4-3
――食堂。
ファナと手を繋ぎ、訓練所の近くを歩き回ってその場所を探していると……やはり、と言っていいだろう。探し始めてからものの数分でその場所は見つかった。すぐに、あたしは弟に声をかける。
「ほら、着いたよシーダ? そろそろ復活しな?」
「……う~ん……ご、ごは…ん……?」
「そ、ゴ~ハ~ン!」
「ごはん……」
――ごはん!!?
ばっ!! と遂に弟が復活した――そう思った、瞬間だった。
「ごはーんっっ!!!」
ギュンッ!! ――突然視界が横に流れた。
見ればシーダは、ロープで繋がれたファナの身体ごと…どころか、さらにそのファナと手を繋いでいたあたしの身体ごと、とんでもない力で引っ張って駆け出していたのだ。
まるで野生のグレム(※魔界に生息するサルのような姿の魔獣。小さいが、極めて力が強い)のようだ……いったい、この小さな身体のどこにそんな力が隠されていたのだろうか?
「きゃー!! 待ってシーダ!! お願い止まってーっっ!!!」
「ごはーんっっ!!!」
ファナの必死の呼びかけも、もはやシーダの前には何の意味も成してはいなかった。
全てを無視して、ただゴハンのためだけに全力で走る弟。
それを何とか止めようと、片足で無意味にもいっしょうけんめいブレーキをかけるファナ。
……ちなみに、あたしは何もしていない。なぜなら、ロープで弟の身体に固定されているファナとは違い、あたしはただファナの手につかまっているだけ……凄まじいスピードで走られたらもう、必然的にあたしの軽い身体は宙に浮いてしまうのだ。あたしにできることといえばもはや、それが止まった時に投げ出されないようにファナにしっかりと捕まっていること…それくらいなものだった。
それから、数秒……弟は遂に、調理場の中へと駆け込んだ。
――瞬間だった。
「ん? ――どわっっ!!?」「きゃー!!!」
どしーん! ボトボトボト……。
……誰もいない。そう思っていたはずのそこから突然現れた謎の人影……それと弟は、正面から思いっきりぶつかってしまったのだ。
あたしはその瞬間慌ててファナから手を離し、翼を広げて空中に逃れることでことなきを得ることができたけれど……ファナは悲惨だ。急停止したその反動で……手を離した今、あたしには普通の道に見えているけれど、恐らく壁にぶつかったのだろう。おでこを真っ赤に染め上げて目を回しながら、それでも止まることなく床に散らばった大量の果物の山に跳びつく弟に引きずられていた。
…………ん? 待てよ? 調理場の中に入ったとはいえ、ぶつかったのは謎の人影だったはずだ。それなのに何でこんなに果物が散らばって……あっっ!!!!!
――刹那、だった。あたしが、その〝最悪の事態〟に気がついたのは……。
「いって~! あーくそっ! 誰だこの俺様にぶつかりやがったのは!! ――って、あれ? お前ら何でこんなとこにいるんだ?」
――この、一人称が〝俺様〟で、聞き覚えのある生意気そうな少年の声は……間違いない。
自称魔王を名乗る少年……つまりはあたしのことを〝完全に知っている追跡者〟の姿が、そこにはあったのだ。
「――わ、まうぉーふぁまわ(あ、魔王さまだ)!」
ようやく食べ物にありつけたおかげか、正気に戻った弟は……もぐもぐもぐ、ごっくん。と一度口いっぱいに詰め込まれたそれを飲み込んでから、改めて、目を回したまま帰ってこられない状態のファナに代わって答えた。
「あのね? リムルを探してたらボクすっごくお腹が空いちゃって、それでとりあえずお姉ちゃんと、途中で会った〝リムちゃん〟といっしょに食堂を探してたんだ。そしたら魔王さまにぶつかったの。……あ、ぶつかってごめんね?」
「ごめんね、って……まぁいい。――ん? つーか〝リムちゃん〟??? いったい誰だそりゃあ?」
「え? ――あ、ほら。あそこで飛んでる子」
「んあ? 飛んでる子、だぁ?」
