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――宿場屋通り。
四ヶ所ある町の出入り口の一つ。領主さまの館を正面に見て右…ムーアの川方面に出るその大きな通りには宿が多く立ち並んでいて、この町に住む人たちはみんな、この通りのことをそう名づけて呼んでいた。
「……ねぇ、お姉ちゃ~ん」
……と、また後ろから弟が話しかけてきた。館前広場を出てからこれでもう三回目だ。
やれやれ、と思いつつも、私は仕方なくそちらを振り向いた。
「はぁ~……なぁに? またなの?」
「だって~…気になるんだもん。ねぇ? やっぱり戻ってどうなったか見てこようよ~。もしかしたらお姉ちゃんの思いすごしかもしれないしさ~?」
「……さっきも言ったでしょ? たとえ思いすごしであっても、用心することにこしたことはないって。それに…ほら、シーダが獲ってきた魚。シーダがウチに帰ってくる時にだいぶ水をこぼしちゃったせいで、もうほとんど水が入ってなかったみたいだから…今ごろ魚、干からびちゃってるかもよ?」
「……ボク、干し魚好きだよ?」
「……」
ダメだこりゃ。そう思って私は無視して弟の手を引っ張った。
「あ! お姉ちゃ~ん!」
「いいから、ほら。もう帰るったら帰るの」
「え~!」
まったく……ぶつぶつ呟きながら、再び前を向いて歩き始めた――その時だった。
「――みんな逃げろー!! 〝盗賊〟だ! 〝炎爆の盗賊団〟が現れたぞー!!」
突然、出入り口の方から駆け込んできた商人の男の人が、そう大声で叫んだのだ。
その声はこの通りにいた人にはもちろん聞こえていたけれど、しかし、盗賊? とその誰もが首を傾げてしまった。――当たり前だ。盗賊といえば街道を行く商隊などを襲うもの……町に直接攻め込んでくる盗賊なんて聞いたことがない。何しろ町にはそれらから町を守るために結成された屈強な兵たちがいるのだ。そんな中で暴れ出そうものなら、たちまち全員捕まってしまうことだろう。
「……盗賊? 盗賊だって、お姉ちゃん。見に行く?」
バカ! 私は叱った。
「いくらここが町の中だからって、わざわざ見に行ったら殺されちゃうかもしれないじゃない! バカなことは言わないの!」
え~、と弟はつまらなさそうに口を尖らせていたけれど、私の周りにいる人たちも似たような反応だ。盗賊? それがどうかした? ……みたいな。みんなそれ自体に全く興味を示していなかった。
だけど――
「う…うわあぁっ!! きた! みんな逃げろぉー!!!」
再び男の人が叫び、町の中に逃げ込んできた――瞬間、
ズカーン!!!
突然、出入り口のゲートが吹き飛んだ。
見ればそこには巨大な〝岩〟が……いや、違う! あれは――!!
「ひ…〝人型〟だ!! みんな逃げろ!! 盗賊団が攻め込んできたぞ!!」
〝人型〟…誰かがそう呼んだそれは、動く、人のような形をした巨大な岩の塊だった。
――それを見たとたん、周りから悲鳴が上がった。
「うわあぁぁ!! ほ、本当に攻め込んできたぞ!!」
「逃げろ!! 殺されるぞ!!」
「警備兵!! 誰か警備兵を呼んでくれ!!」
もはや周りはパニック状態だ。誰もが我先にと前にいる人を押し退け、町の中心…警備兵が集まっている領主さまの館へと走り出した。
「シーダ! 私たちも逃げるよ! 早く!!」
「う、うん!」
私は、ぎゅっ、と絶対に離さないように弟の手を握り、周りの人たちの後を追うように走った。
だけど、
ズドン! ガラガラガラ!!
私たちが走って向かうちょうどその先――どこに隠れていたのか、そこには後ろにいる人型とは別の人型が現れ、宿屋の一部を破壊し、先に走っていた人たちの集団を押し潰した。見ればそこはすでに辺りを真っ赤に染めてしまうほどの、おびただしいほどの血が――
「っ!! ――シーダ! 見ちゃダメ!!」
とっさに私は弟を抱きしめ、その視界を遮った。
どうしてこんなことに……!
