第五百四十六話・飛花落葉、精神一到何事か成らざらんかったぁ(可能性の扉と、求める未来と)
階段の踊り場に立っているのは、一人の老紳士。
タキシードに身を包み、サングラスを掛けてこっちをじっと見ている。
「すいません、ここはどこで、貴方は誰なのでしょうか? 俺はさっき、ミナさんに手を引かれて……気が付いたら、ここに立っていたのですが」
そう問いかけつつも、今自分がいるこの部屋について知るために、目線だけで周囲を見渡している。
どこかの洋館、その玄関ホールのような場所。
そこに立っている俺、そして目の前の老人。
ミナさんは、元の世界に帰るために必要なものを知っている、それを与えてくれるって言って手を引いた。
その結果、俺はどこか知らない洋館の中に立っている。
目の前には階段、その踊り場に老人。
踊り場から左右に階段が伸び、そして二階へと続いている。
踊り場の老人の奥の壁には、どこかの家族の肖像画。
椅子に座っている女性と、その横に立つ紳士。
「んんん……」
そしてよく見ると、目の前の老紳士と肖像画の男性の姿が重なっているように感じる。
「ここか。ここは時間の分岐点だな。幻想郷レムリアーナの中にある『時渡りの谷』、そこにある私の屋敷に、きみはやって来た。恐らくは、『道案内』に導かれて、ここに来たのだろう」
淡々と事務的に告げている老紳士。
うん、どうやらこの人物が、俺の求めている答えを知っているだろう。
「ここから帰ることはできますか……それと、俺の失った力も取り戻したいのですが」
隠しても、取り繕っても駄目。
それなら己の感情のままに、本音を語ってみる。
すると、老人が静かに階段を下りてくる。
「帰ることは容易い。帰還を望み、目覚めればいいだけ。そして失った力は取り戻せない」
この答えは、街の人たちに色々と聞いてきた時に出ている。
でも、まだ帰れないっていう事は、俺は帰る事よりも新たな力を望んでいるっていう事か。
「それじゃあ、新しい力が欲しい。それは可能ですか?」
「それは、どのような力かね? 君が最初に手に入れた力なのか? それとも全く異なる力なのか?」
「可能ならば、元の力を」
「では、きっかけを探すしかない」
きっかけ?
それってどういう意味なんだろうか。
そう俺が考えたとき、このホールに幾つもの扉が出現した。
「この扉は……まさか、帰るための道しるべで、正しい扉を選ばないと帰ることができな『君は何をいっているのかね?』いってそうですよね、そんなことありませんよね」
――フッ
ああっ、またしても早とちり。
しかも、老人に笑われたよ。
「これは、君の力の源泉のひとつ。例えば、これは君が『ネット通販スキル』を手に入れた時の分岐点……」
そう呟いたかと思うと、目の前に扉が一つ浮かび上がった。
それがゆっくりと開くと、見たことのある風景が扉の向こうに広がっていた。
「そこが始まり。では、君はどうする?」
俺の目の前に広がる光景、それは、うちの近所のバス停。
その向こうの信号では、俺が全力で走っていた。
「こ、これって、俺がネット通販スキルを手に入れた時なのか?」
その問いかけに、老紳士は静かにうなずく。
そして扉の向こうの俺は、バス停にどうにかたどり着いて。
『おお、間に合った!!』
そう安堵し呟いた時、ちょうどバス停に俺が乗るはずだったバスがやって来た。
「やっぱりそうだ、これって……俺が、異世界転生し損ねた時じゃないか? このあとで俺は、何者かに突き飛ばされてバスにひかれそうになって……」
「そうだね。でも、君が見ているこの光景では、誰も君を突き飛ばしていない。君の後ろに出現した黒い影、それはこれだね」
――シュンッ
老人がそう呟いた瞬間、バス停にたどり着いた俺の真後ろに黒い影が浮かびあがる。
「ち、ちょっと待ってくれ、これってどういうことなんだ、まさか俺自身を、俺が突き飛ばさないとならないのか?」
「さあ? そんなことは私には分からない。ただ、今なら君を突き飛ばすことができるっていうこと……どうするんだい? このままだと、きみは何事もなくバス停でバスに乗る……」
そう呟きつつ、老人がニヤッと笑った。
いや待って、こんな難易度の高い選択肢を俺に突き付けて、一体どうするつもりなんだよ。
そもそも、これって現実なのか?
