010_上杉さんがやって来る
この物語はフィクションです。
登場する人物、団体、名称は架空のものであり、実在のものとは関係ありません。
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010_上杉さんがやって来る
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とうとう上杉さん率いる越後勢がやってきた。小太郎さんの調べでは昨日沼田城に入ったらしい。上野北部の城だね。
二、三日のうちには厩橋城を攻撃する見込みで、西部の長野さんたちがそれに呼応するみたい。他にも続々と上杉さんの下に上野の人たちが集まっていて、北条さんは防御を固めているらしい。
関東管領は関東の政治を行う人らしい。だから関東の指揮権は関東管領にある。そんなことを聞いたんだけどさ~。
俺の知識では越後(新潟県)は関東に入りません。なのに越後の長尾さんがわざわざ三国峠を越えて上野にやってくるなんてねぇ。
上杉さんは上野を取り戻すと言っているらしいけど、その軍勢は長尾さんのものだよね。人の褌で相撲を取る典型的な人だよね。嫌だ嫌だ。本当にそういうの要らないから。
厩橋城の周辺に続々と軍勢が集まって、膨れ上がっていく。
北条さんが立てこもっているらしいけど、長くは持たないと小太郎さんは言っていた。
梅雨の時期だと厩橋城のそばを流れる利根川が暴れちゃうから守りやすいらしいけど、最近は雨降ってよと思うくらい晴天続きだね。
どうでもいいけど、利根川のことは坂東太郎と言うらしい。最初坂東太郎と言われて、誰それと首を捻ったよ。利根川でいいじゃんね、なんでそんな渾名をつけるかな。
上杉さんと長尾さんプラスアルファの関東管領軍はたちまち厩橋城を落として、その周辺の城を平定しながら南下して平井城を包囲した。
平井城が関東管領の上杉さんが住んでいた城らしく、この城を落とすのが今回の最低目標。
でもその平井城はすぐに落ちてしまい、上杉さんはご満悦らしい。
「関東管領から何度も使者が来ております」
「お祝いの品を贈っただけでは満足しないようですな」
横瀬さんと爺やさんがため息交じりで首を振る。こっちはお祝いの品を贈ったんだよ、城を取り戻せて良かったねと。でもさ、向こうはお義兄さんが城を取り戻しても贈り物どころか何も言ってこなかったよね。とことん筋の通らない人だよね、上杉さんって。
「まさか一カ月もかからずに平井城を落とすとは。北条も情けない」
爺やさんが言うように、上杉さんというか長尾さんだけど、一カ月もかけずに平井城を落とした。なかなかの堅城だと聞いていたのに、落ちるのは早かった。
そのことを報告した小太郎さんも「あれは本当に毘沙門天の生まれ変わりかもな」と苦笑していた。長尾さん、かなり強いらしい。小太郎さんじゃないけど、反則的な強さっぽい。こっちにこないことを祈ろう。
「なんでも関東管領に従わない国人を攻めるという話も出ているとか」
「そろそろ刈り入れの時期だ。越後勢も領国に帰るであろう」
「それならいいのだがな」
長尾さんがこの金山城に攻めて来るか、それとも越後に帰るのか。帰ってほしいものだ。
長尾さんが越後に帰った後で統率力のない上杉さんが攻めてくるのは構わないらしい。かなり戦下手なんだね、関東管領は。
「忠治殿。上杉、いや、長尾景虎に勝てますか」
「ええ、勝てますよ」
相手が武田信玄でも上杉謙信でも勝つのはさほど難しくない。俺が心配しているのは、無理やり徴兵されて上野までついてきた足軽たちを多く殺さなければいけないかもしれないこと。そういった人たちを殺すのは心が痛むからね。
「我が岩松の守護神はさすがですね。心強いですよ」
お兄さんがニコニコ。俺、赤鬼だったり守護神だったり、長尾さんと称号は変わらないかもね(笑)
久しぶりに雨が降った。少し気温が下がると思ったが、蒸し暑いだけだった。北条さんは厩橋城戦の時に降ってほしかっただろうね。しらんけど。
そんな雨の中の金山城に向かって、上杉軍が進軍している。長尾さんも一緒だ。てか、長尾さんがメインだね。あと上野の国人たち。国人というのは領主みたいなものだね。
以前に少し触れたけど、この金山城には支城がいくつもある。意外にも七つも支城があるだよ。その支城の全部を回って防御力を強化しておいた。城壁は最低でも十メートル。門の扉は鋼鉄製でちょっとやそっとでは壊れない。櫓は三十メートルはあるから、上から矢を打ち下ろすのに丁度いい。三十メートルを上るだけで息が切れるんだけどね(笑)
その七つの支城と金山城に兵士を入れて、関東管領軍を防ごうと思ったんだけど、止めた。だって金山城周辺ではもうすぐ刈り入れの時期なんだよ。攻めるほうはいいけど、攻められるほうは収穫前の田圃を荒らされて悲惨だ。食べるお米が穫れないじゃないか。
死ぬ人が増えるけど、撃って出ることにした。できるだけ他人の土地で迎え撃つ。奇襲しようと思う。夜襲だ。それで一気に関東管領の上杉さんと長尾さんをぶちのめしてお帰り願おう。
「今回集めた兵は二千五百にございます。おなご供には乱暴誘拐されないように山の中に逃げておれと命じました」
え、乱暴に誘拐? そんなことするの?
