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ニヘラー、と慌てる霊王さまを見て、ものすごくうれしそうな顔をしながらも、ゴホン、と一度咳払いをして顔の形を整えてから、魔王さまは話した。
「……実はな、こいつは今からおよそ百年前。俺様の世界…魔界にあったとある小さな村で、理由は知らんがとにかく怒りに我を忘れ、村人を皆殺しにした〝大罪人〟なんだよ」
「〝大罪人〟……じゃと?」
「ああ。俺様が軍を率いてそこに行った時にはもう、すでに近くの駐屯兵によって捕獲されていたから、その時は深く聞かなかったが……この間ふとその話を聞いてみたら、何でも、そいつは捕まるその直前までは、〝巨大な狼〟のような姿をしていたらしくて、なんと、そいつの〝爪〟に引っ掻かれると、〝マナ〟でどんなに強固な盾を造り出しても、全て簡単に〝爆破〟されちまうんだとよ。無論、それが人でも……ボンッ! だそうだ」
「な……なるほどの。〝獣の姿〟に〝却火の爪〟。〝奏でし〟とは〝爆発音〟のことか……確かに、〝予言〟と合うの!」
「だろ!? ――だがな、その後の調べで、ちょいと〝問題〟が出てきてな……」
「〝問題〟…じゃと?」
「ああ。実はな……獣から人の姿に戻っても、どうやらその〝爪〟の力は失われねぇらしいんだよ……ぶっちゃけると、〝手〟だ。〝手の平〟。人の姿になった時のそいつの手に触ると、大小ほぼ関係なく、〝マナ〟を一定量以上含んでいるものは全て…譬え城壁を兵器とかの攻撃から護る、最強の防御魔法陣であっても、だ。全て一撃で〝爆破〟されちまうんだとよ――しかもこいつ自身には爆発の被害は一切ねぇ、ときたもんだ――で、こいつはその〝手〟の力以外、魔法とかは使えないみたいだが……とはいえ安全かどうかも分からねぇし、そのため百年近くたった今でも処刑はされず…つっても、〝目を覚ました〟のはごく最近のことなんだけどな? とにかくそういう理由でずっと強固な牢に閉じ込めてあったと……そういうわけだ。ああ、ちなみに、爆発するかもしれねぇから、牢や拘束具はこんなふうに、全て〝マナ〟を含まない、普通の素材を使ってあるんだよ」
「……す、凄まじいの……〝城塞魔法壁〟を一撃で、しかも自身には害がない……となれば確かに、それなら〝秘王〟に触れさえすれば、あるいは……」
「……け、ケケケ……」
――その時だった。霊王さまのあまりの驚きっぷりに、遂に限界を迎えたらしい。魔王さまは再び大声で笑った。
「ケケケケケ!! どーよスゲーだろ!? もうこいつ一人で、あのクソ野郎もぶっ殺せるんじゃね!? ――というわけで、さっそく〝拝見〟といこうか!!」
「え!? 〝拝見〟って……だ、だいじょうぶなんですか、魔王さま? そんな危ない人……」
だいじょーぶだいじょーぶ! そう私に言いつつ、魔王さまは、ジャラジャラ、と巻かれていた鎖を解き、早くもあとは棺の扉を開けるだけの状態にしていた。
「そんなに心配するこたぁねーよ! だってこいつの身体には今も拘束具が付けられてて、しかもこいつ自身にはそれをぶっ壊せるだけの純粋な腕力もない! おまけに獣の姿にだって自分の意志ではなれねーときてる! まぁ、確かに〝力〟としては最強の部類だろーが、〝触られなきゃ〟どうということもねーって! 何も心配することなんてねーよ!」
「……ま、最悪獣化したとしても、ここには燃えカスとはいえ俺たち〝王〟が全員揃ってるんだ。〝束縛〟の力を使えるエルもいることだし、捕まえるのは容易だろう……それに、それとは関係なく、結局顔を見て会話をしてみねーことには……こいつは罪人だ。研究させてもらえるかどうかも分かったもんじゃねーからな」
「そ、それはそうかもしれませんけど、でも……」
「だーもう! いいじゃねーか俺様が安全だって言ってんだから! とにかくこっちに注目しろ! ――いくぞ? こいつがその〝二番目〟の〝予言の子〟にして魔界の〝大罪人〟……その名も〝リムル〟だ!!」
――ガチャン! ギギギギギ……。
魔王さまの手によって、その棺の扉は、ゆっくりと開かれた。
――そこから現れたのは、全体を厳重に、何重にも長い鎖でグルグル巻きにされた、大きな〝木の丸太〟。頭の部分には騎士の兜を思わせるとても堅そうな銀色の〝桶〟が乗っていて、……〝腕〟のつもりなのであろう。先っちょに葉っぱが三枚だけ残った枝には、無意味にも枷が下げられ…て、いて…………
「「「「「「「……………………」」」」」」」
……瞬間、だった。扉を開けた魔王さま自身を含む、この場にいた全員が、何もしゃべれなくなってしまっていた。
いったい、これは何だろう? ……木? 何で魔王さまは棺の中に、こんな木を……???
……たぶん、みんな私と同じようなことを考えているに違いない。みんなは、その棺の中身を、じっ、と見つめたまま……何か、仕掛けでもあるんだろうか? そう思い、無言のまま魔王さまの次の言葉を待った。
――だけど、それからいくら待っても、魔王さまは一向に口を、どころか、身動き一つ取ろうとはしなかった。
「………………あー……お、おい、魔王……?」
と、遂にはそれに見かねて、神王さまがやっとの思いで、重くなった口を開いた。
「……何て言うか、その……ず…ずいぶん植物っぽいやつなんだな? リムルってのは……ホントにこんなのが獣に変身するのか?」
「……」
……。
……魔王さまは、何も、答えなかった。
……何も、答えないまま、ただ棺の扉を閉め、そのまま出口に向かった――
「待てぃ!」
がしぃ――としかしそこを、霊王さまの根っこの魔法で捕まる。
霊王さまはそれを離さないように、根っこをしっかりと魔王さまの身体に巻きつけながら聞いた。
「――おい、魔王……お前、どこへ行くつもりじゃ? 確か…今から、リムルとやらの紹介をしてくれるのでは……なかったのか?」
「……あ……いや、それが、その……さっきまでは…〝ちゃんといた〟んだけど……あの……」
……。
……。
……。
……もう、ダメだ。どうやらそう思ったらしい。諦めた魔王さまは、ニカッ! と満面の笑顔で私たちの方に振り返り、そのままはっきりと言い放った。
「――すまん! どうやら〝逃げた〟みたいだ!」
「「「「「「………………」」」」」」
「何ぃ!?」「何じゃと!?」「まさか!!」「ええっ!?」「逃げたの?」「私の出番はまだですかー!!」
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