第560話・箱舟、お借りしました(鏡刻界を後にして)
勇者の遺産である箱舟のレンタルが可能かどうか。
フリューゲルだけでは判断が付かないので、彼女に頼んでラナパーナ女王に謁見を申し込んでみた。
そして直接交渉した結果、ラナパーナ女王は俺の申し出を快諾してくれたのだが。
宰相以下、この国の重鎮たちが猛反対。
ぶっちゃけるなら、ラナパーナ女王とフリューゲルさん以外は反対していたものの、そもそも箱舟は勇者の所有物であり、それを返せではなく一時的に借り入れたいというのに、何を反対するのですかという女王の一言で宰相達はやむなく轟沈。
結果として、俺と新山さんは箱舟を借りる事が出来たのでした、めでたしめでたし。
「うん、あんまりめでたしではないよね。返却後には、この国の勇者としてのお披露目に出る事になったのだから。それも乙葉くんだけじゃなく、私まで……」
「まあ、万が一の事もあるから、しっかりと変装していいってフリューゲルさんは話していただろう? マスクとか付けて、顔を隠していればいいんじゃないかな?」
「はぁ……もう、分かりました、付き合いますよ……それで、この後はどうするの?」
そうため息混じりに呟きつつ、新山さんは箱舟のコクピット後方にある椅子に座っている。
日本に帰る気になればいつでも帰ることが出来る、それならとっとと帰ってから、今後の事を考えてもいいんじゃないかなと思ったんだけれど。
こんなものを持って帰ったとしたら、また日本政府が黙っていないだろうという新山さんのアドバイスにより、ラナパーナ女王から正式に一時貸与契約書を発行して貰ってきた。
王家の紋章、女王の術式サイン、魔法石による認証と一通り揃った国家が発行する正式なもので、俺と俺の認めた者以外は箱舟に乗る事も許されていない。
という事で、とりあえずは時空間航行に耐えれるだけの魔力をチャージする必要があるので、俺はコクピット前面、パイロットシートに座って魔力の循環を行っている。
こうする事で、コクピット内部に張り巡らされている『魔力感応システム』を通じて、魔力が蓄えられるんだってさ。
思念の創造球を通じて、ヘルメスさんが教えてくれたよ。
「そうだなぁ……思念の創造球とリンクすることで、こいつは自由に動かすことが出来る。となると、これを持って妖魔特区に戻り、そこで瀬川先輩や祐太郎を捕まえて、虚無空間の向こうにある封印大陸を目指すっていうのもありだよなぁって思ってね」
「まあ、当初の目的がそれなのですから、そうするのは当然ですけれど……乙葉くん、まさかと思いますけれど、この箱舟を解析して、同じものを作ろうだなんて思っていませんよね?」
「やだなぁ……思っているに決まっているじゃないか。この未知の魔導技術、転移術式や魔導鍵を使わなくても、いかなるところへも移動可能なスーパーテクノロジー。これを黙って見ているだけだなんて、俺ちゃんには出来ないよ……って、それぐらいは理解しているでしょ?」
そう問いかけると、新山さんがまたしてもあきれたようなジト眼でこっちを見ている。
「それで……来年度の大学入試については大丈夫なの?」
「う~ん。国家登録魔術師の資格は持ったままだから、これを使ってAO入試を受けようと思っている。基礎魔術学科に入りさえすれば、あとはどうにでもなるんじゃないかなぁ」
「面接……は大丈夫だと思うけれど。魔術についての基礎論文……も問題はないかぁ。むしろ、講師枠で非常勤講師として大学に来るっていう方法もあるとおもうよ?」
「え、なにそれ、そんなのあるの?」
そう問いかけると、新山さんがブレスレットのアイテムボックスから色々な書類を取り出してきた。
「……内緒だからね。これは乙葉君がうちの大学に受からなかった時用に取り寄せておいた『特別非常勤講師』用の書類なんだけれど……」
書類を見ながら説明を聞いていると。
どうやら、特別非常勤講師に登録するには教員免許は必要ではないらしい。
必要なものは、特定の教科についての深い知識、それも専門分野レベルのもの。
今回の場合、 俺が受けるのは『特別魔術講師』という枠で、大学および希望する一部の高校・中学・小学に週に一度赴き、講習を行うという事。
これならば教員免許は必要ではなく、札幌市に講師登録し、あとは募集が掛かるのを待つだけ。
逆に考えるのなら、俺は『AO入試を受けると同時に講師登録しておく』という裏技も可能である。
非常勤講師なので、学生として大学で学びつつ高校などで講師として働くこともできるっていうこと。
「ははぁ、なるほど。それじゃあ非常勤特別講師にも登録しておきますかねぇ。そうすれば、大学に通いつつ魔術を広めることもできるっていうことになるからね」
「本当なら、魔術を広めるのは私や築地君、瀬川先輩の使命なんだけれど……いいの?」
「いいも何も、俺以外に魔術を教えるのに適切な人っていないでしょ? そういえば、大学で魔術の講師をしている人って誰? 要先生は当然として、まさか一人だけじゃないよねぇ」
そこ。
たった一人の講師で、一つの学部の授業全てを賄う事なんて不可能。
まあ、履修科目によるけれど、講師一人っていうことはないよなぁ。
「精霊魔術の講師として要先生が、日本の魔術大系担当は阿部家の陰陽師の方が来ています。あと、一般魔術担当として……○○○○先生が週に一度、札幌に足を運んでいるそうです」
「んんん、最後の講師さん、名前が聞こえなかったけれど?」
「月形姫乃先生……が、一般魔術と神聖魔術の講師としてやってきています」
「誰……それ……」
ん~、ん~。
思い出せん。
だれだっけ、月形姫乃さん……月形さん……ん?