そして、もしも突き飛ばさなかったら……どうなっていたんだ?
「も、もしも、俺が俺自身を突き飛ばさなかったとしたら?」
「その答えは、この扉の向こう。可能性の未来の一つだが、今、この扉を開くと過去が決定する。君が破壊神の加護を得なかった場合の過去が、そしてその結末が。ここはレムリアーナ、望むものが手に入り、望んだものを作り出す」
俺が加護を得なかった場合……って、それはつまり、大規模転移門が完成し、俺たちの世界に妖魔が溢れてくるっていう事だよな。
それも妖魔特区すら出現していない、何者にも止めることのではない妖魔軍が。
「冗談じゃないって!!」
そう呟いてバス停に立つ俺に向かって手を伸ばした時。
――トンッ
老紳士が俺の代わりに、バス停に立つ俺を突き飛ばした。
そして俺はバスに轢かれ……。
そこで、時間が止まった。
「……なあ、これってどういうことなんだ?」
「このままだと、君は普通に加護を得てしまう。だが、それではまた同じ道を進むだけ。だから、ここで君は新たな加護を得る必要がある……」
そう呟くと、老紳士が俺に向かって何かを差し出した。
小さな四角い箱。
まるで指輪でも入っていそうな、小さな箱。
「これを俺に受け取れっていうのか?」
「違う。君自身が、この止まっている君の魂の中に、これを埋め込むだけ。これは、いかなる神の干渉も許さない力の権限。あの破壊神の瞳すら欺く力。今、これを埋め込めば、君は新たな力を得るが……どうするかね?」
どうするかね……って。
こんなの、すぐに決断なんてできるはずはないじゃないか。
だけど、何故か俺は箱を受け取った。
そしてゆっくりと開くと、そこには『虹色に輝く奇妙な宝石』が修められている。
凧形二十四面体っていえばいいのかな? TRPGで使うような二十四面体ダイスってかんじ。
それがまるで、意思を持っているかのように鳴動している。
「破壊神の瞳を欺く……か。これを……埋め込んだとしたら」
「元々、その力を君が持っていたことになる。ただそれだけだ。その力は破壊神によって与えられた力ではないため、奇跡の代償として奪われることは無い。そして埋め込んだ瞬間、この場で君の力は発現する……それだけだ」
「それじゃあ、これを埋め込めば、俺は新しい力を手に入れられるっていう事か……」
そう問いかけたとき、老紳士が静かに頷く。
うん、破壊神の瞳を欺くっていう部分で、俺の存在が災禍の赤月の影響下にいなくなることができるって思ったけれど、違う。
破壊神は、俺に加護を与えていたマチュアの事を指している。
破壊神という単語を使って、俺にミスリードさせようとしているに違いない。
「ああ、できるなら急いだほうがいい。今は私の力で時間を止めているが、あまり長く留めていると破壊神たちにも気づかれてしまう恐れがある。そうなると、その力は奪われてしまうかもしれないからね……」
俺に加護を与えていた破壊神マチュア、彼女がこの新たな力に気付くと奪い去ってしまう。
そして、この形状と虹色に輝く存在。
あはん。
そういうことですか。
「それじゃあ、とっとと埋め込みますか……と、その前に、貴方の名前は何というのですか? それに、どうして俺に力をくれようとしているのですか? 破壊神に気付かれると、奪われるかもしれない力を……」
「私の名前など忘れてしまったよ。私は、ずっとここにいる。長い時の彼方から、ずっとここでなにかを探している」
「では、不老不死という事ですか」
「そうであり、そうでなく。この姿もまた、仮初めの姿でしかない」
うん、なるほど。
今までの経験と知識、それを全て動員して……ここにいる老紳士の正体が掴めてきた。
「では、この力を継承して貰いますか」
そう呟いて扉に近寄った時。
俺の背後にいるはずの男の表情が、俺には見えた。
左手に宿っているヘルメスさんの力、魔力視によって、背後の存在も普通に見通すことが出来た。
笑っている。
老紳士の顔がゆっくりと変化し、俺と同じ顔になり……口元を歪めて笑っている。
「それじゃあ……新たな力よ、我が体内に宿れ……ってかぁ?」
――ダン!
