第四百八十五話・深謀遠慮……席の暖まる暇もないかもしれない(魔族の事情、家族の肖像)
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――カチャカチャ……
静かな食卓。
いままでは、母と私の二人だけの時間。
「ああ、母さん、醤油を取ってくれないか?」
「はいはい。でも、その体では、塩分の取り過ぎには気を付けてくださいね」
「わかっている……」
今は、父と母、そして私の三人の食卓。
今までとは違う、懐かしい風景。
ただ、一つだけを覗けば……。
「ねぇ、お父さん? いつになったら人間の姿に変化できるようになるの?」
「この前の戦いで、かなり無理をしたからなぁ……そもそも人化の術式というのはかなり複雑でな、以前はこう、人の姿に変化するための魔導具を使っていたのだが、それも破損してしまったからなぁ……」
銀色の体毛を持つ人魔、銀狼嵐鬼。
それが私の父。
私が幼かった時、伯狼雹鬼の襲撃を受けて霧散化した父は、私の体内に憑依することで消滅を免れることが出来た。
ただ、その時、父が所持していた魔人王の証である王印は、私の魂に定着した。
そして長い時を経て、私が魔人王に就任した。
その間もずっと、父は私の中で眠りについていた……たまに獣人の姿となり母とは会っていたらしいけれど。うん、それについては以前、詳しい説明を聞いたので今更言及する気もない。
「はぁ。それなら、乙葉君に頼んで人化の腕輪なり装飾品を作って貰いましょうか? 今は体の調子が悪いようだから、それが収まったらの話ですけれど」
「乙葉君……か。あそこまで肉体と魂の波長がずれ込んでしまったら、そうそう治るものではないのだがなぁ……」
「んんん? あの、お父さんは乙葉君の今の状況を知っているの? いえ、下半身が動かなくなった理由とか、そういうのだけれど」
「まあ、ね。それについてはまた今度、ゆっくりと説明してあげる」
食事を終えて、のんびりとお茶を飲む。
食後の一家団らんは、いつものように応接間。
テレビをつけてチャンネルはKHK、ニュースを眺めつつ団らんのスタート。
我が家は民放地上はほとんど見ない。
大抵のことはKHKとインターネットで賄えているから。
ちょうどニュースでは、法務省の公安審査委員会が、魔族犯罪に関する対策と対応についての説明を行っている真っ最中。
「それにしても。このままだと、魔族関係の対応は法務省の出入国在留管理庁の所管に切り替わる可能性があるようだな」
「それってつまり、魔族も在留外国人と同じ対応っていうこと?」
「ああ。基本的な対応については、それで十分間に合うと思う。要は入管がどのラインで線引きをするか……予想では、現在、日本に住んでいる魔族は全て登録制としたうえで、永住者もしくは日本人の配偶者、あとは永住者の配属者という枠で管理するしかないだろうな。さすがに定住者という枠は使えないだろうから」
つまり、今のままでありつつも、魔族は全て登録制となるということ。
「どうして定住者枠は使えないの……ってああ、そうですね、在留期間が終わっても、鏡刻界に帰る手段がないということですか」
「雅の言う通り。ちなみにだが、すでにフェルデナント聖王国の在留騎士については、特定技能所持者なので、高度専門職扱いで在留許可を出したと忍冬警部補が話していたな。ただ、それでも人間とコモンの身体能力差についてはどうすることもできないため、今は元陰陽府の術師たちが対応しているということだ」
淡々と説明する銀狼嵐鬼に、雅はうなずいている。
「やっぱり、陰陽府の再建は待ったなしというところですね」
「それについても、今国会開催中に、新たに『陰陽省』と、その外局である『退魔庁』などの設立についての議論が交わされるらしい。まあ、今の日本の状況を鑑みるに、ほぼこの法案は可決、来年度四月の発足となるだろう。それに合わせて、内閣府退魔機関も退魔庁に包括されるらしい……と、忍冬警部補が愚痴をこぼしていた」
「あはは……退魔機関はまあ、そうですよね」
そもそも、元々の退魔機関は警視庁の一部門であったものが、妖魔特区発生に伴い内閣府 国家公安委員会所属となった。それがさらね、たらいまわしのように新設される退魔庁に組み込まれるなど、複雑な気持ちになっていることは間違いがないだろう。
だが、内閣府公安委員会とは異なる独立機関となることにより、これまで以上に活動範囲も広げられることも間違いはなく、新しい退魔官の採用については急務となるだろうと銀狼嵐鬼も話している。
「それじゃあ、私の仕事もそろそろ終わりですわね」
「ん? 何か話したか?」
