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……さて、何はともあれ、
「「いっただっきま~す!!」」
――目を回していたファナも無事に目を覚まし、席に着いたあたしたちの目の前に並べられたのは、料理の山、山、山……あたしが逃げ出したせいでみんな避難して、そこにはもう誰もいなかったけれど……どうやら今はちょうどお昼時だったらしい。調理場内には作り立ての料理が大量に、無造作に、皿に盛られて並べられていた。
……たぶん、いや、絶対に、この料理はこの城で働いている人の分なのだろうけど……もはやそんなことを気にしている場合ではない。
魔界にいた頃から豊かな、とはとてもじゃないけど言えないような生活を送ってきたあたしにとって、目の前にあったのは夢の〝食べ放題〟ってやつだったのだ。こんなのを前にして我慢できるほど、あたしは大人じゃない。
どれ、さっそく一口……パク。
もぐもぐもぐ……ごくん。
「う~ん❤ おいしー!!」
思わず声を上げてしまった。そりゃそうだ。魔界にもそこそこおいしい物はいっぱいあったけれど、どれも見た目が悪く、味にも雑味がいっぱい混じっているようなものばかりだったのだ。――それが、この料理には一切感じられなかった。
……何だろう、この料理? 魚料理…だということは見ればわかる。しかしそこにかかっている、サラサラ、としていて、それでいて、テカテカ、しているこの甘じょっぱい琥珀色のタレ……これはいったい何なのだろう? 身の中にまでよく染み込んだそれは、ふわふわなこの白身の魚にすごくよく合っていて、しかもそこからは魚料理独特の〝臭み〟というやつが一切感じられなかったのだ。
……もしかして、このタレのおかげでこんなにおいしくなってるのかな? ……うん! きっとそうだ。そうに違いない!
そう確信を得たあたしは、いつかお母さんにもこんなおいしい料理作ってあげたいな……なんてことを考えつつも、黙々とその料理を食べ続けた。
おいしい! 本当においしい! ――ん?
――と、半分以上食べてから、〝ソレ〟に気がついた。
〝ソレ〟とは、この魚が入ったお皿の底の方に沈んでいた……〝木の年輪〟? みたいなのが表面に浮かんだ、薄っぺらな〝黄色い物体〟だった。
……何、これ? 食べられる……のかな?
くんくん、あたしはニオイを嗅いでみたけれど……そこからはもうこのタレの匂いしかしてこない。
…………。
……悩んだ結果、あたしは……
――パク。
食べてみた。
――瞬間、
「――か!! かりゃい(辛い)!!」
ぺっぺっ! 思わず空いていた皿に吐き出す……何なんだ、これは!?
「――あー、そいつは確か、神界で採れる料理の臭み消しの一種だな」
――と、それを説明してくれたのは予想外にもあの自称魔王だった。
「え? こんな辛いのが、臭み消し……???」
聞くと、なぜか自称魔王は近くにあったフォークで他の魚料理を突き始め……あ、出てきた。あれはまさしく、あたしが吐き出してしまった〝ソレ〟だ。
自称魔王は〝ソレ〟をフォークに突き刺し、くるくる、と回しながら説明を続ける。
「ああ。前にここにきた時にエルから教えてもらったんだが……何でも、こいつを入れて煮たり焼いたりすると、何でかは知らねーが、どんな臭みのある食材でも一発でその臭みが取れちまうんだとさ。あと、これ自体も料理のやり方次第では結構ウマくなるらしい。……名前は確か……そう。〝ショッガー〟だ。何か正義の味方みたいな名前だよな?」
……正義の味方というよりは悪の戦闘員みたいな名前だけど……まぁ、それはいいや。そんなことより、へ~。これって、そんなにすごいものなんだ。……魔界にも似たようなもの生えてないかな?
「――ところでさ?」
カチャリ。ショッガーが刺さったフォークを皿に置いた自称魔王は、それから椅子…ではなく、わざわざ座るには高すぎるテーブルの上に座り、水瓶を台に頬杖を突きながら聞いた。
「お前ら二人はいいとして……おい、ファナ? お前だけさっきから一口も食ってねーようだけど……どした? 腹でも痛いのか?」
「え?」
あたしはすぐに左隣に座っていたファナの方を見た。すると……ホントだ。料理はファナの目の前にあるのにも関わらず、ファナはただそれを見つめているだけで、一切手をつけようとはしなかったのだ。
……いったいどうしたのだろう? まさか自称魔王の言うとおり、本当に具合でも…悪いのだろうか? ――あ、そういえばここにくる前から少し様子がおかしかったような気も……あれはあたしの服装のせい、というわけではなかったのかな?
ねぇ、ファナ? 気になったあたしはすぐにファナに話しかけた。
「どうしたの? さっきから少し元気がないみたいだけど……具合、悪いの?」
「……え? う、ううん……ただ、このお料理が、その……」
料理? ……ファナの前にあるのはあたしと同じ料理だ。ファナは魚が…嫌いなのだろうか?
そう思ったあたしは、目の前にあった肉料理の皿を手に取り、ファナに渡した。
「はい、ファナ。――魚が嫌いなんだったら無理して食べることないよ。こっちの肉料理を食べたら? それとも、そこの野菜料理にする? 果物でも何でもあるよ?」
「あ! ううん。そうじゃないの。魚は好きだけど、そうじゃなくて……」
「……???」
そうじゃなかったら……いったい何だというのだろう?
あたしは肉料理を自分の方に戻し、首を傾げながらその答えを待った。
……ちなみに、あたしの反対側に座っていた弟の方はというと、もはやお姉ちゃんがどうであろうと関係ないといった感じだ。早くも二皿目の料理に手を伸ばしていた。
――だけど、その時だった。
ファナが、まるで消え入りそうな小さな声で呟いた。
「……だって、この料理食べちゃったら、神族のみんなが戻ってきた時に食べるものがなくなってて、悲しい思いをしちゃうかも…しれないから……」