力いっぱい扉を蹴とばして閉じる。
そして手にした宝石を強く握りしめて、力を願う。
この世界は、俺のイメージによっていかなるものも作り出せる。
それなら、この宝石のような強大な触媒を用いれば、神器すら作り出せるんじゃないかなぁってね。
「な、なにをした。もうその扉は開かないぞ……過去をやり直し、新たな力を得ようとは思わないのかね?」
「過去をやり直す必要なんて、そんな事象も運命をも歪ませるようなことを、俺が認めるかって。うそ、ちょっとだけやったけれど、それは地球を救うためだからおいておく。それよりも、俺はあんたの依り代になんてなる気はなくてね……そうだろう? 破壊神ナイアールの欠片さんよぉ」
そうきっぱりと言い捨てる。
この推論に自信はある。
だから、目の前の老紳士……もとい、ナイアールの様子をじっと見ている。
「ああ……残念だ。実に残念だよ……虚無に引き込まれ、貴様よりも先にこの地にたどり着いたのに……どうしてこうも、君は邪魔をするかねぇ……」
「それで、俺を依り代にして次の世界へと赴き、また同じ事を繰り返そうとしていたのかよ」
そう問いかけるものの、ナイアールは笑っているだけ。
そして奴の体がゆっくりと消え始めていることに、俺は気が付いた。
「残念だよ。神の器であった君の肉体なら、次の世界でも封印されし肉体を簡単に取り戻すことが出来たのだが……まあ、いい。この世界では君の勝ちだ。だが、いつか完全体となった暁には、君の住まう世界は必ず潰してあげよう……まあ、その時はもう、きみはいないと思うけれどね」
「俺はいないかもしれないが、俺の意志を継ぐ者たちはいる。だから、いつでもかかってこい、そのたびに貴様の野望なんて握りつぶしてやる!!」
グッと右手を前に突き出し、そして力強く握りしめる。
その瞬間、ナイアールは完全に消滅した。
――フッ
そして、周囲の景色が一瞬で変化する。
俺がいるこの場所は……。
「く、クリムゾン・ルージュのコクピットの中だってぇぇぇぇぇぇぇ」
なんで、いや、ずっとここにいたってことなのか?
そしてこの中で、俺が見ていた世界が、幻想郷レムリアーナだったっていうことなのか?
「鉄幹さん、ヘルメスさん、つまりはそういうことなのか?」
『……やられた。本当に騙されていた感が満載だ』
『よもや、魔皇である我らすら欺くとは……いや、ちがう。我らごと、幻想郷レムリアーナに引き込んでいたという事か』
そういうことなのか。
それにしても、随分とリアリティ満載だったんだけれど。
だけど、この動けないクリムゾン・ルージュでどうやって虚無から出ればいいんだよ。
せめて機体が完全修復して、虚無すら乗り越える能力にでも覚醒してくれればいいんだけれどさ。
――キィィィィン
んんん?
俺の右手のあたりにう浮かんでいる石が輝いたんだけれど。
これってあれか、さっき破壊神ナイアールから受け取った力の宝石か。
「なあ、ヘルメスさん……嫌な予感がするんだけれどさ」
『私も同意見じゃな。この浮かんでいる宝石は、君の意識を受け取り、その力でクリムゾン・ルージュを改造し始めている』
「待ってぇぇぇぇぇぇ。俺のその願い、待ってくれぇぇぇぇ。願いが叶うなら、このまま一瞬で地球に還してくれぇぇぇぇぇ」
そう叫んでも、どうやら駄目だっていう事は理解した。
もうね、自分の迂闊さを呪いたいレベルだよ。
なるようになれっていうんだ、畜生めぇぇぇ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