ふ…と自称魔王は、弟が指差した方向……つまりはあたしが飛んでいた方を見上げた。
――と、ほぼ同時だった。
「あーーーーっっ!!!!!」
引きつった顔を元に戻せるわけがないあたしの顔を、自称魔王はそう大声を上げて、ズビシ! と全力で指差した。
そして、遂に……
「おまっ……〝リムル〟!? 何でテメーがこいつらと仲よくいっしょに!!?」
……バレて、しまった…………。
……まぁ、そりゃそうか。ファナたちに気づかれなかったことだって、もはや奇跡と言っても過言ではなかったわけだし、連れてきた自称魔王自身があたしを見てリムルだと気づかないわけがない。当然、一目瞭然、ってやつだ。
……はぁ~……せっかく食堂にたどり着けたのにな~……せめて、お腹いっぱいゴハンを食べてから捕まりたかったなぁ~……。
がっくし、肩を落としたあたしは、仕方なく思いつつも、逃げずに素直に地面へと降り立った。そしてすぐに手の平を上に、両手を前に突き出して〝無抵抗〟の意思を自称魔王に伝えた。
それを見てすぐに、自称魔王は応える。
「ぬ! ……大人しく捕まる…ってか? ……ふむ、それなら、まぁいいだろう。……逃げた理由諸々は後でゆっくりと聞かせてもらうが、それに免じて今回罰は――」
――その時だった。
「――違うよ魔王さま? その子は〝リムちゃん〟だよ? 〝リムル〟なんかじゃないよ?」
……え?
今まで何の役にも立たなかった弟からの、突然の援護射撃。
それを聞いて自称魔王は、「……え? 何? …ウソ!? こいつ〝リムル〟じゃねーの!?」となぜだか混乱し始めた。
そこに、さらに弟が追撃をかける。
「そうだよ! 何言ってるの魔王さま! 〝リムちゃん〟は魔王さまのお手伝いさんの一人なんでしょ! ちゃんと憶えておかなくちゃダメじゃない!」
「あ……え? いや、し、しかしだな、こいつはどう見ても……」
じ……と自称魔王はあたしの顔を見つめた。
そして、これまたなぜか、顔が引きつり始め、そこからは大量の冷や汗が流れ始めていた。
……え? 何? まさかあたしが〝リムル〟だって……わかんない…の!? 自分でここに連れてきておいて!!!??
あ、う~ん……と自称魔王は、それからあたしから目を逸らし、有り得ないことを言い始めた。
「た…たたた、確かに、〝リムル〟とは〝特徴〟が違っているような気も、しないではないような気も、しないでは、ないような……」
いやいやいや! ドンピシャだよ自称魔王! あたし、どう見ても〝リムル〟じゃん! 何で疑るの!!?
「ほら、魔王さま!」
と、あれほど頼りなかった弟が、さらにさらに頼もしく、追撃をかける。
「間違っちゃったらちゃんと謝らなきゃダメでしょ! ボクだってさっき魔王さまにぶつかった時にも謝ったんだから!」
「ああ、うん……」
…いや! だが! としかし、そうは言われても自称魔王もやはり疑いを捨て切れないでいるらしい。最後の最後に大声を上げた。
「……そ、それなら、あの〝手〟は何なんだよ! 何で両方の手の平を上にして前に突き出してるんだ!? ありゃあどう見ても〝無抵抗〟を表す――」
――だが、弟は…〝強かった〟……。
「――〝ゴハン〟、じゃないの?」
……え???
「〝ゴハン〟???」
自称魔王が聞くと、弟ははっきりと答えた。
「うん。だからほら。ゴハンちょーだい。ってこと」
ばっ! あたしと自称魔王は、すぐさまその〝手〟を見た。すると……
――ゴハン、ちょーだい❤
――確かに!! 今の状況ならそう見える!!!
「え? あ……? 何? お前…ゴハンくれって……か???」
「……」
――はっ!! 一瞬遅れてしまったけれど、せっかく弟にもらったチャンスだ。あたしはすぐさま笑顔を作り、答えた。
「う、うん。ゴハン……ちょーだい❤」
「…………お、おう……」
――この、瞬間だった。あたしは自他共に、完全に〝リムちゃん〟になったのであった。




