2-6 二話目終わり。
あー……そんなボクたちの反応を見て、神王さまは頭をかいた。
「まぁ、こんな子どもが〝王〟でがっかりする気持ちは分からんでもないが、こっちにも色々と事情ってのがあってな、その辺の話は追々するとして、だ……質問の時間も設けずに悪いが、さっそく本題に入らせてもらおうかと思うんだが……いいか?」
あ、はい! お姉ちゃんは慌てて返事をした。どうやら、いつまでも、ポカーン、としている場合じゃないと思ったらしい。真剣な顔つきになった。
それを見て、よし、と神王さまは頷いてから続けた。
「そこにいるエルからもう大体のことは聞いているんだが……お前ら、魔法を〝消滅〟させたらしいな? ――それは前からできたことなのか?」
「あ、いえ、その……魔法があるってこと自体は知っていたんですけど、そもそも私たちは魔法を使えませんし、何より魔法と関わるような暮らしをしていませんでしたから……」
「ふむ……」
ちらり、と神王さまはエルさんの方を見た。それに気づいたエルさんは、お姉ちゃんの言葉に補足を付け足すように話した。
「――はい。彼女たちが暮らしていたメイミルという町では魔法の存在自体が希薄で、魔法を使える者も役人のごく一部と限られた者しかいませんでした。ですので、彼女たちが出生してから現在に至るまでに魔法に関わった時間は皆無と言えると思われます」
なるほどな、ため息をついた神王さまは、椅子のすぐ脇にあるテーブルに置いてあった果物の山から、リンゴ……のような物を手に取り、それを、じ…と見つめながら話した。
「つまり、今回の事件があるまで……もしかしたら生まれた時からそういう〝能力〟があったのかも分からないが、とりあえずは分からなかったし、気づかなかった、と……そういうわけだな?」
「は…い? たぶん…そういうことだと思います」
……あの、とお姉ちゃんは続けた。
「一つだけ、いいですか?」
「ん? 何だ? 何か思い当たる節でもあったか?」
「いえ、そういうことではないんですけど……」お姉ちゃんは、ちらり、とボクの方を一度見てから話した。
「……あの、エルさんの話によると、私かシーダ、またはどっちもかもしれないけど、そういった、その…の、〝能力〟? ですか? それを持っている可能性があるってことでしたけれど……もし、仮にですけど、そういう〝能力〟があったとして、それっていったい何の役に立つんですか? だって、魔法をパワーアップさせちゃう、とかだったらわかりますけど、逆に消しちゃうんですよね? 意味がないんじゃ……」
「……」
ふん――神王さまはそんなお姉ちゃんの言葉を聞いて、にやり、と笑った。
「お嬢ちゃん、お前の言うことは確かにそのとおりだ。……せっかく出したのを消しちまうなんて、まるで無意味なことだよな?」
〝お嬢ちゃん〟……自分より小さい子に言われて少し、ム、としたお姉ちゃんではあったけれど、「ですよね?」とお姉ちゃんは相槌を打った。――その時だった。
「――だが、それはあくまでも、この世界に〝善人〟しかいなかった場合においてのみのことだ。例えば……」
ボンッ! と突然、神王さまが持っていた果物が燃え上がったのだ。見ればそれを神王さまが頭上に掲げた頃にはもう、その炎はあの盗賊団が最後に見せたそれを遥かに上回るほどの、炎の塊となっていた。
え? え? とわけもわからず、動けないでいるボクたちの代わりに、エルさんが叫んだ。
「神王様!? いったい何を!!」
「例えば、の話さ。……まぁ、お前は黙って見てろ、エル」
そうエルさんに言い放った神王さまは、そのままゆっくりと椅子から立ち上がり、ボクとお姉ちゃんのことを見下ろした。
「……お嬢ちゃん。例えば、だ。俺が極悪人だったとしよう。――俺は今からお嬢ちゃんたちにこの魔法で作った炎を放ち、お嬢ちゃんたちに大けがをさせてやろう、と考えている。そんな時、お嬢ちゃんはどうする?」
「ど……どうする…って、え???」
お姉ちゃんは神王さまの言っている意味がわからず、しかし、ただならない気配をそこに感じたせいか、ぎゅっ、と、握り締めていたボクの手をさらに強く握った。ボクも思わずそれを握り返す。
――その瞬間だった。
「――実際にやってみろ。ほれ」
と、神王さまは突然、その炎の塊をボクたちに向かって投げ落とし――
――え?
