3-4 〝秘王〟
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――千年前。
〝神界〟 〝魔界〟 〝精霊界〟 〝冥界〟 〝人間界〟
当時、この五つに分かれた世界の内の二つ……神界と魔界の間では、大規模な〝戦争〟が起きていた。
戦争の発端は、互いに言い分こそあれど、
住みにくい魔界から解放されるために、魔族が人間界の一部を奪い、そこに新たな王国を築こうとしたのに対し、
当時、まだ人間族とはそれほど深い繋がりを持ってはいなかった神族が、突然そこに介入し始め、魔族のそれを阻止しようとしたこと……それが、きっかけだった。
両世界も、当初は戦争などする気は毛頭なく、初めは互いに言葉のみでの議論を繰り返していたが……しかし、対立する意見を持つ二つの違う世界どうし、必然的にそれは言葉のみでは済まないところにまで進んで行き、やがて言葉は〝拳〟に、拳は〝槍〟に、槍は〝兵器〟に、発展して行ってしまった。
戦争はそれから何年も、何十年経っても終わることはなく、互いの世界は年を重ねるごとに破壊されて行き、その死者は双方合わせて数万人にも上っていった。
――このまま戦争が続き、どちらの世界も滅びてしまうのか?
そう、誰もが思い、無意味にさえ思えてくる仲間の死をただ歯を食いしばって耐えていた、
――その時だった。突然、戦地の中心に、〝ソレ〟は現れたのだ。
〝ソレ〟は、一見すればただの人間族の男の姿にも見えたが、しかし、その背には神族と魔族、双方の象徴とされる、白と黒の〝翼〟が生え、男が纏う〝白金と黄金の光〟は、五つある世界、そこに存在していたどの種族とも異なる、まさに〝異様〟な力を、周りにいた全ての存在に感じさせていた。
――その日から、だった。戦争が、〝戦争ではなくなった〟のは。
一瞬、だった。
男の〝一薙ぎ〟……双方共に長年に渡る戦争で疲弊し、戦う力をほとんど失っていたとはいえ……それを男は、〝たった一薙ぎ〟である。腕をほんの少し振っただけで、その全てを葬り去ったのだ。
圧倒的……などという次元ではなかった。
しかもそれだけでは終わらず、理由は分からなかったが、戦場を壊滅させた男は、突然そのまま、たまたま〝向いていた方向〟に向かって真っ直ぐ進み始め、出くわした生物という生物を、片っ端から抹殺し始めたのだ。――抗う術すら見つからないその〝力〟はもはや、〝世界の終焉〟さえも示唆していたことは、誰の目から見ても明らかだった。
――当然、と言うべきか、当時もまだ〝王〟という存在がいなかった人間界を除く、各四世界で最も強い魔力…〝マナ〟を持つ〝王〟たちは、それを誰よりも早く、そして鋭敏に感じ取り、迷うことなく全員が武器を手に取って、男の破壊を止めるべく直ちに戦地へと向かった。
……だが、そこで〝王〟たちを待っていたのは、〝敗北〟の二文字だった。
最も強い〝マナ〟の持ち主……〝王〟。
それは即ち、その世界での〝最強〟を意味する称号であったが、しかし、その〝最強〟の称号を持つ〝王〟たちが、まるで赤子の手を捻るがごとく、有無を言うことすら許されず、男の前に敗れ去ったのだ。
――しかし、〝王〟たちは生きていた。
身体中の骨が砕かれ、呼吸も止まり、心の臓も鼓動を止めていてさえもなお、〝王〟たちは、〝生きて〟いたのである。
――なぜ、そんな死人の身にも等しいような状態で、〝王〟たちは、〝生きて〟いられたのか?
……それは、自身らが〝王〟として各世界を治めるために行った〝儀式〟。それに全ての理由が隠されていた。
〝宝具同魂の儀〟――世界に存在する〝全て〟を構成し、世界どうしを繋ぎ止める力を持つとされる、〝宝具〟……しかしそれは、各世界へと繋がるゲートを造り出し、魂の循環という、世界にとって最も重要な役割を担うと同時に、一歩使い方を誤れば、世界そのものを〝消滅〟させかねない〝危険な力〟を持っていた――それを正しく使うために、また、悪しき心を持つ者に悪用されることを防ぐために〝王〟たちが行ったのが、その〝儀式〟だった。
〝儀式〟の内容は、単純に説明すれば、〝宝具〟そのものに〝王〟が持つ魂の全てを同化させることにより、そこに魂を同化させた〝王〟以外、誰にもその力を使えなくさせる、というものだった。
――その結果生まれた副産物が、この〝不死性〟というものであった。
肉体は所詮魂の器にすぎず、魂が肉体に命令することによって、生物は生物としての活動を行うことができる。――この絶対の理により、すでに魂が別の場所にあった〝王〟たちは、肉体がいくら破壊されることがあっても、そこからすでにそこにはない魂が抜け出るようなことはなく、その結果、死人同然の身体でも〝生きて〟いることができたのだ。
――だが、その不幸中の幸い…偶然を、〝王〟たちは喜んでいる場合ではなかった。
男は、〝王〟たちを倒した後もなお、殺戮と破壊を続けていたのだ。
――いったい、この男はどこから現れたのか?
――いったい、なぜ、世界を破壊するのか?
――いったい、目的は何なのか…………。
それら疑問の全ては、この男自身にしか分からなかったが……しかし、それでも一つだけ、はっきりしていることがあった。
それは、
――この男を〝消し去らねば〟、本当に世界は、〝終わって〟しまう……!!
高位の魔法使いたちの力により、肉体を再生させた〝王〟たちはその瞬間、〝決意〟した。
――手にしたのは、〝己の魂〟……即ち、〝宝具〟だった。
……本来、〝宝具〟とは世界に必要な物を造るために存在していたものではあったが、しかし同時に、〝宝具〟にはそれらを創造することができるだけの、絶大なる〝マナ〟が内包されていたのである。
その〝マナ〟の量たるや〝宝具〟たった一つだけで、五つの世界に現存する全ての〝マナ〟のおよそ数百倍……それを知っていた〝王〟たちは、その力を己が最も扱い慣れた〝武器〟へと変化させ、再び男に戦いを挑んだのだ。
――その結果は、
〝王〟たちの、〝敗北〟だった。
世界を創造し、繋ぎ止めることができるだけの力……その全てを男を倒すこと、そのためだけに使ったのにも関わらず、〝王〟たちは、敗北したのである。
世界は、終わった……この瞬間、誰もがそう思った。
――だが、世界はまだ、終わってはいなかった。
――〝王〟たちとの激しい戦闘を繰り広げた男……その男は戦闘にこそ勝利したものの、勝利したその場から一歩も動くことができなくなってしまっていたのだ。
なぜか? それは、〝王〟たちとの戦闘で肉体が傷ついたわけでも、疲労や、異質な力を使い果たしたから、というわけでもない。
〝魂の封印〟。
――〝王〟たちは男に敗北する寸前、自身らが持つ〝宝具〟の〝本来の力〟……即ち世界を〝創造〟するという力を使い、新たに造った〝六つ目の世界〟にその男を閉じ込め、楔を打つがごとく、男の魂を四つ全ての〝宝具〟を使うことにより、拘束することに成功したのである。
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