第五百四十二話・孤軍奮闘、ふりだしに戻る?(一難去ってまた一難去って、もういちど一難が来た)
トクン。
トクン。
聞こえてくるのは、俺の心音。
熱くもなく寒くもない。
手を伸ばすと、何かを掴む感触。
それが魔導鎧クリムゾン・ルージュの制御コアであることは理解している。
「……ふぅ。こんな何もない、時間の経過もなにもかもがあやふやな空間で、俺はどうなることやら」
『さあな。まあ、幸いなことに、何もかも失ってお前には、一つだけ残された力があるではないか』
「まあね……」
そう。
破壊神マチュアの加護を失った時点で、俺はカナン魔導商会も魔術も、自動翻訳も天啓眼も失っている。
つまり、普通の人間になってしまったのだけれど、これってつまりは『ふりだしに戻る』と一緒。
元々あった力が無くなったのではなく、あの異世界転移失敗事件により得ていた力を失っただけ。
そんでもって、なんやかんやと先輩が魔人王になったときに受け継いだ魔皇の力、それだけは俺の中に残っている。
これってつまり、後付で手に入れた力だからだろうと納得。
『それで、これからどうするつもりだ?』
「そこなんだよねぇ……鉄幹さん、どうしたらいいと思う?」
魔皇・鉄幹拳士。
それが今の俺に残っている力。
武闘派魔皇であり、魔導体術の始祖。
つまり身を護る術だけは、どうにかできそうである。
確定できないのは、この狭いコクピットの中だから。
せめて地面にでも降りることが出来れば、体を動かしてどうとでも確認できるのだけれどね。
『さて。我は知恵者ではない。ゆえに、ここはヘルメス老にでも訪ねるとよい』
「やっぱり? そうですよねぇ……ということで、ヘルメス・トリスメギストスさん、何か知恵を貸してくれませんか?」
そう問いかけると、俺の左手にヘルメスの魔皇紋が浮かびあがる。
右手には鉄幹拳士、左手にはヘルメス・トリスメギストス。
2人の魔皇が、俺にとっての最後の切り札……というか、持っていかれなかった能力。
『貴殿には魔力がほとんど備わっていない故、我らの力を自在に操ることは出来ぬが……そうじゃなあ、この虚無から別の世界へ向かう事は可能じゃ。ただし、元の世界に帰れるのではないと伝えておくぞ。それに、地球は危機を脱したわけではない』
「なん……だって? それってどういうこと? 災禍の赤月事件は終わったよね、破壊神の残滓も、魔神ダークの残滓だって消滅したよね? まだ何やってくるの? まじでもう勘弁してよぉ」
ああっ、泣きたくなってきたわ。
『貴殿が巻き戻した時間、それにより、封印から逃れている存在もあるということじゃな。遥か過去に封じられし魔族、悪鬼、悪魔……地球の伝承に存在する化物の一部は、災禍の赤月により解き放たれておる。貴殿の行った巻き戻しの時点では、少なくとも数十体の封印されしものが開放されているようじゃ……』
「うっそだろ? それじゃあ、いまの地球って、そいつらが猛威を振るっているっていうのかよ?」
ギリッと拳を握る。
なんだよ、何もかもが平和になったわけじゃないのかよ。
最悪の事態は逃れたが。それだけっていうことかよ。
『いや、わしの見る限りは、まだ表立って暗躍しているのは一体のみ……それに連なるように、解放されしものが集まりつつあるということじゃな』
「そ、そいつは何者なんだよ……」
『かつて、魔神ダークに付き従っていた二人の眷属の一人。一体は使徒を操りしもの、オールデニック。だが、奴はすでに消滅しておる。その相棒であり、封印大陸に封じられていた存在……ええっと、鉄幹、なんという名前だったか覚えているか?』
いや、そこ大切でしょ、そこまで盛り上げておいて、名前を思い出せないっていうのかよ。
『プラグマティス。それが奴の名前だ。どんな力を有していたかなどは、我々の世代は知らぬ。もっと前の存在、原初の魔皇ならば知っていようが……と、そういう。幻想界に存在していた七柱の魔人、原初の七魔族の一人であるケビン・スターリングならば知っていよう』
「そのケビンって奴に話を聞けばいいんだな……って、いや、ここからは無理ぃぃぃぃぃ」
そもそも、地球に帰れないよ。
俺が虚無に飛び込んでから、どれぐらいの時間が経過しているのかもわからねぇよ。
スマホのバッテリー何んてとっくに切れているよ、時計なんて持っていないよ。
そもそも腹も減っていないし生理現象も発生していないよ、一体どうになっているなだよ。
『『……ん?』』
そんなことを膝を抱えて考えていると、突然魔皇の二人が何かに気が付いた感じ?
