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#1,神と炎と盗賊と。 1-1

♠♠♠♠♠♠♠♠♠♠


 ――メイミルの町の外周には、大きな二本の川が流れている。

 一つはロアドの川で、もう一つは今ボクがいる方、ムーアの川だ。

 ……このムーアの川では魚がよく獲れ、ボクはいつも漁師さんがやっているのを見てマネした――その名も〝水バシャバシャ漁〟――水をバシャバシャ叩いて魚を追い込み、逃げ道がなくなったところで捕まえる、という方法で魚を獲って暮らしていた。

 ちなみに、今日は大漁だ。いつもはがんばっても二匹しか獲れないところ、今日はなんと四匹も獲れたのだ。これでボクとお姉ちゃん、二人で二匹ずつ食べられる計算だ。

 ボクは嬉しさのあまり、ふんふん♪ と思わず鼻歌を歌いながら、獲れた魚をこの間拾った木の桶に入れ、魚が死んでしまわないように少しだけ水を張り、それを持って立ち上がった。

 ふふ、お姉ちゃん、喜ぶかな?

 そんなことを思いながら、ふと、空を見上げると…遠くの方に何か〝大きなもの〟が飛んでいるのが見えた。

 鳥? ――翼のようなものが見えたから最初はそう思ったけれど、よくよく見れば身体がやけに大きい…というより、全く鳥の形をしていなかったことに気がついた。

 ……何? あれ?

 気になってボクは目を凝らしていると、どうやらそれはこちらに近づいてきているようだった。それも、ものすごい速さで。

 あれは……もしかして!

 その正体に気づいたボクは、急いでお姉ちゃんが待っている家に向かって走った。

 〝それ〟が通りすぎてしまう前に。


♠♠♠♠♠♠♠♠♠♠




❤❤❤❤❤


 ――町の外れにある大きな木の洞。

 三年ほど前から住み始めたそこで、私は毛布を近くの日当たりのいい岩の上に干しながら弟の帰りを待っていると、噂をすれば…というわけではないけれど、遠くの方からそんな弟の声が聞こえてきた。……見れば、抱えた桶から、バシャバシャ、と水を盛大にこぼし、もうすでにお腹の辺りはずぶ濡れだ。服が茶色いからそれが余計に目立ってしまっている。

 しまった。やっぱり桶なんて持たせるんじゃなかった。……バシャバシャ、なのは漁じゃなくて、服の方じゃない。

 そう深く反省したものの……まぁ、あの弟のことだし、仕方ないか……とすぐにそれを諦め、私は「はいはーい! おかえり~!」と大きく手を振った。

 ……と、それからほんの数秒。あんなに遠くにいたはずだった弟がもう到着した。相変わらず、足の速さだけは人一倍だ。

「――おかえり、シーダ。魚は獲れた?」

「はぁ! はぁ! と、れ、た…けど! それより、〝アレ〟見て!!」

「あれ?」

 息も絶え絶えに話す弟の指差した方向を見ると…そこには空を翔る、真っ白な身体の〝馬〟が何匹も……。

「えっ!?」

 ――その馬が私たちの真上を通りすぎた、瞬間だった。

 バサッ! バサッ! という、その大きな翼の生えた馬の羽ばたきで、辺りに突風が吹き荒れたのだ。

「きゃあ!」と私は思わずそれに悲鳴を上げてしまったけれど、弟の方はというと逆に飛び跳ねて喜んでいた。

 突風はほんの一瞬。まさに瞬きを一回するかどうか、というくらいの時間で通りすぎて行ったそれを、私は砂ボコリまみれになってしまった自慢の長い栗色の髪を急いで手で払いながら、叫ぶように弟に聞いた。

「ちょっ…な、何なの、あれ!?」

「〝神馬(しんば)〟だよ! 〝神馬〟! 〝神さまの馬〟!!」

「そんなの見れば分かるよ! そうじゃなくて、何であんなのがいるのかってこと!」

「それは…ほら! あれ!」

 と、また弟は指差した。私は再びそっちの方を見ると、今しがた通りすぎて行ったその神馬の後ろ……そこには、人が何人も乗れそうなほどの、大きな〝籠〟が引かれていたのだ。