恐怖を押し殺しながらも、私は必死に辺りを…逃げ道がないか探した。
――しかし、ここは宿場が連なっている通り……できる限り店どうしを密着させることによってその数を増やした場所だ。だからここには横道なんてないし、そうなるともう逃げ道は限られてくる。
前か、後ろか……そのどちらか一方を通って逃げなければならないのだ。
前は……崩れたガレキがあって通れない。だとすれば、もう答えは後ろの、あのゲートを壊した人型のいる方だ!
「し…シーダ! お姉ちゃんにちゃんと掴まってるんだよ!」
私は弟の手を再び強く握り、走った。
――だけど、
「待って!!」
ぐいっ、と弟はそんな私の腕を逆に引っ張った。
「っっ!! シーダ! 何してるの! もうあっちしか逃げ道は――」
「いいから! こっち!」
弟はさらに私の腕を引っ張った。――私にはそれが何を意味しているのかわからなかったけれど、弟の顔は真剣そのものだ。引かれるまま、私は黙ってそのあとに続いた。
「――ほら! ここだよ!」
と、弟は私を近くにあったゴミ捨て場まで連れてきて、目の前にあった古い板を指差した。それから私から手を離し、板を持ち上げると――
「――あっ!!」
そこには、ぽっかり、と子ども一人くらいなら通れそうな〝穴〟が開いていたのだ。
「これって……昔の〝排水溝〟?」
うん! 弟は板を投げ捨て、叫んだ。
「行こ! お姉ちゃん! ここから隣のムーア川港に出られるから!」
もはや悩んでいる時間はなかった。私は先に入って行った弟の後に続き、穴の中に入った。
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「ん……ぷはっ!」
――穴を抜けると、そこには昼すぎのこの時間帯。いつもの静かな港があった。
よかった。こっちは船でしか出入りができないから、盗賊たちはまだきていないようだ。
それを確認したボクは急いで穴から抜け出て、中を覗き込み、手を伸ばした。
「お姉ちゃん! こっちはだいじょうぶだよ! 早く!」
「んぐぅ……わ、わかってるけど、この穴狭くて……」
それから数秒、ぐぐぐ、と伸ばしたボクの手に、お姉ちゃんが掴まった。
「よし! じゃあ引っ張るよ!」
「お…お願い……」
よいしょ! ボクは思いっきりその手を引っ張り、ようやくの思いでお姉ちゃんを引っ張り出すことに成功した。
「やった! お姉ちゃん早く逃げ――」
――言いかけた、その時だった。
「動くな!」
突然、後ろからその声が聞こえたのだ。気がつけばボクの頬には、冷たい、鋭いナイフが当てられていた。
「し…シーダ!!」
お姉ちゃんがそれに気づき、声を上げた。だけど――
「騒ぐんじゃねぇ!! こいつをぶっ殺されてぇのか!?」
「ひっ!」
そのあまりにも強烈な怒声によって、お姉ちゃんは口をつぐまされてしまった。
それを見てナイフの男は続けた。
「……よし、じゃあ、とりあえず立て。そんでもって首の後ろで手を組んで、そこの壁に背中をピッタリくっつけろ。……妙なマネはするなよ? 俺の言葉に従っていれば殺さないが、もし逆らったり、逃げようとしたらその時は――」
〝殺す〟。
……もはや、抵抗なんてしようとも思えなかった。
ボクとお姉ちゃんは言われたとおり、手を首の後ろで組み、壁に背中をくっつけた。
「……よし、じゃあ質問に答えてもらおうか? まずはあの抜け穴…知ってるのはお前たちだけか?」
ナイフの男はお姉ちゃんにナイフを突き付けながら聞いた。お姉ちゃんはそれに身体を震わせながらも答える。
「は……はい。たぶん、私たちしか知りません……もし、他の誰かが知っていたとしても、あの穴は私たちみたいな子どもが通るのでやっとな大きさですから……」
「ふむ……確かにな」
ナイフの男は一瞬穴の方を見てから続けた。
「じゃあ、次の質問だ。この穴の他に、どこか抜け道はあるのか? そうだな……特に大人が通れそうな所だ」