「鉄幹さん、ヘルメスさん、なにかあったの?」
『何かあったというよりは、なにかおきる』
『というか、起きたようじゃな……』
――ガクン
突然、魔導鎧クリムゾン・ルージュが振動を始める。
このふわっとした浮遊感って、ひょっとして墜落している?
「ちょちょちょっと待って、これ落ちているよね、絶対に墜落中だよね?」
『そうだな。それもかなりの高度だな』
『うむ、鉄幹のいう通りじゃ、このままではいずれ、なにかに激突してぶっ飛ぶ』
「そうだよね、クリムゾン・ルージュをどうにかして動かさないとならないよね?」
『その程度なら、どうとでもできるな……』
――ガシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
クリムゾン・ルージュの背中あたりから、なにかの噴射音が聞こえる。
えぇっと、魔導コンバーターって残っていたのかよ。
それを鉄幹さんが操っていると、そりゃあ、魔力がない俺じゃあ何もできないからねぇ。
そして暫く噴射音が響いていたと思ったら。
――ガッゴォォォン
とんでもない振動がコクピット内部に広がり、そして機体が横転する。
いや、脚は吹っ飛んでいたから、そりゃあそうなるよねぇ。
「鉄幹さん、どこに着地したのですか?」
『どっかの星……いや、どっかの世界だ。ヘルメス老、分かるか?』
『わしの視界は、こやつの身体と同化している。ここから外に出ない事には、なにも見通すことはできない』
「そっか……それじゃあ外に出て……って、あの、空気あるよね? 大気生成術式もなにも、俺は使えないからね?」
『そんなもの、わしの魔皇紋から引っ張り出せ……と、魔力が足りぬか』
そうなんだよ、魔皇紋とアクセスして術式を引っ張り出せるかも試した見たけれどさ、俺自身の魔力が枯渇している……というかないんだよ。
「はぁ。せめて人が生きられる空間なのかどうかぐらいは知りたいですけれど、鉄幹さん、それってわかりません?」
『いや、人が遠くを歩いていたから、大丈夫じゃないか?』
「待って、それを先に言って……って、コクピットハッチがあかねぇぇぇぇぇ」
――ガゴン
そんなことを叫んでいると、鉄幹さんがコクピットハッチを開放してくれた。
そしてどうにか腹ばい状態で外に出て立ち上がってみると。
――ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ
風吹く丘陵。
深く青い空。
幾つもの月が浮かび、そして幾つもの大陸が空に浮かんでいる。
遠くに見えるのは渓谷であり、反対側には巨大な岩石で出来た城。
城下町のようなものはなく、ただ風化した城が見える。
「……ここはどこだ?」
思わず口ずさんでみると、ヘルメスさんの意志が聞こえる。
『ああ、理解した。そして絶望した……』
『ヘルメス老、ここってあれだよな?』
「いや、俺にも教えてくれない? なにか知っているかもしれないでしょう?」
そう問いかけて、帰ってきた言葉に俺はマジで絶望しそうになった。
『ここは幻想郷レムリアーナ。人の夢の中にしか存在しない、実体を持つ異世界。幾つもの名前でも呼ばれており、君に分かりやすく説明するとすれば、この言葉が適切であろう……』
夢見る人が、夢を通じて訪れる世界……夢幻境と……。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




