第五百四十話・寒山拾得、塞翁が馬(大きな奇跡と大きすぎる代償)
乙葉浩介が、封印大陸にて破壊神もろとも虚無へと飛び込んだ頃。
地球でも、龍脈をめぐる最後の戦いが繰り広げられていた。
龍脈に巣食っていた破壊神の残滓、それを中和し浄化させるべく、神楽もまた最後の神威をぶつけている真っ最中。
すでに小春から送られてくる神威も限界をとうに越え、今は治癒神シャルディと貴腐神ムーンライトからとぎれとぎれに届いてくる程度。
龍脈洞に出現していた使徒の群れも力を失い、今は十分ごとに一体ぐらいが出現し、そして祐太郎がカウンターで破壊するという事を繰り返しているのだが。
――ガクン
「え……何が起こったのですか!!」
突然、破壊神の残滓の力が大きく膨れ上がる。
それまで弱っていた力が突如として復活し、神楽の力の全てを呑みこもうと反撃を開始したのである。
「嘘でしょ……カグラさま、イングランドが消滅……いえ、龍脈に引きずり込まれています」
「……破壊神が、イングランドに存在する特異点に気が付いたのですか……そうですね、龍脈に引きずり込まれたのは、恐らくはイングランドを守護する中間世界・アヴァロン……奴は、精霊の力を取り込み、さらに活性化を始めたのですか」
「そ、それじゃあ私たちは……地球は無くなってしまうのでしょうか」
悲痛な声を上げる小春だが、カグラはまだあきらめてはいなかった。
つい先ほどから、彼女以外に龍脈に干渉している力を感じている。
それが敵か味方か、神楽は知っていたから。
「いえ、アヴァロンの全てが破壊神に取り込まれることは無いようです……ですが」
神楽の言葉、その続きを雅は分かっていた。
深淵の書庫が察知した、龍脈に飛び込んで来た力。
そのひとつは魔神・羅刹。
そのひとつは魔神・玉藻前。
そして最後の一つは、乙葉浩介と同化したことにより魔神となったピク・ラティエ。
その三つの魔力波動が、龍脈の中を超高速で飛んでくるのを確認していた。
だが、雅は何も告げない。
今、更なる力が龍脈の中に生まれつつあったから。
「……もう限界です……ごめんなさい」
小春の身体を通じて送られていた神威。
それが限界を超え、小春の肉体だけでなく魂まで傷つきつつある。
そして意識が途切れると同時に、小春の代わりに一人の人物が姿を現わす。
「……全く。定命の人間風情が、無茶をしやがる……」
雅が察知したものは、龍脈に出現した転移門。
そこから姿を現わした壮年の男性。
それが小春を抱きかかえると、深淵の書庫の中にいる雅の元へと連れて来た。
「……うん、ご助力感謝しますわ。でも、よろしいのですか?」
「よろしくはない。が、やらなくてはならない。これもまた、魔皇となった俺の仕事だからな」
龍脈内部に開いた転移門。
そこから姿を現わしたのは大量の魔皇たち。
その中の一人、魔皇・ディラックが小春を助け、そして彼女の代わりにカグラに神威を送り始める。
そもそも、魔皇の存在は、このような事態が起きるのを防ぐため。
封印大陸に眠る魔神ダーク、その中に眠る異界の破壊神を止めるために、魔皇たちは代々、その力を蓄え、魔人王にその秘儀を託していた。
ゆえに、今現在の世界の崩壊は、魔皇らが知りえる【最悪の結末】ではない。
最悪の結末は、【魔神・乙葉浩介】の体に破壊神の残滓が宿ること。
神の器を持ち、破壊神の加護を受けた存在である乙葉浩介。
彼の精神が崩壊し、その隙間に破壊神が宿ったとき、一瞬で世界は終末を迎える。
とある始原の魔族は、その未来を予知していた。
とある始原の魔族は、そうならないために龍脈を制御していた。
彼女・カグラが見ていた未来、それは世界の崩壊。
だが、ある時を境に、その崩壊した未来は確定ではなくなっていた。
そして今、崩壊した未来が来ないようにと、魔皇たちも持てる力を発揮し、破壊神の残滓に対して楔を穿つ。
『カグラさん……アヴァロンは私と羅刹さんに任せて。あなたは白桃姫さんとともに、破壊神の残滓を』
『さよう。破壊神が取り込んだアヴァロンの一片、わたしが千切り抉ってみせましょうぞ』
玉藻前が九尾の尻尾を振るい、破壊神の残滓の動きを止める。
そこに羅刹が掴みかかり、そして力任せに残滓の右腕を引きちぎった。
決して傷つくことが無い残滓の肉体。
それをカグラが中和しつづけることで、破壊耐性は消滅した。
そこに玉藻と羅刹の力がぶつかり、吸収されしアヴァロンは瞬く間に引き剥がされ、そして龍脈の彼方へと溶けていく。
「カグラよ!! 乙葉がやりおったわ!!」
アヴァロンが溶けてあるべき場所へと帰っていったとき、白桃姫は感じ取った。
