037_米を売り捌く
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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037_米を売り捌く
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藤吉郎さんと合流した俺は、そのまま堺へと飛んだ。
「実家はどうだった?」
「おかげ様でおっかあもその気になってくれました」
「そりゃーよかった」
藤吉郎さんの家族は、彼の出世に大喜びしたそうだ。
それと藤吉郎さんの義父は、昨年他界していたらしい。彼は義父と折り合いが悪いと言っていたから、良かったのか悪かったのか……。
藤吉郎さんにはお母さんの他に、智という姉、小竹という弟、朝日という妹がいるらしい。
智さんはすでに結婚していて弥助さんという配偶者がいるとのこと。
今のところ弥助さんを含めて全員が上野に来てくれるそうだ。よかったね。
堺に向かう前に、伊勢の桑名と大湊で市場調査。共に相場はかなり安い。
堺に到着したから、市場調査。
「堺も高いです。一石で三貫三百文です」
「諏訪よりも少し低いか。でも高いね。その理由は?」
「畿内は戦乱によって荒れ果てています。それに不作だったそうです」
「田畑が荒れて作物を作れないか……。困ったものだね」
以前京に呼ばれた時は、何も考えてなかった。
関東も結構戦乱が続いているけど、新田家の支配地域では豊作か普通のできだった。
「博多とかいってみる?」
堺ほどではないけど、明との貿易で潤っているらしいからさ。
「いえ、堺で十分でしょう」
「なんでそう思うの?」
「この日ノ本で最も人が多い地域がこの畿内です。その畿内で不作だったのですから博多に行ってもそこまで変わらないでしょう。それに……」
「それに?」
「六万石分の米を三貫三百文で売り渡したら十九万八千貫になります」
俺が集めた米は四万石分だけど、お義兄さんから二万石分を売って来てほしいと頼まれた。
だから俺が持っている米は六万石分ある。
お義兄さんもこっそり俺の思惑に乗るんだから、強かだよねー。
「博多の商人も豪商がおおいようですが、二十万貫近い銭をぽんと払えるのか不安です。ですから堺で売り捌くほうがいいと愚考します」
「二十万貫か……。凄いな。でも堺の商人でも、二十万貫は簡単に出せないんじゃないか?」
「そうかもしれません。ですが、堺の商人に無理なら、他の商人も無理だと思います。諏訪の商人ならなおさらです」
藤吉郎さんの話を聞いたら、諏訪では売れないなと思った。
一万石でもかなりの金額になるから、難しいだろう。ただし……。
「何も一人に売らなくてもいいと思うけど」
「殿のお力はできるだけ隠しておきたいと思います。大騒動になりますので」
半眼で見られてしまった。
藤吉郎さんでもそんな目をするんだね。ははは。
「了解、藤吉郎さんに全て任せるから、いいようにやってくれるかな」
「ありがとうございます」
細々としたことを詰めて、天王寺屋に向かった。
堺と言えば天王寺屋だからね。
縁は大事だよ。
店に入ったら、丁度天王寺屋の津田宗達さんがいた。
ばっちり目が合い、少し見つめ合った後に、彼は動きだした。
「こ、これは賀茂様!」
「天王寺屋さん、お久しぶりです」
「ご無沙汰しております」
奥に通されて、白湯が出て来る。
この時代、お茶よりも白湯を出すのが普通。日本茶なんてお目にかかったことないし、お茶といったら抹茶だよね。
俺は抹茶が好きだから抹茶が良かったけど、贅沢は言わないよ。
「お待たせしました」
「いえいえ。いきなり訪問してすみませんね」
「そのようなことはご座いません。賀茂様でしたら、いつでも歓迎いたします」
白湯をひと口含む。
「こちらは俺の家臣で、木下藤吉郎さんです」
「木下藤吉郎と申します。以後、お見知りおきを」
「これはご丁寧に。私めは天王寺屋の主、津田宗達にご座います。木下様のお噂は伝助より聞いております。大変なやり手だそうで」
天王寺屋さんはにこやかに対応してくれるが、視線は鋭い。豪商ともなるといきなり現れた俺たちに動揺はしないし、その目的を探るのも当然だ。
「天王寺屋さんも忙しいでしょうから単刀直入に話をさせてもらいますが、ここからは木下さんが話をしますね」
「はい。お伺いします」
木下さんがぺこりと頭を下げて、天王寺屋さんに視線を向けた。
「それではここからは儂が話をさせていただきます」
木下さんは米を買ってほしいと素直に告げた。
「ほう。米ですか。畿内は不作続きで米の価格が高騰しておりますでの、売っていただけるのであれば助かります」
「それでは六万石を引き取っていただけますか」
「ろ、六万!?」
天王寺屋さんは目を剝いて驚いた。
「六万石を一度に納めますが、天王寺屋さんで引き受けていただけますか?」
「もちろんです。六万石だろうが、十万石だろうが、この天王寺屋が全てお引き受けさせていただきます。ですが一度に六万石の米を納めるのに、蔵がいくつか必要になります。蔵を用意するのに、一日いただければと思います。もちろん商談が成立したらですが」
「それで構いません」
そこから藤吉郎さんと天王寺屋さんの価格交渉が始まった。
藤吉郎さんは相場より少し高い値を提示し、天王寺屋さんは相場より安い値を提示する。
徐々に値が寄っていき、一石当たり三貫五百文で落ちついた。相場よりも高いんですが?
藤吉郎さん、凄いね。天王寺屋さんがタジタジだよ。俺なら三貫もなかった気がする。
「木下様は商人でも十分にやっていけます。商いでこの天王寺屋を言い負かすなど、誇っていただいていいですよ。どうですか、資金は私がお出ししますので、商人になってみては?」
「高く評価していただき感謝します。ですが、こんな容姿の儂を引き立ててくださった殿への恩は、一生をかけても返せないものです。ですから丁重に辞退させていただきます」
嬉しいことを言ってくれるね。うちも藤吉郎さんがいないと、凄く困るから本当に嬉しい。
翌日、天王寺屋さんが用意した蔵に六万石の米を納め、代金の二十一万貫を手にした。
俺が米を出したら、天王寺屋さんは顎が外れそうなくらい驚いていたよ。ついでに目も落ちそうだった。
「賀茂様は本当に陰陽師ではないのですか?」
「赤鬼でも、守護神でも、陰陽師でもないですよ」
「そ、そうですか……」
絶対に陰陽師だと思っているよね。
実際には魔法使いなんだよ。教えないけどね。
「天王寺屋さん。このことは、分かってますよね」
「ええ、もちろんですとも。決して口外はいたしません」
凄く困惑している天王寺屋さんに、藤吉郎さんが黙っているように念を押した。
黙っていてもらったほうが、うるさいのが寄ってこないからね。
六万石の米のうち、四万石は畿内で売りさばくそうだ。残りの二万石は九州に持っていくらしい。
九州も戦乱のただなかにあって、かなり酷い状態なんだとか。
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