負けたりしない!!」

「……やれやれ、そうかい。そこまで言うんじゃあ、しょうがないな……まぁ、どのみちこの魔法は座標を指定しさえすればそれ以上爆発はしない魔法だからな。お嬢ちゃんの大切な身体は傷つかずに済むか……よし、分かった! 守れるって言うんならおもしろい。ほれ――守ってみせろ!!」

 ――次の瞬間だった。

 ナイフの男は、指に灯った炎をほんの小さな、豆粒ほどの大きさの〝球〟へと変化させ、それをボクに向かって放った。

 お姉ちゃんはそれを見て、ボクの身体を思いっきり抱きしめる。

 ボク自身は、それに対して手を握り返すことくらいしかできなかったけれど、しかし全くと言っていいほどに、不思議と恐怖は感じてはいなかった。

 ……もしかしたら、お姉ちゃんが抱きしめてくれているからかもしれない。――そうとも思った。

 ……ああ、お姉ちゃんの身体……あったかいな。

 そんなことを思いながら、ボクは眠るように、ゆっくりと目を閉じた。


♠♠♠♠♠♠♠♠♠♠




❤❤❤❤❤


「――は?」

 唐突に、えんばくの男はそんな間の抜けた声を上げた。

 弟を力いっぱい抱きしめ、ぎゅっ、と強く目を閉じていた私は、その声を聞いて、恐る恐る目を開けて、弟のことを見た。

 ――だけど、

「……あれ?」

 ……弟は、びっくりした様子で目をぱちくりさせていた。……どうやら、ということもなく、弟は無事であるらしい。

「い…いったい、どうなってやがるんだ?????」

 と、あの火の玉を放った当の本人が、困惑した様子で首を傾げていた。

「俺の魔法が…〝消えた〟???」

 い、いや、そんなはずはねぇ! ――えんばくの男は再び私たちに指を向ける。

「……は、ははは…いや~失敗失敗! 爆発範囲を小さくしすぎて、どうやらお前たちの所に届く前に魔法が消えちまったらしい。――今度こそ!!」

 ボン! とえんばくの男の指が再び燃え上がった。

 えんばくの男はそれを、私が弟の身体を守るだけの時間も与えずにすぐに放った。

 ――だけど、


 ジュッ。


「……あ……れ……?????」

 球に変化した炎は、そんな、まるで水の中に焼けた小石を落としたかのような小さな音を立てて、私たちのすぐ目の前で消えてしまった。

「ば……かな……俺の魔法が…炎爆が…発動しない……だと……???」

 くそっ!! ――二度目の失敗に怒り、怒鳴ったえんばくの男は、続けて何発も、先ほどと全く同じ魔法を放った。

 ――でも、

 ジュッ、ジュッ、ジュッ、ジュッ……いくらやっても、結果は変わらない。

 ……もしかしてこの人…本当は魔法を使えないんじゃ……???

 と、私がそんなことを思い始めた、その時だった。

「……も…いい」

 肩を落としたえんばくの男が、ぼそ、と何かを呟いたのだ。

 え? 私が声を漏らした――次の瞬間。

「――もういい、って言ったんだ! このクソガキが!! やっぱりお前ら両方ともぶっ殺してやる!!」

 はあっ!! ――えんばくの男は、しかし今度は両方の手の平を空に突き上げた。

 瞬間、先ほどとは比べ物にならないほどの〝炎の塊〟がそこに灯る。

「ふ……ふはは、ふははははは!! ――どうだ? これが本当の炎爆の魔法、〝ファイネ〟だ!! もう手加減なんてまどろっこしいことはしねぇ!! ここで姉弟もろとも吹き飛びやがれ!!!」

「――っっ!!」

 今度こそダメだ!!

 私はそう覚悟し、再び弟のことを強く抱きしめた。

 ――刹那、えんばくの男は怒声とともに、その炎の塊を私たちに向かって放った。


 ズドーンッッッ!!!!!


 瞬間、爆音とともに私の視界を遮ったのは、炎の〝壁〟だった。

 それを見た私は、すぐに、自分たちは死んでしまうんだ、ということを理解した。何より、これだけの炎に囲まれていながらも、ちっともその熱さを感じなかったのだ。

 ああ、死ぬって…こういうことなのか。死ぬ時は、何も感じないんだ……。

「……ごめんね、シーダ」

 ――勝手に口が動いた。弟はそんな私の言葉に答えるように、握っていた手に力を込める。

 私は……そんな弟の身体の、手の温もりを感じながら、ゆっくりと目を閉じた。

「……大好きだよ」

 そう、呟いて……。

 ……。

 …………。

 ………………?

 ……数秒、時間がすぎた。

 だけど、何も起こらない。

 ……いくら死ぬ時は何も感じないといっても、多少なりとも何かしらの変化はあるはずだ。

 私は空いていた方の手で手さぐりに弟の身体をさすってみたけれど……何も変わらない。どころか、いつもと同じ、温かさを感じた。

 私は恐る恐る、再び目を開けてみると……そこには、

 炎の、壁……

「えっ?」

 思わず、声を上げてしまった。

 炎の壁は、今もなお燃え続けていたのだ。ただし、私たちの周りを〝球状に囲むように〟。

「シーダ! シーダ見て!!」

 私は弟の身体を揺さぶると、弟はゆっくりと、先ほどえんばくの男に蹴られたお腹を押さえながら身体を起こした。

「……え!? お、お姉ちゃん、これって――」

「わからない…けど、なんか私たち、だいじょうぶっぽい???」

 これだけの炎に包まれておいてその表現はちょっとおかしかったけれど、しかし実際、何ともなかったのだ。

 ――熱くもなければ、痛くもなく、

 ――息苦しくもなければ、咳すら出ない。

 全くの普通……。

 ――しばらくすると、炎の壁はどんどん小さくなって行き、私たちの目の前には再びあのえんばくの男の姿が現れた。

 だけど、えんばくの男の様子は先ほどとは打って変わって、まるで別人のようだった。

 ――というのも、

「ひ、ひぃぃ!! な、何なんだ、お前ら!!? 俺の魔法が…直撃したはずなのに! それなのに何でお前らはまだ生きてんだよぉっ!!!??」

 完全に、怯えていたのだ。目の前にいるのは、二人足しても自分の歳にも届かない、小さな子どもだというのに……。

「あ……え……???」

 何が何だかわからない。私が思わずそんな声を漏らすと――

「はひぃぃ!!!」

 ばっ! とえんばくの男はいつの間にか地面に落としていたナイフを拾い上げ、それを私たちに突き付けた。

「く…くるんじゃねぇ! この化け物ども!! 一歩でも近寄ってきたらこいつでぶっ殺してやる!!!」

 言っていることの意味がわからない。私たちが…化け物? どういうことなのだろうか?

 ……しかし、とりあえず、これ以上あのえんばくの男を刺激するのはまずい。そう思った私は、ただ弟のことをギュッと抱きしめた。

 ――その瞬間だった。


「――そこまでです!」





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