彼女と魂レベルで融合していた乙葉浩介が、封印されし破壊神を自身諸共虚無へと封じたことを。
――ヴゥン
その瞬間、それまで世界を睨んでいた災禍の赤月が消失し、龍脈の中をめぐる残滓の力も一気に弱まっていった。
『馬鹿な……何が起こった、瞳から力を感じない……災禍は、災禍の赤月はどこに消えたのだ』
龍脈の中、片腕を失った老人は、血涙を流すかの如く悲痛な顔で叫ぶ。
災禍の赤月が失われたことで、彼に送られていた力も、世界から届いた人々の嘆き・苦しみの感情も途切れてしまう。
いや、途切れたのではなく、彼はもう、それを感じることも受け入れることも出来なくなっていた。
「これで終わりです……破壊神の残滓……いえ、遥か彼方の悪神・ナイアール。もう、貴方は再生しない。ここで、貴方の旅は終わりを告げましょう……」
カグラが呟くと同時に、破壊神もまた光となり、散り散りになって龍脈へと溶けていく。
すでに彼の本体は消失している為、あとは龍脈の一部となり、そして大地へと帰るだけ。
そしてそれを見届けると、魔皇もまた龍脈の中に消えていく。
あるものは転移門を通りあるべき世界へ。
またあるものは、新たな仮宿を求め、龍脈の彼方へ。
そして全ての意識が消滅すると、龍脈洞に広がる金色のマナも穏やかな湖面を浮かび上がらせる。
「お、終ったのですか……」
「破壊神の残滓は感じない……カグラさん、終ったという事でいいんだよな?」
小春と祐太郎が問いかけると、カグラはゆっくりと振り向く。
穏やかな笑みを浮かべ、そして瞳を落として頭を下げる。
「これで、終りました……地球は、いえ、二つの世界は終末を迎えることは無く、人類は滅びの道を回避することが出来ました……」
その言葉に安堵する二人だが、雅だけはまだ深淵の書庫から出てくることは無い。
「乙葉くんは……破壊神と共に虚無へと飛び込んだ、乙葉君はいつ、戻ってくるのでしょうか……」
その問いかけで、小春も神楽を見る。
だが、神楽の口から零れた言葉に、小春は意識を失ってしまう。
虚無からは、何人たりとも戻ってくることはできない……と。
〇 〇 〇 〇 〇
――その頃の虚無
うん。
いつまでもここにいては駄目。
とはいえ、ここから帰るすべもなく。
魔導鎧クリムゾン・ルージュもさっきからミシミシと音を立てている。
これが砕けた時が、俺の最後。
その前に、世界だけはどうしても修復したい。
かといって、俺は命を代償にすることは出来なくなっている。
「はぁ……それじゃあ、覚悟を決めますかね」
カナン魔導商会のメニューにもう一度触れる。
そして奇跡の宝珠の購入画面を表示すると、迷うことなく購入ボタンをタッチ。
『ピッ……奇跡の宝珠は神威対象商品です。購入については、チャージではなく同価値の物品を必要とします。何を査定しますか?』
俺の命よりすごいものが、一つあったからさ。
それを使うことにする。
「査定するのは……俺の持っている『破壊神の加護』だ」
『ピッ……それを査定し代償とすることで、貴方は【カナン魔導商会】の会員資格を失います。また、破壊神の加護により得ていたものすべてを失いますが、それで構いませんか?』
「ああ、その代わり……地球を元の姿に戻してほしい」
どうだ、いけるか?
世界を作り生み出した破壊神……つまり創造神マチュアの加護だ、個人が保有できる最大の力だ。
できるならば、死んだ人たちの魂も元に戻してほしい……。
『ピッ……受諾しました。ただし、地球は完全なる修復は不可能。また、死者の蘇生には代償が足りません』
「聖徳王の天球儀、これも持っていけ。人が神となるための器だ、これでも駄目か?」
さあ、俺がベットできる最大条件は出した。
あとはカナン魔導商会が、それを認めるかどうか。
『……受諾した。では、君の身体から私の加護と天球儀を引き払わせてもらう。君はただの人間になるけれど、一つだけチャンスは残してあげる……そこにたどり着いたら、魔導師としての力は取り戻せるとは思うけれどね……あとは君の努力次第ということで』
んんん?
この声って破壊神さんだよね。
まあ、それが温情なのは判っているさ。
そして俺の意識がゆっくりと消えていくのを感じる。
体の中にあった、神の加護、それが一つずつ、ゆっくりと抜けていくのを感じるよ。
まあ、これで世界が元に戻るのなら。
死んだ人たちが、元に戻るのなら。
それで、いいんじゃね?
うん、虚無から帰りたいっていう願いもあったけれどさ。
それこそ、大きな代償が必要だと思うんだ。
はぁ。
高校ぐらいは、卒業したかったわ……。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