「新山さんも、それってひょっとして」
「はい……今でも私は、月形先生……魔人ラティスハスヤさんの主人格です」
「魔人ラティスハスヤ……って、まさかタケもっこす先生? あ~納得だわ。新山さんの眷属になったんだよね、それなら神聖魔術も使えるよね?」
「はい。それで私が入学するときに、私の弟子ということを大体的に公表したのですよ。そして聖女の徒弟制度は弟子一人のみって宣言したので、私の元に弟子入り志願してくる人はいなくなりましたので」
なんとまあ。
前にも色々と話を聞いていたけれど、深い所まで聞いていなかったからなぁ。
という事で、この際だから学校の事とか、もう少し深く話を聞いたりしつつチャージが終わるまでの時間を楽しく過ごしましたとさ。
そしていよいよ時空間突破に必要な魔力が蓄えられたので、ぼちぼち裏地球? に帰ろうかとした時。
――ブンブン
突然、モニターが外の風景を映し出した。
そして箱舟の側面に、幾つものコンテナのようなものを並べているフリューゲルの姿があった。
「んん、なんだろ」
「私がちょっと見てくるから、乙葉君は出発の準備を進めていて」
「はいはい、それじゃあよろしくっと」
ということで新山さんが話を聞きに行ってくれたので、こっちは機関士の席に移動して、ヘルメスさんと一緒に航行プログラムの確認作業。
『ふぅむ。これは実に面白い。既存の錬金術とは異なる魔術大系にて作り出された魔導船……いや、箱舟というのか。この時空間航行プログラムについても、人知の及ばないものの一つであろう。だが、それは市井の民ならばという事。我が叡智をもってすれば、このようなものの解析など稚戯に等しいな』
「それで、解析についての具体的な必要時間は?」
『地球時間で4か月。それで全てを理解してくれよう』
「……それで、こいつはすぐに動くのか?」
いやここが大切でさ。
すぐに動くのなら、別に今すぐに解析する必要なんてないんだからね。
『思念の創造球があるので、それは容易い』
「それじゃあ、今はそれで……って、ひょっとしてヘルメスさん、こいつの解析を続けたいの?」
『う、うむ……しかし、そうなると乙葉殿の肉体を借りなくてはならないのでな』
「そうだよなぁ……と、おや?」
――シュパーツ
コクピットハッチが開き、新山さんがフリューゲルと一緒に荷物を運んで来た。
「これ、フリューゲルさんがおみやげだって」
「へぇ。中身は? まさか女王様がこっそりと隠れているとかないよね?」
「ないない。ちゃんと確認して来たから。ミスリルとかのレアメタルと魔導結晶体、魔石、魔晶石とかだって。箱舟になんかあったときに必要な修理素材で、これは記録に残っていたとか」
「おお、それはいいねぇ。助かるよ」
そう話しているとねフリューゲルがモニターの向こうで手を振っている。
うん、こっちも準備完了なので、それじゃあ日本に帰るとしますか。
「よし、それじゃあ……行きますかねぇ」
「そうだね。私としては、もう少し乙葉君と一緒の時間が欲しかったけれど……
「ん、今、何か言った?」
思念の創造球と箱舟のリンク度合いをチェックしていて、新山さんが何か話していたの聞きそびれてしまった。
「ううん、また一緒に来ようねって話しただけだよ」
「そうだねぇ……お披露目の件もあるから、用件が終わったら返しに来ないとなぁ……と、よし、チェック完了」
モニターに映し出されているシステムチェックはオールグリーン。
決して、子供の泣き声に過剰反応する危ないシステムじゃないからね。
そして俺と新山さんは座席にしっかりと座りと、時空間航行システムを起動。
いざ、札幌の妖魔特区へと旅立つのであった……。
って、そんなに大げさとは思えないけれどね。




