3-9 リムル登場。
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――あたしの名前はリムル。普通の魔族同様、〝始まりの樹〟である〝ユグドラシルの実〟から生まれ、神界との界境にほど近い、魔界の端の方にある小さな村に送られた、ごく普通の子ども……だったのだけれど、いったいどこで何をどう間違ったのか、手に〝変な力〟を宿してしまったせいで、気がつけばいつの間にか、なぜか、今や存在そのものが危険極まりない、〝極悪大罪人〟となってしまった悲しい女の子である。
……何か、人をたくさん殺しただろ! だとか、この化け物め! だとか……あたしはただ夜普通に寝ていて、朝普通に起きただけなのに、そんな、わけのわからない、自分には全く身に覚えのないようなことでどうやらそんな扱いになっているみたいなんだけど……まぁ、そんなのは小さい頃から慣れっこだ。今さら気にするのもアレだとして……はて? そんなことよりも、だ。あの自称〝魔王〟を名乗るお間抜けな少年をうまいことだまして逃げ出せたのはいいのだけれど……ここはいったい……どこなのだろう???
むぅ……唸りながらもあたしは辺りを見回してみたけれど……進んでも進んでも、そこにあるのはただの、何もないだだっ広い廊下だけ。――そのことから、ここはどこかバカでかい、城のような建物の中なのだろう。ということだけはわかったのだけど……しかし、有り得ないことに、窓から見える景色は、いつもの見慣れた魔界のソレとは、まったくの別物だったのである。
……というのも、そこから見えた景色は、ものすごく〝きれい〟だったのだ。
――目の前に広がっていたのは、何ということもない質素な普通の街並み……だけど、その街の外には黄金に輝く草原がどこまでも続いていて、いつもの魔界のように薄暗くもなければ、瘴気を放つ毒の沼もない。まさに〝理想郷〟……そう言っても過言ではないような、とてもきれいな世界がそこにはあったのだ。
う、う~ん……絶対にここ、魔界じゃない…よね?
……あたしは自分が送られた村のこと以外、何も知りはしなかったけれど、ここまで文字どおり別世界を見せつけられると……もはや確信だ。そう思わずにはいられなかった。
……しかし、だとすればここは本当に、いったいどこなのだろう? まさか、あたしを裁くために遂に神界まで連れてきた……とか? あ、いや、でも確かずっと前にお母さんが、魔界と神界の人はとにかく仲が悪い、って言ってたっけ? となると、ここは精霊界? いや、人間界っていう線もなくは…ないんだよね……???
……。
……。
……。
……うん。こんなところで考えていても時間の無駄だな。とにかく、逃げ出すことには成功したんだ。あとはどうにかして外に出て、それから……どうにかして、どうにかしきって、魔界のお母さんの所に戻ろう。……何、あたしは何も悪いことはやってないんだ。お母さんの所に戻れば、きっとお母さんがそれを証明してくれるさ。
そう楽観的に考えたあたしは、突き当たったところを左に曲がってみた。
……が、そこにはまた、延々と続く長い廊下が…………。
……むぅ、これじゃあキリがないな。
――あ、だったら、とあたしは閃き、すぐに窓を見た。そこからは先ほどと同様、きれいな外の景色が見えている。
――そうだよ。わざわざ道もわかんない城の中をてきとーに進むより、最初から見えている外に向かって〝飛び出せば〟いいんだ。……ここは城の中でもものすごく高い所のようだけれど、そんなのは〝羽〟があるあたしには何の関係もない。ヒュー、と、ひとっ飛びだ。
よし、じゃあさっそく……。
バサッ! あたしは背中の、魔族〝悪魔科〟特有の真っ黒な翼を大きく広げ、勢いよくそこを飛び立った。
……誰かに見つかったらまた牢屋に入れられる可能性もあるし、とりあえずはあの、誰もいなさそうな黄金の草原にでも行こうかな?
何てことを、考えながら。
――だけど、
「――あれ……えっ!?」
窓を飛び出した、その瞬間だった。
突然目の前に現れたのは、先ほどから嫌というほど見てきた廊下の〝壁〟。あたしは勢い余ってそれに正面からぶつかりそうになったけれど、慌てて急ブレーキをかけると共に、思いっきりその壁を蹴ることによりなんとかそこにはぶつからずに済んだ。……ただし、蹴ったその衝撃でバランスを崩し、おしりから地面に思いっきり落ちてしまって結局は痛い思いをしてしまったのは……言うまでもない。
「~~~~ッッ!! いったぁぁぁ~~~~~!!!」
見つからないように静かにしていなくては……そうは思いはするものの、結局は我慢できずに思わず大きな声が出てしまう。――だけど、これはもうどうしようもない。…だって、痛いものは痛いのだ。我慢しようにも限度っていうものがある。
うぅ~くっそ~……涙を堪えながらあたしはゆっくりと立ち上がり、痛めたおしりをなるべく優しくさすった。
……あの窓、飛び出す前は外の景色で、飛び出した後は廊下の壁って……いったいどういう造りになっているのだろう? ここがどこの世界なのかは知らないけれど、余所の世界ではこういうのが一般的なのだろうか?
……いや、まさか…ね。そんなわけないか……いくら何でも、こんな迷路みたいな紛らわしい造りにするのなんて考えられない。これでは普段から遭難者が続出してしまうことは必至だろう。
――でも、そうだとすると、これがわざとそういう造りにしたんじゃないのだとすると、もはや答えはたった一つだけである。
そう、これは――
「――あ! ねぇ! ちょっとそこの!」




