祟り目
「はじめはただ寝過ごしたのかと思ったんだ。知ってる限りそんな事してこなかったお父さんにしては珍しい事だけど、人間なんだからそんな事もあるよねってお母さんと笑っていた。それが昼を過ぎ、夕方に差し掛かった頃になっても起き上がってこなかったんだ」
流石におかしいと思い、最悪のことも想定しながら部屋に入るとツムジさんは寝息を立てていたらしい。ひとまず死んでいないと知り、ほっと胸を撫で下ろしたそうだ。
「名前を呼んで、体をゆすって起こそうとした。旦那さんの手も借りてちょっと手荒に起こそうともした。だけど、それでも起きないんだよ」
話しているうちに辿り着いた、恐らくはラタン姉によってドアが開け放たれたツムジさんの部屋。中ではヒカタさんがツムジさんの手を握りながら近くに持ってきた椅子に座っており、ラタン姉は顔を寄せてツムジさんの事を覗き込んでいた。
「脈拍問題なし、呼吸もしっかりしているのです。意識だけがない状態みたいですね」
「ラタンさん、この人を治すことはできますか?何もなかったかのように起きて、また話ができるようになりますか?」
縋り付くようにヒカタさんがラタン姉へと手を伸ばす。それは見ていてとても痛々しかった。
ラタン姉の命の灯火の魔法、あるいは解呪の法ならば治す事はできるのかもしれない。しかし、その思いに反してラタン姉は苦々しい顔をしながら横に首を振った。
「回復魔法をかけようとしているのですが何故か遮断されてツムジへと魔法のパスを繋げませんのです。これは、何者かに妨害されていますね」
どうやら魔法による効果を受けつけない状況にあるという。しかし、この様子から見るに生命活動の維持だけはできるのではないかというのがラタン姉の見解であった。
「そんな、主人が誰かに恨みを買うようなことをしたとでもいうのですか!?」
魔力の扱いが上手いラタン姉ですらその妨害を突破できない。ヒカタさんが悲痛の声を上げるようにツムジさんは商人としてやり手ではあるが、誰かに眠らされたままにするような恨みを買うようなことはしてきていないだろう。
それが意味するのはここでも僕に対しての先手を打たれた可能性が高かった。
「ここ最近で何か変わったことありませんでしたか?例えば、誰か訪れてきたりだとか」
せめて相手の情報だけでも得ようと質問を行う。だが、ナギさんは首を横に振った。
「商売やっている都合上、人はひっきりなしにやってくるからね。特別気になるような相手がいたわけでもなかったはず」
「イレーナ家からの接触とかも、ありませんでしたか」
すでに巻き込んでしまっている。イレーナ家から接触があった事をナギさんに伝えると、彼女は首を傾げた。
「うちは確かにイレーナ家の元使用人の家系ではあるけど、今本家との繋がりはないにも関わらず狙われる程なの?流石におかしいよ」
「覚えている限りでは最近どころかずっとないはずだわ、力になれなくてごめんなさいね」
イレーナ家の使いとして来てもいない、と。なかなか尻尾を見せてくれない相手にもどかしさを覚える。
「キルヴィ、ここに来たかだけに囚われては駄目ですよ。ツムジがどこか出歩いていた、とかはありますですか?」
ラタン姉が目線をツムジさんに落としたまま、質問を重ねる。
「主人が?そういえば、3日前の夕方に少し出かけてくるといってふらっと出た事はありましたが……それでもすぐ手ぶらで行って帰って来ましたし、その日はなんともなかったですよ」
3日前は僕達も会っている。昼頃に別れるまでは確かになんともなさそうであった。となると、ツムジさんは僕達が屋敷に帰ったと見計らった後の夕方に、家族には内緒で誰かと会っていた?何故、なんのために?
「ツムジ、あなたはいったいボク達に何を隠しているのですか?」
ラタン姉曰く、ツムジさんは間違いなく隠し事をしている。しかしそれがわかったところでそれを明かす術は僕の手元にはなかった。
できることもなく、更にこれ以上関わるともっと巻き込みかねないと感じ、僕達はツムジさんの家を後にする事にした。
「キルヴィ、手伝える事はないけど情報を渡さないようにしたいからってお父さんをこんな風にするような連中になんか負けないで」
「ごめんなさい、巻き込んで」
「いーや、謝らないで。もしこれがキルヴィの所為だって言うんなら謝られたとしても多分許せないから」
謝罪拒絶の言葉とは裏腹に、ナギさんは僕を優しく抱きしめる。
「寧ろこんな風になるような事を、お父さんが私達にも隠し事をしている事に腹が立っているかなー私は」
僕の為を思ってであろう、おどけてみせた彼女の強さに、僕はただただ頭が下がるのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
運がいいとか悪いとか、普段はそんな事を考えずに生きているがそんな僕でも今日は厄日であると間違いなく言えるだろう。いったい今日だけで何度打ちのめされなければならないのだろうか。
「キルヴィ。キルヴィ!今辛いのはわかりますが、生存者の気配はありませんか?」
ラタン姉の言葉に気をしっかり持たねばと意識をMAPへと向け直す。今僕達がいるのはスズちゃんやクロムの生まれ育った村である。
ただし、明らかな破壊痕とMAPにおいて生物の気配が一切ないという状況である事を除けば。聞かれていた事に首を振ると、彼女は肩を落とした。
「最後に訪れたのはいつでしたかね……まさかここが冬越えに失敗しているとは」
ラタン姉の言葉に最後に来た日を思い返す。確かウルとの戦いの時には行っていないので冬のはじまりが最後だろうか?家に残っていた遺体の一部と破壊痕とを見るに、人為的なものではなくオーガベアの様な魔物の集団による襲撃にも思われた。
「この辺りではあまり出没しない筈なんですがね。森産のがはぐれたにしても、距離がありますし」
近くにそれらしい反応はない。とっくにどっかへ移動してしまった後なのだろう。
「これ、スズちゃんやクロムにどう説明したものかな」
ひとまず見つかった遺体のパーツを一箇所へと集めてから火葬し、天を仰ぐ。当初の目的であった義理の両親のお墓は無事であった為、ラタン姉と話し合ってお参りだけは済ませ、ラタン姉から今日だけで色々あったから早く休もうという提案もあり帰路へと着いたのであった。