ボソッと呟いた雅は、父に右手を差し出す。
それを握手を求められていると思った銀狼嵐鬼は、がっしりと握手を返したのだが。
「すべての魔皇よ、受諾しなさい……我、魔人王オーガス・レイヤーの名のもとに、銀狼嵐鬼を次代魔人王とする。王印よ……」
その詠唱が開始されると同時に、雅と銀狼嵐鬼の周囲に深淵の書庫が発生する。
「まて雅、一体何を考えている!」
「何って……私は魔人王を引退して、お父さんに新たな魔人王を引き継いでもらうだけですわ。だって、話は白桃姫さんから伺っていますよ、三狼鬼は、単独で鏡刻界と私たちの世界を行き来できる能力をもっているって……ね?」
「ね? じゃない!! いきなりそんな話をして、こっちにも……」
「お父さん……駄目ですか……」
瞳をウルウルと潤ませつつ、雅が銀狼嵐鬼に抱き着く。
最愛なる一人娘の、断っての願い、それを突き放すことなど銀狼嵐鬼にはできない。
「う……うむ、判った」
『魔人王オーガス・レイヤーの信任により、銀狼嵐鬼を新たな魔人王とすることについて。三十六魔皇のうち二十八魔皇の承認が得られたため、銀狼嵐鬼を第五代魔人王とする……』
深淵の書庫に写し出された承認紋様。
それにともない、この裏地球に住まう魔族の脳裏に、新たなる魔人王が生まれ事が告知された……。
そして雅の体内から銀狼嵐鬼へと王印と三十魔皇紋が受け継がれたのだが。
「あ。あれ、あれれれ……あの、私の魔人化は残っていますし、まだ六魔皇紋が私の体内にありますけれど」
「ああ、それは俺のことを認めていない魔皇だろうさ。そのまま雅を守ってくれるのなら、それで鎌わないよ」
「あの、構うとか構わないとか、そういうことではなくて……ああっねもういいです。とりあえず新しい魔将の認定とか、そういうのもお父さんにお任せします。そもそも、私だって次の魔人王が出現するまでのつなぎ程度にしか考えていませんでしたからね」
プイッとふくれっ面でそう呟く雅。
その頭を軽く、ポンポンと叩いてから、銀狼嵐鬼は椅子に座って茶を飲む。
「今、見ていた通りだ。今しばらくは、俺も鏡刻界と真刻界を行き来することになる。また暫くは寂しい思いをさせるかもしれないが」
目の前でお茶を飲んでいる妻・加奈子に申し訳なさそうに呟く銀狼嵐鬼だが、加奈子はううんと頭を左右に振る。
「今までと変わりませんよ。まあ、今までよりは顔を出していただけると、うれしいですけれどね」
「それは約束する。週末には帰って来る、いや、週のうち三日は日本にいるようにするから大丈夫だ」
「そうね、それじゃあ約束ということで」
今までも、こっそりと雅に内緒で会っていただけあって、このあたりのやりとりは実に自然に解決。
その様子を見て、雅も笑顔があふれていた。
〇 〇 〇 〇 〇
――乙葉宅
俺の下半身がピクリとも動かなくなってから、すでに一週間。
毎日のように新山さんがうちに来ては、診断で様子を見てくれているんだけれど、その結果は『身体的問題はなし』という結論しか出てこない。
これ以上休んでいると、そろそろ学業についても不安でたまらないのと、卒業後の推薦入学についての内申書にも影響が出そうで怖いんだが。
「う~ん。回復魔法でも駄目。どうしたらいいのか分からないよ。ねぇ乙葉くん、カナン魔導商会の魔法薬も効果ないんだよね?」
「そもそも、アカウントが凍結されているんだわ。再申請はしているから、今は審査まちっていうところなんだろうなぁ」
ベッドの上で体を起こして、腕を組んで考えている。
ちなみにトイレやシャワーその他については、念動操作という魔法で体を浮かせて対処しているから、学校に行く気になればいけないこともないんだが。
――ガチャッ
「小春ちゃん、いつもごめんなさいね」
「ああっ、お母さま、私は大丈夫です、学校からプリントも預かってきましたから」
「あらぁ~、お母さま、だって、浩介、とっととお嫁に貰っちゃいなさい」
「母さんっっっっっっっっ」
いきなり部屋に顔を出して、いや、冷たいものと絵菓子を持ってきてくれたんだから文句を言う筋合いは特にないんだけれど。いきなり新山さんをからかわないでくれよ、ほら、真っ赤な顔で思考停止しているじゃないか。
「あはは、ごめんなさいね。それで、小春ちゃんの魔法での見立てでは、どんなかんじなのかしら?」
「あ、はい、ええっと、身体的な損傷はないという結果がでてまして」
「ふぅん。それじゃあ、ちょっとこれ、読んでみてくれる?」
そう呟きつつ、母さんは髪の毛の中から一本の巻物を取り出して、新山さんに手渡した。
いや、それってどういう仕組みなの? 俺の空間収納とおなじなの?