「い、いえ…あの通りは宿が密集しているので、そんな道はありません……だから、私たちはここから逃げてきたんです」
「なるほどな……それを聞いてほっとしたぜ」
くくく、とナイフの男は笑った。
「つまり……ここでお前らを〝始末〟すれば、文字どおりこの穴から情報が漏れ出るという可能性はなくなるわけだ?」
「しまつ……始末って、えっ!?」
ナイフの男の言葉に、ボクは思わず身を乗り出して叫んだ。
「ど、どういうこと!? 話が違うよ! 言うことを聞いていれば殺さないんじゃ――」
ドカッ! ――瞬間、ボクのお腹に衝撃と、鈍い痛みが走った。気がつけば、ボクのお腹にはナイフの男の足がめり込んでいた。
「シーダ!!」
お姉ちゃんが叫ぶのと同時に、ボクはそのあまりにも強烈な痛みに声を上げることもできずにその場に倒れこんでしまった。
ナイフの男は、そんなボクを見下ろしながら話した。
「おやぁ? そうだっけか? すまねぇな、おっさんちとボケが進んでてよ、そういうのあんまり憶えてねーんだわ」
「そ……ん、な……」
くくく、ナイフの男はまた笑った。
「まぁ、運がなかったと思って許してくれよ。――実を言うとな、ここは俺たち〝炎爆〟の逃走ルートになってるんだよ。町で暴れまくってる人型はあくまでも囮で、本隊である俺たちはすでに店の中や民家に侵入済み、ってわけなんだ。……ここまで話せばガキの頭でも理解できんだろ? 最終的に俺たちはここに集まり、そして船で川を下って逃げる……そういう作戦だったのさ」
「……!」
……なぜ、ナイフの男がそんな重要な計画のことを話したのか? それはボクにもすぐに理解できた。
――この人、本当にボクたちを殺す気なんだ。
「――ま、待ってください!」
ボクと同じく、それがわかってしまったお姉ちゃんは叫んだ。
「わ…私はどうなってもいいから…弟は……シーダだけは助けてもらえませんか!?」
「――!? おね…ちゃ……!?」
何を言ってるの!? そう叫ぼうとしたけど、声が出ない。見ればお姉ちゃんの顔はすでに涙でぐしょ濡れだ。――当たり前だ。自分が犠牲になる代わりにボクを助けてくれ、なんて言葉、そう簡単に言えるわけがない。その言葉の裏には、想像できないほどの恐怖があったに違いない。
「……ぷ、くくく、ははははは!!」
しかし、そんなお姉ちゃんの言葉を聞いてなお、ナイフの男は空を見上げて笑った。
「くくく…いや~泣かせるねぇ? ずいぶんと立派な姉弟愛だこと……だが、お嬢ちゃん。それはできねぇな。なぜなら俺はお前たちを両方とも殺すつもりなんだ。聞いたろ? 俺たちの計画をよ? それを知ったやつを、この場から逃がすわけにはいかねぇな」
自分からべらべらしゃべっておいて、何を……!
お姉ちゃんもそう思ったに違いない。だけどお姉ちゃんはその思いを呑み込み、涙ながらに続けた。
「おね…がい、します……ひっく…何でも、しますからぁ……」
「ん~……どうするかな……」
ナイフの男は、わざとらしくあごに手を当てながら話した。
「……まぁ? 俺たちとしても? 未来あるガキ…いや、子どのたちの命をこんなところで取ってしまうっていうのは、いささか心が痛むんだよなぁ……?」
「……じゃあ」
お姉ちゃんが聞くと、にやり、とナイフの男は笑った。
「――ああ、いいぜ?」
ただし、とナイフの男は続ける。
「お嬢ちゃんには、俺たちが紹介する〝お店〟で働いてもらうことになるけどな?」
「お…みせ……?」
「ああ、そうだ。そのボロボロな格好を見たところ…お嬢ちゃんたちは孤児……あ~孤児って分かるか? つまり父ちゃん母ちゃんはもういねぇだろ? ……国令で子どもが手厚く保護されている今の時代、それでもお前たちみたいなのが孤児ってことは、つまり――」
ほら! 突然、ナイフの男はお姉ちゃんの帽子をはぎ取った。――そこには、ボクたちにとっては当然の、〝ソレ〟があった。
「……やっぱりな。お前ら……〝獣人〟だな?」




