2-5
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「……お姉ちゃん、何でそんなに緊張してるの?」
――しんでん、とかいう建物の中。
〝神王さま〟の下へ向かう。そう言ってすぐに部屋を出たエルさんの後に続いてボクは歩いていると、そんなボクの手を、ぎゅっ、と握り締めていたお姉ちゃんの手が、何だか妙に汗っぽかったのに気がついた。
だだだ、だって! と変なしゃべり方でお姉ちゃんは答えた。
「〝王さま〟だよ? 〝王さま〟! 普通に考えたら領主さまよりずっと偉いんだよ!? そんな人が突然私たちを呼び寄せるなんて…きっと、何か問題が起きたに違いないよ!」
「……こっちの〝王さま〟は、ボクたちの世界で言うところの村長さんかもしれないよ?」
ぽかん!
「いたっ!?」
突然、ボクはお姉ちゃんにゲンコツをされた。
「そんなわけないでしょ、おバカ! 〝王さま〟っていうのはどこの世界に行っても一番偉いものなの! たぶん!」
……たぶん、じゃん。とは思ったけど、ボクはそれ以上何も言わなかった。これ以上ゲンコツをされたら、ホントにたんこぶができてしまいそうだったのだ。ボクはただ、そんなゲンコツをされた頭を空いた手でさすっていた。
「――止まってください」
と、そんな時だった。エルさんは唐突にそう言い放つと、いつの間にか目の前にあった一際大きな扉の前でボクたちの方に振り向き返り、そしてゆっくりと続けた。
「この扉の向こう側で、我々神族の〝王〟、〝神王・ウォーダン〟様がお待ちです。……緊張などする必要はありませんが、一応、我々神族の中では最も位の高い御方になりますので――」
ギギィ……
――と、突然。エルさんの話の途中であるのにも関わらず、急にその扉が開き始めた。
エルさんは一瞬、それに驚いたような顔を見せたけど、しかしすぐに「分かりました」と頷き、ボクたちの方を向いた。
「――では、神王様がお呼びですので、どうぞ」
……また、魔法で誰かと話していたのかな? ……思いつつも、「じゃ、じゃあ、行こうか?」と手を引くお姉ちゃんといっしょに、ボクは扉の中へと入った。
――瞬間、その光景が目に飛び込んできた。
扉の先…そこに広がっていたのは、壁や柱の一本一本。果ては床や天井に至るまで、絵や豪華な装飾がびっしりと余すことなく施された、とてつもなく広い〝部屋〟だった。
〝すごい〟と思わず、お姉ちゃんといっしょに呟いてしまった。……いや、〝すごい〟としか、ボクたちはこの部屋を表現することができなかったのだ。
ボクたちはそれから、「さぁ、どうぞこちらへ」とエルさんが声をかけてくれるまで、一歩もそこを動くことができなかった。それほどに、この部屋は〝すごかった〟のだ。
真っ赤な絨毯の上を進むエルさんの後ろを、ボクはお姉ちゃんと一緒に歩く――扉の前で、エルさんは緊張しなくてもいい、なんてことを言っていたような気もしたけれど、これだけのものを見せられたら、さすがにボクでも緊張してしまった。
だけど、と思う。しかし、これだけ豪華な部屋にいる〝王さま〟っていうのは、いったいどんな人なのだろう、と……。
……まさか、すっごく怖い人…とか言わないよね?
だんだんと、そんな不安な気持ちが立ち込めてきた、その時だった。
「ここで止まってください」
と、エルさんは部屋の奥にあった階段の前でそう呟き、手をその階段の一番上…これもまた豪華な、この広い部屋の天井にまで届きそうなほどの大きな椅子が設置されている方に向かって伸ばし、指し示した。
――そこに座っていたのは、
「ご紹介いたします。我らの〝王〟、〝神王・ウォーダン〟様です」
真紅のマントに、目も眩むようなものすごく豪華な金の装飾が施された、ブカブカの黒い服……そこに座っていたのは、威厳も何も漂わない。何だか目つきの悪い、銀色ツンツン髪の、ボクよりも〝小さな男の子〟の姿だっ――
「「――えっっ!?」」
思わず、声を上げてしまった。
「……あ、あの…聞き間違いでしょうか? 今、この子が……???」
その、あまりにもな衝撃に、お姉ちゃんはエルさんにそう確認をとった。
――だけど、
「はい。この御方が〝神界〟の〝王〟、〝神王・ウォーダン〟様です」
……答えは、変わらなかった。
「えと……あの……え???」
お姉ちゃんが何かを話そうとしたけど、もはや言葉にならなかった。
それを見てか、おほん、と一度咳払いをしたその〝神王さま〟は、やれやれ、といった具合に、慣れた様子で話し始めた。
「あー……お前らの言いたいことは分かる。こんな子どもが〝神王〟なわけがねぇ、って言いたいんだろ? だってそこにいるエルの方がまだ〝神王〟っぽいもんな。――だけど、事実はそうじゃねぇ。俺の名はウォーダン。お前らがどう思おうと、正真正銘、この神界という世界を治める、唯一の〝王〟だ」
「「…………」」
ぽかーん、としてしまった。……当り前だ。これだけの〝すごい〟に囲まれているのはいったいどんな王さまかと内心ハラハラしていたのに、出てきたのは…言っては悪いかもしれないけど、まだ女の子みたいな高い声をした、こんな小さな子どもだったのだ。そりゃあ、ぽかーん、の一つくらいしてしまうさ。




