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019_上洛するんだけど

 この物語はフィクションです。

 登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。

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 019_上洛するんだけど

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 なんかよく分からんけど、上洛することになった。俺も混乱しているが、お義兄さんたちはもっと混乱していた。

 上洛するのだから何かしらの献上品が要るということで、急遽かき集めて俺たちは上洛するために越後に向かった。


「ここが三国峠なのか。険しい峠なのじゃ」

「胡蝶は初めてか?」

「新田から出たのは草津の時が初めてなのじゃ」


 胡蝶も京都へ行きたいと言うので、連れてきている。可愛い妻のおねだりだからね、即答でOKしたよ。


「二人とも呑気だね。私は今から緊張しているというのに」


 お義兄さんも上洛する。俺は一応お義兄さんの家臣になるから、お義兄さんを差し置いて上洛するわけにはいかないのだ。お公家さんもその辺は理解していて、ちゃんとお義兄さんも招待していた。


「兄上は小心者じゃからの」

「兄を馬鹿にするんじゃないよ。私はこれでも上野介なんだからね」

「それも忠治のおかげじゃ。兄上はそれを忘れず謙虚でいることじゃ」

「むぅ。妹が私に厳しいんですけど、陰陽大允」


 お義兄さんが俺に視線を向け、にやにやしてくる。


「その陰陽大允と呼ぶのは止めてくれませんかね、お義兄さん」

「いいじゃないですか、陰陽大允。朝廷から正式に任官された官職ですよ」

「胡蝶がお義兄さんを虐めるから、俺が虐め返されるんだけど」

「我が夫は陰陽大允なのじゃ。好きなだけ呼ばしてやればいいのじゃ」


 まったくこの兄妹は……。

 俺はマントの中の胡蝶のお尻をさわさわしてやった。今日も馬にタンデムだ。


「ななな、何をするのじゃ」

「罰」

「なんで妾が罰を」

「お義兄さんに厳しいから」

「むむむ」


 さわさわ。ふふふ、柔らかいぜ。次にお義兄さんを蔑ろにしたら、おっぱいを触っちゃうからね。


「家臣たちもいるので、あまりいちゃいちゃしないでくれるかな」

「お義兄さんを敬うように教育しているのです」

「それはありがたいのですけどね。はぁ……」


 そんな感じで三国峠を越えて越後へと入っていく。

 三国街道を進んでいくと、嫌な気配を感じた。どうやらこの先で待ち伏せされているようだ。


「伊勢守さん」

「はっ」

「この先に伏兵です」

「っ!?」


 伊勢守さんは上泉城の城主だけど、新田家の剣術指南役でもある。それでいて、俺の家臣なんだとか。それおかしいよねとお義兄さんに言ったら、いいじゃないですかとのほほんとした顔で言われた。あの顔で言われると、仕方ないかーってなってしまう。あの顔は意外と得なのかもしれない。


 今回は護衛として三十人のお弟子さんを引き連れてきている。頼もしいね。

 お義兄さんの上洛軍は当初五千人規模まで膨れ上がった。皆上洛したいらしい。それを五百人まで削減した。武力を持って上洛するのではなく、天皇に呼ばれて上洛するから武力は必要ない。とはいってもお義兄さんの護衛は必要ということで五百人に収めた。減らすの苦労したよ、お義兄さんが。


「すぐに排除いたします」

「いや、俺が行くよ」

「しかし」

「大丈夫。それにこんなところで誰かが怪我をするのも馬鹿らしいですから」


 怪我人が出たら、行程に支障が出る。襲撃される前に気づけてよかったよ。


「伊勢守さんはお義兄さんと胡蝶をお願いします」

「承知しました」


 さて、伏兵は百人程。戦力は少ないけど、狭い山間の道だから戦力差は大きくないと思うほうがいい。普通にやり合ったらそれなりの怪我人や死人が出るはずだ。

 襲撃者たちは道の左右の木々に身を隠している。

 ここで襲撃があるってことは、越後の人間なのかな。さて、どの勢力なのか。


 今の越後は景虎派、反景虎派、揚北衆の三つ巴。

 揚北衆は独立が目的だから、お義兄さんを襲う必要はない。それに結構離れている。他の二勢力に襲撃の事実を押しつけるという目的なのかもだけど、可能性としては低いかな。

 残るは景虎派と反景虎派だけど、景虎さんは俺に恨みがあるだろう。可能性としては一番高いと思うけど、せっかく生かしてやったのに恩を仇で返されたのだろうか。

 反景虎派と俺の接点は……知らん。仮に反景虎派の親兄弟を殺していたとしても、それは侵略したそっちが悪い。俺が恨まれる筋合いはない。


 上野の国人の誰かが狙っている、もしくは北条さんや武田さんのようなところが狙っている可能性もあるか。

 あとはただの野盗ということもあり得るが、百人は少し多い気がする。


 皆殺しにするのは後片づけが面倒だし、何の罰も与えずに逃がすのも癪に障る。

 陰陽師などと言われるのは不本意だが、ここは魔法で動きを封じるとするか。


「全てを凍てつかせよ、絶対零度(アブソリュートゼロ)


 俺から放たれた魔力が冷気となって、周辺を凍らせていく。緑の草木は真っ白に凍りついた。

 森の中に姿を隠していた人たちは、ほとんどが蹲ったまま動かない。凍死寸前の状態だ。


「こんなところで何をしているんだ?」


 悠然と姿を現し、そう声をかける。恐怖を煽るように、声に殺気を乗せる。


「このままだと凍死するぞ。誰の指図なのか言った奴は助けてやる」


 立派な顎髭を生やした五十代の男に語りかける。多くは質素な服と胴をつけた程度の兵士崩れっぽいけど、この人と他に数人はそれなりの服装と装備だ。多分指揮官クラスだと思う。こういう時は、装備を合わせておけよ。すぐ判別できたぞ。