「これはなんですか?」
「古き術師に伝わる魔術でね。私は神の加護を得ていないので使えないけれど、小春ちゃんならつかえるんじゃない? 術式名は『心霊診察』、心霊治療師っていう陰陽師の系譜に伝えられていた秘術だけれどね……」
「はい、試してみます」
新山さんがシュルルッと巻物を展開し、魔力を流し込んで詠唱を始める。
「ひふみ よいむなや こともちろらね
しきる ゆゐつわぬ そをたはめくか
うおえ にさりへて のますあせゑほれけ
とぐさのかむたから、より、いくたま、を、さずからん」
新山さんが、ゆっくりと祝詞を唱える。
ほんのりと体が輝き、そして俺をじっと見ていると。
「乙葉君の身体……下半身に魂が宿っていない……」
「え、嘘、俺の下半身、どこにいったの?」
そう呟いてから、新山さんの身体から光が消える。
そしてぐったりとベッドに上半身を預けるように倒れて来ると。そのまま静かに寝息を立てている。
「ええっと……母さん、これってどういうこと?」
「小春ちゃんが使ったのは、ひふみの祝詞といってね。まあ、詳しい話はは所るけれど、一時的にトランス状態になって、十種神宝の力を引き寄せた三体ね。うん、一気に体内に神威を作り出して疲れ切っただけだから、あとでベッドに横にしてあげる。でも、まさか浩介の魂がそういう状態とはねぇ……」
「え、ええっと……どういうこと?」
新山さんが祝詞を唱えて一時的に積力を得た、そして俺の状況を見て倒れた。
そして母さんは、今の俺の状況に心当たりがあるっていうこと?
「浩介の魂が亜神に神化したのは理解しているわよね?」
「進化でしょ? それは理解しているけれど」
「その神化に体が追い付いていなくてね。ようは、進化した魂の器として、浩介の身体がまだ完成していないこと、その結果、魂があなたの体内の魂の器の中に取り残されたままなので、いくら下半身を動かそうとしても魂が浩介の意識を伝達していないから動かないのよ。でも、肉体には神経が宿っているから、身体的には問題はないっていう結果しかでてこないっていうことね」
うん?
んんん?
「つまり?」
「時間がすべてを解決する。ということでね車いすでも作って、明日からはしっかりと登校しなさい。移動については魔法の絨毯もあるし、魔法が使えなくなったわけではないのでしょう?」
「まあ、確かに、それについては特に問題はないかなぁ」
確かにトイレその他の生理的現象はしっかりと反応しているからなぁ。
「ということで、小春ちゃんは隣の部屋に寝かせておくから。変なことしちゃだめよ?」
「しねーーーよ!!」
まったく。
息子をなんだと思っているんだ。
こう見えても健全な高校生だぞ、そんな本能の赴くままに襲う筈がないだろうか。
ちゃんと、ど、ど、同意を得てからだわ、高校を卒業してからだわ、そもそも下半身は動かないわ、いや部分的には動くけどそうじゃないわ、意識してしまうだろうが!!
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
・この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
・誤字脱字は都度修正しますので。 その他気になった部分も逐次直していきますが、ストーリー自体は変わりませんので。