「うむ。家のものを盗られるだけならともかく、女子に乱暴を働く者も越後勢には多いと聞く、それに攫われて奴隷として売られるともな。戦が終わるまで山の中に避難してもらうしかないね」
マジか。そんな野蛮なことをするのかよ。これは被害が出る前に、関東管領軍をぶっ潰すしかないな。
「ちょっといいですか」
「どうした、忠治殿」
「今夜夜襲をします。これで関東管領と長尾景虎を討ち取るつもりです」
おおお。と声があがる。
「向こうは二万はいるが、大丈夫なの」
「問題ないです。ただ、手加減するつもりはありませんので、死体の山ができると思います。後始末をお願いしていいですか」
今の話を聞いたら手加減なんてする気にならない。奴らはやってはいけないことをしている。俺の逆鱗に触れた。ぶっ潰す。
「兵はどれだけ連れて行くかな。二千くらいなら出せるけど、多いと夜襲することが漏れることも考えられるね」
「兵士は要りません。夜が明けたら死体の処理やら、敵が残していった物資の回収をお願いします」
「一人で夜襲をすると……?」
「はい。その方が味方を気にせず暴れられますから」
お義兄さんが見ると、横瀬さんたち家臣は目を逸らした。俺がカチコンで痛い目を見た人たちだからね。あの時のことを思い出しているのかもだけど、今回は手加減しないからあんなものじゃないよ。
「師匠! 某もお連れください!」
「うーん、今回はお留守番かな」
「なにとぞ!」
相手は二万もいるんだから、伊勢守さんを守って戦うの難しいんだよね。いくら伊勢守さんが強くても、数の暴力の前にはね。
「今回は我慢して。次があったら、連れて行くから」
「むぅ……承知しました。次は必ず連れて行ってもらいますぞ」
「うん。約束」
指切りはしないよ。伊勢守さんイケメンだけど男だもん。小指といってもさすがにつなぐのは勘弁ね。
「忠治殿。死なないでね」
そんなに悲壮感出さないでよ。胡蝶のためにも俺は死なないから。ついでにお義兄さんのためにもね。
「新婚なんですから、死ぬわけないじゃないですか。俺は孫や曾孫に見守られて大往生する予定なんですから」
「ははは。忠治殿なら本当に大往生しそうだね」
しますとも。絶対にね。
夜襲に備えて鋭気を養う。
「あぁぁ……気持ちいい」
「喋るでない。危ないのじゃ」
胡蝶に膝枕してもらって耳かきをしてもらう。気持ちよくて、眠ってしまいそうだ。
「聞いているのか」
「うん、聞いているよ」
若干、小太郎さんが邪魔。でも上杉さんと長尾さんの顔を知っているから、その特徴を聞くために来てもらった。ついでにあのことも確認しないとね。
「関東管領軍が略奪や乱暴狼藉を働いていると聞いたけど、本当かな?」
「それが戦の習わしだ。だが、越後勢のは度が過ぎているな。越後勢が通った後には雑草も残らぬくらいの酷い有様だ」
「越後勢の略奪はそんなに酷いの?」
「ああ、北条とは真逆だな。ありゃ」
北条さんは民を労わる政治をするらしい。この辺りの税は六公四民なのに、北条さんは四公六民なんだとか。民からすれば、税が二割も安い北条さんに治めてもらったほうがいいに決まっている。
でも爺やさんは六公四民でもマシだと言っていた。七公三民のところも多いそうだ。うちはお義兄さんが治めるようになって五公五民にしたけどね。
「……今の口ぶりでは、どこでもある話なの?」
「足軽たちに略奪を許さなければ、戦いなどに出ないだろうよ」
「そうか……」
しかし略奪できないと足軽が集まらないなんて、なんて酷い話だ。どこでもそんなことが行われているなんて、この日本は地獄じゃないか。
「関東などまだマシなほうだ。京の都など、もっと酷い有様だぞ」
京の都……京都のことか。この時代だとまだ首都だよな。……ふと芥川龍之介の羅生門を思い出してしまった。鬼が出る場所か。近づきたくないな。
小太郎さんのおかげで、揺らいでいた心が落ち着いた。
やっぱり上杉さんと長尾さんはぶっ飛ばす。特に越後勢を率いる長尾さんには、人をなんだと思っているのかと説教をしてやりたい。何が毘沙門天の生まれ変わりだ。悪鬼羅刹の生まれ変わりの間違いだろ。
腹は決まった。あとは目標たちの容姿だ。
「関東管領のほうはあまり特徴はないな。だが、だらしない体をしているから分かるだろう」
太っているわけね。この時代ってあまり太っている人見ないもんね。分かりやすい特徴かも。
「長尾景虎は目が鋭い」
うんうん。それで?
「………」
「え、それだけ?」
「目立った傷も黒子もない」
「ええ……目の鋭い人って結構いるよね」
危ない目をしている人、この金山城でも結構いるよ。
「坊主でもないのに、謹製御衣を着てやがるな」
「謹製御衣? お坊さんの服ってこと?」
「ああ、黒の僧服だ」
顔や体形ではなく、服装か。
「鋭い目で黒い僧服ね。了解、助かったよ」
聞かないよりはいい。なんとかなるだろう。
「あぁぁ……そこ、そこがいいよ、胡蝶」
「はいなのじゃ」
耳かきって、やっぱり奥さんにしてもらうのが一番だよね。
さて、耳かきも膝枕もしてもらって、リフレッシュできた。夜に備えて少し寝ておくか。
あ、まだいたのね、小太郎さん。帰っていいよ。てか、帰れ。用が済んだら俺と胡蝶のイチャラブの時間の邪魔をするんじゃないよ。気を利かせなさい。
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