「お、鬼……」

「ははは。俺を鬼程度の生温いものだと思うなよ!」

「「「っ!?」」」


 心を折るような恐ろしさを演出するのも疲れるぜ。


「おい、吐け。吐かないと死ぬことになるぞ」

「だ、誰が」

「そうか」


 ガーネルド棒を振り下ろす。男は頭が胴体にめり込み、肉の塊に変わり果てた。俺はちゃんと警告したからな。


「さて、次はお前だ」


 次の人にガーネルド棒を向ける。ガーネルド棒の先から血が滴り落ちて、凍てついて白い地面に赤い花が咲く。


「………」

「言わないか。だったら死ぬことになるぞ」


 ガーネルド棒を振り上げる。


「い、言う! だから命だけはっ!」

「で、誰の命令だ?」

「それは―――」


 彼はとても素直に色々教えてくれた。それが本当のことか分からないのが難点だけどね。


「小太郎さん。調べておいてくれるかな」

「分かった」


 いつもそばにいるけど、姿は現さない。それが風魔の小太郎さん。あとは小太郎さんに任せて、俺はお義兄さんのところに戻る。


 そうそう襲撃者たちには軽い凍傷になってもらった。そのくらいの罰は与えていいだろう。半冷凍状態を解除したら、這う這うの体で逃げていった。鬼とか言うなよ、俺は人間だっつーの!

 もちろん指揮官クラスの人は小太郎さんに預けた。あとは小太郎さんが色々とね、まあ何がとは言わないけど情報を引き出してくれるだろう。


 お義兄さんに報告して判断を丸投げ。俺や胡蝶を殺そうと言う話なら俺が決着つけるけど、今回の標的はお義兄さんだからね。


「今小太郎さんに確認してもらってます。京都から帰る頃にはちゃんとしたことが判明すると思いますよ」

「もし私が武田なら、領地を捨てて逃げますね。赤鬼がやって来るのが分かっていて、その場に留まる勇気はないですよ」


 お義兄さんが首を振った。

 今回の主犯格は武田さん。村上さんが上野に逃げてきて、新田家がそれを保護した。

 海野さんはかなりいきり立っていたけど、頼ってきた者を無下に追い返すわけにはいかない。海野さんも分かってくれたけど、内心はかなり怒っていると思う。


 さて、いずれは海野さんを担いで、信濃へという考えがお義兄さんにはある。

 海野庄だけだと旨味はないけど、村上領を含めたら話は別。それなりの旨味をお義兄さんは見据えているようだ。のほほんとした顔して、そこら辺はシビアだ。


 それに海野さんの海野庄は村上さんが奪った。だけど今は武田さんが海野庄を支配している。こうなると海野庄を取り戻す正当性が薄くなる。

 そもそも武田さんは村上さんから海野庄を奪ったのであって、海野さんからではない。だから返せと言っても「馬鹿言うな」と返答があるだけだ。


 しかし村上さんなら話は変わる。武田さんは村上さんから土地を奪った。海野庄を含んだ土地は、村上さんがいるからこそ返せと言えるのだ。

 あくまでも言うだけね。どうせいい返事はない。でもそれでいい。それがないと、名目が立たないからさ。


 その村上さんを保護したお義兄さんは、武田さんから見たら目の上のたん瘤だろう。しかもお義兄さんは上野をまとめているから、余計に邪魔なんだろう。

 そんな折に少数の手勢を連れたお義兄さんが上野を出て、越後に向かう。この機を逃すことなく、武田さんは手を打ってきた。

 彼らが本当に武田さんの家臣なら、村上さんがいなくても武田攻めの名目が立つ。証言が嘘だと大変なことになるから、本当かどうかは小太郎さんがしっかり調べてくれる。果報は寝て待てだね。


 移動を再開して、無事に越後の直江津に到着。そこで景虎さんの名代として宇佐美定満さんが待っていた。六十は過ぎている人だけど、なかなかの眼力がある。俺が捕縛した景虎さん引き渡しの交渉をしたのもこの宇佐美さんだ。


 年寄りを見ると、爺やさんを思い出す。本当は爺やさんも連れて来てあげたかったけど、厩橋城を空にするわけにはいかないからお留守番をお願いした。

 俺が厩橋城をもらったばかりに、面倒なことばかりをさせて悪いね。でもさ、俺を城主にしようとしていたのは爺やさんたちだから、一概に俺だけ悪いとは言えないと思うんだ。うん、そうだ、そうだ。


 あと横瀬さんもお留守番。金山城も空けるわけにいかないもんね。その代わりに横瀬さんの弟の横瀬長繁さんが同行している。前回献金した時に、銭を朝廷に届けた人だ。

 前回は太平洋側を海で堺まで行ったけど、今回はこの直江津から船で敦賀まで行く。


「駿河守殿。この度は忝い」


 宇佐美さんは駿河守と呼ばれている。名前で呼んでほしい。だって、同じ官職を使っている人、多いんだもん。


「上野介様の上洛のお手伝いができて光栄にございます」


 駿河守とか信濃守とか、ほとんどの人が勝手に名乗っている。でも、お義兄さんはちゃんと朝廷から官位をもらっているから、格が違うらしい。

 それを言ったら俺もなんだけど、俺の場合は位階が従七位上と低いからちょっと微妙。それに陰陽大允と言われるより賀茂と言われたい。


 

ご愛読ありがとうございます。

これからも本作品をよろしくお願いします。


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