「シーダっっ!!!!!」
お姉ちゃんが叫び、握った手を引っ張ってボクのことを引き寄せて抱きしめた、その時だった。
ズドンッッ!! ――という炸裂音が辺りに鳴り響いた。
お姉ちゃんの腕の中で、その音に驚いて思わず目を閉じてしまっていたボクは、それからゆっくりと、その目を開いて辺りを見回した。
――と、そこには、予想もしていなかった光景が広がっていた。
〝炎の壁〟
――そう、それはあの時、盗賊団に襲われた時に見た、あの〝炎の壁〟…それと全く同じものが、再びボクたちの周りを覆っていたのだ。
「――やっぱりな」
ぱちん、という指を弾くような音が〝炎の壁〟の向こう側から聞こえたと思った、次の瞬間だった。
ボンッ! と炎が一瞬大きく燃え上がったと思ったら、急にその炎そのものが、消えてなくなってしまったのだ。その後に見えたのは、驚いたような顔をするエルさんと、満足げに笑う神王さまの姿だった。
……突然のことばかりで、全く意味がわからなかった。もはや、ボクの頭はそれについて行くことができなかった。――それはどうやらお姉ちゃんも同じのようで、お姉ちゃんはボクに抱きついたまま動けず、ただ目をぱちくりさせていた。
――そんなボクたちを見下ろしていた神王さまが話した。
「――というわけで、お嬢ちゃん。これが〝答え〟だ。お嬢ちゃんは極悪人である俺から、魔法を〝消滅〟させることによって身を守ったんだ。……どうだ? 魔法を消すってのも、使い方によっては便利なもんだろ?」
「――神王様!!」
ははは、と笑う神王さまに怒鳴り声を上げたのは、エルさんだった。
「いったいどういうおつもりですか! 彼女たちはまだ〝能力〟を使えると判明したわけではないんですよ!? それなのに怪我でもしたら――」
「怪我? するわけねーだろ。お前も分かっていたとは思うが、あの魔法はお嬢ちゃんたちには絶対に〝当たらない〟ようにした。怪我なんてするはずがねーよ」
「――し、しかし、それでも万が一のことがあったら……!!」
「――もうよいではないか、神界の〝剣〟よ」
またもや、突然だった。突然、そのエルさんでもなければお姉ちゃんの声でもない、女の人の声が辺りに鳴り響いたのだ。
――気がつくと、いつの間にかボクの前には、花でできた冠に薄い緑色のドレスを着た、お姉ちゃんと同じくらいの年齢の、女の人が立って――
「「!!???」」
「……おや、驚かせてしまったかのう? すまんすまん」
くすくす、とそんなボクを横目に見つつ、突然現れた女の人は、その腰まで伸びた長い、エルさんと同じ金色の髪をかき上げてから、エルさんたちの方を向いて続けた。
「――久し振りじゃのう、神界の〝剣〟よ。元気そうじゃな?」
「〝霊王〟様…いらっしゃっていたのですか……」
「うむ、そこの偉そうな小僧に呼ばれての」
けっ! と神王さまはなぜだか嫌そうな顔で、〝霊王さま〟と呼ばれた女の人の方を見た。
「あいさつはもういいだろ、霊王……で、どうなんだ、この二人?」
「やれやれ、相も変わらずせっかちじゃのう……じゃがまぁ…今のを見させてもらった結果、十中八九、〝予言の子〟…その〝本物〟ということで間違いはないじゃろう」
〝予言の子〟? 〝本物〟? いったい、この人は何を言って……???
混乱し切っているボクをよそに、〝霊王さま〟は肩越しに笑みを見せ、ボクたちに向かって言い放った。
「――〝予言の子〟よ。話そう、〝全て〟を……お前たちには〝知る権利〟がある……!」
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