 ――つまりは〝馬車〟。あの神馬は、誰かを乗せてこの町にやってきたのだ。

「え…でも、神馬に乗ってこれるような人なんて……って、あ!!」

 ……振り向くと、すでにそこには弟の姿はなかった。

 私は慌てて辺りを捜すと、遠くに…おそらく神馬を追って行ったのだろう。町に向かって全力疾走する、弟の後ろ姿があった。

「いつの間に…じゃない! コラー! 待ちなさーい!! 毛布飛んじゃってるし! 魚置きっぱなしだし! それから帽子に、あと、ええと……せ、せめて着替えてから行きなさーい!!」

 しかし結局、いくら叫んでも弟は戻ってこなかった……。


❤❤❤❤❤




♠♠♠♠♠♠♠♠♠♠


 ――領主さまの館前広場。

 神馬が降り立ってからほんの数分。ほとんど人気のなかったそこには、町で一番大きな広場であるのにも関わらず、そこから溢れ返るほどの人たちが押し寄せていた。

 ちなみに、たぶん、誰よりも早く神馬に気がついて後を追ってきたボクは、その最前列にいた。――領主さまの警備兵たちが慌てて張った赤いロープ…〝進入禁止〟を意味するそのロープのすぐ目の前だ。まだ背の低いボクでも、ここでなら神馬の馬車の様子がはっきりと見えるだろう。

「しー……だ……ぷはぁ!」

「あ、お姉ちゃん」

 と、少し離れた場所で、お姉ちゃんが人ごみの中、大人たちの間からやっとの思いで…といった感じに顔を覗かせた。……もみくちゃにされてヨレヨレにはなっていたけれど、その姿はいつも町に行く時に着ている、スカートと服がいっしょになったような、髪の毛と同じ栗色の服姿だった。……ちなみにお姉ちゃん曰く、「服もお気に入りだけど、この薄い黄色の帽子が一番かわいいかな?」……らしい。

 そんな、町に行くためだけに無駄にオメカシをしたお姉ちゃんは、それからやっとボクに気がついたのか、「ごめんなさい。すみません。あの、ちょっと…」と何やらぶつぶつ呟きながら、また人ごみをかき分けて近寄ってきた。

 ……そして、

「みー……つけ、たっ!」

「わっ!」

 ぱふん。突然ボクはお姉ちゃんに、曰く一番カッコイイらしい紺色の帽子を、深く、深く、被せられた。

「ちょっと、お、お姉ちゃん! 見えない!」

 必死に帽子を持ち上げて抵抗したけれど、お姉ちゃんはそれよりももっと強い力で押さえつけてくる。……いや、というより、この「ぜー、ぜー」という音…お姉ちゃんはどうやらここにくるまでに相当疲れたらしい。思いっきり体重をかけてきていた。

「痛い! 痛いってばお姉ちゃん!!」

「え? ……あ」

 叫ぶように言ってようやくそのことに気づいたらしい。お姉ちゃんは、ごめんごめん、と力なく答え、帽子から手を離した――代わりに、後ろから抱きついてきて帽子越しにボクの頭の上にあごを乗せて休憩し始めた。

「……お姉ちゃん、重い」

「……そ」

「……」

 ……どうやら、何を言っても無駄そうだ。

 ボクは仕方なく、そんなお姉ちゃんを無視して、館の前に停まったまま動かない神馬の馬車の方に向き直った。

 ――それにしても、いつになったらあの馬車に乗っている人は降りてくるのだろう?

 ボクはお姉ちゃんの頭ごと首を伸ばして見てみたけれど、一向にそこから人が降りてくる気配はない。たださっきからずっと、領主さまが慌てた様子で家来に指示を送っているだけたった。

「……ん~? 何? さっきからずっとあんななの?」

 伸ばした首の上でお姉ちゃんが聞いてきた。ボクは首を縮めてからそれに答える。

「うん、そうなんだよ。到着してからもうずっとあんな感じ。……もしかして、領主さまはあの馬車がくることを知らなかったのかな? それで慌てておもてなしの準備をしてるとか?」

「ん~……どうなんだろうね? たぶん、知らなかったっていうのは合ってると思うけど、おもてなしは……普通、まずウチの中に入ってもらってからやるものでしょ? それなのにずっと馬車に乗せておくっていうことは……何か〝重大な理由〟があるんだろうね」

「……重大…って?」

「……いや、そこまではわかんないよ。ただ、普通じゃないよね、ってこと」

「ふーん」

 よくわからないけど、領主さまも色々大変なんだなぁ……。

 ――そんなことを思っていた、ちょうどその時だった。

 がやがや、とうるさいこの人ごみの中、馬車の方から、ガチャ、という微かな音が聞こえた。

 瞬間、領主さまやその家来たちが慌てて馬車の周りに集まり、同時に、それを見ていたボクの周りにいる大人たちが一斉に騒ぎ始めた。

「――えっ? 何? 降りてきたの?」

 がばっ、とお姉ちゃんはボクの頭から離れて首を伸ばしていたけれど、領主さまたちが集まっているのは館側……つまり、ボクたちがいる方からでは大きな馬車のせいで何も見えなかった。

 唯一見えたのは相変わらずの領主さまの慌て顔だけだったけど……どうしたのだろう? 何だか、さっきと慌て方が違うような……?


『――道を開けなさい。民をまとめる者よ』


 ――突然、だった。突然、その声が辺りに……いや、違う。これだけ人が集まってうるさくしている中、声がこんなにもはっきり聞こえるわけがない。たとえるのなら…そう。頭の中に〝直接〟響いてくるような、そんな不思議な声が聞こえてきた。

 気がつくと、あれだけ騒がしかったボクの周りの人たちが、何もしゃべらなくなっていた。

 ――どうやらこの声はここにいた全員に同じように聞こえたらしい。辺りは瞬間、無音の世界に包まれてしまった。

 ――と、その時だった。

 ファサ……馬車の奥から現れたのは、神馬と同じ真っ白な、大きな〝翼〟だった。

 あれは、まさか――!!

 そのボクの予想は、見事に的中した。

 ――館の前にある長い石階段。

 神馬の馬車から降りて、独りゆっくりとその階段を上がって行ったのは、通常そこにあるはずのない、背中から真っ白な大きな〝翼〟が生えた〝人〟……太陽の光を浴びて金色に輝く髪が美しい、細身の、きれいな〝女の人〟だった。

 女の人は真っ白な軽鎧を着ていて、しかもその腰には同じく真っ白な鞘に納められた剣が下げられている。

 間違いない。あれは――

 バタン……女の人が館に入って行ったのを見届けてから、ボクは静かに、お姉ちゃんに向かって話した。

「――お姉ちゃん。あれって、〝神さま〟だよね? しかも〝武器〟を持っていたってことはつまり…〝神兵〟の人ってことだよね?」

「……」

「……お姉ちゃん?」

「……え? あ、ご、ごめん。聞いてなかった。何?」

 ……どうやら、予想外の人物の登場でお姉ちゃんもびっくりしてしまっていたらしい。ボクはもう一度お姉ちゃんに聞いた。

「だから、あの女の人って〝神さま〟なんでしょ? 神さまの兵隊、〝神兵〟」

「あ…う、うん。そう…みたい。私も、初めて見たから絶対にそうとは言い切れないけど」

「お姉ちゃんも初めて見たの?」

 聞くと、お姉ちゃんは困惑したように口に手を当てて答えた。

「当たり前でしょ? 〝神族〟の人がくるなんて、それこそおっきなお祭りか、とんでもない事件が起きた時だけだもの」

「……え? じゃ、じゃあ、今日ここにきたってことは、何かとんでもない事件が起きたってこと? ……町を見た感じ、そんな風には見えなかったけど……?」

「わかんない……でも、あの女の人はどう見ても兵士だったし、普通に考えると、何も起きてない町に神兵がくることなんて、まず有り得ないもの……だから、領主さまはあんなに慌てていたのかも」

「なるほど……でも、それならますますわからないよね――って! お姉ちゃん!?」

 突然、お姉ちゃんはボクの手を掴み、グイグイ、と引っ張って周りの大人たちの間をかき分けて進んだ。

「ちょっ……ど、どこ行くの! お姉ちゃん!」

 決まってるでしょ! お姉ちゃんはすぐに答えた。

「ウチに帰るの! 何だかわからないけど、神兵がこの町にくるなんてやっぱりただごとじゃあないもん! しばらくはウチにこもってじっとしてよ!」

「そ、そんなぁ…」

「ほら! つべこべ言わないでくる!」

「わ…わかったよ……」

 しぶしぶ、納得してボクはお姉ちゃんについて行った。

 途中、手を引かれながらも、何度も、何度も、館の方を振り返りながら。


♠♠♠♠♠♠♠♠♠♠





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