仕事始め
ヨッカさん達の到着をハウスの前で待つ。表に置いてあった馬車にチェルノさんは一瞬驚いたようであったが、今後グリムとして活用したいことを告げるとやれることが増えそうだと喜んでみせた。
「おや、これはお揃いのようで」
やってきたラドンさんが対面一言そう告げる。そしてこちらに寄ってくると周りに聞こえないように小声で「少し困った方がいる」と伝えてきた。どういう事かと聞き返そうとしたが、その理由はズイッと男が近づいてきた事ですぐにわかった。
「おお、やっぱりあの時ソヨカゼ商会としてきた子じゃないか。なぁ、あの移動する力を使ってくれれば俺達が帰るのなんて一瞬で終わるんじゃないのか?」
……なるほど。その情報を持っているということはグリムの為の食糧集めの時にはまだ村にいたのか。
確かにこれは困った客である。この男の言っていることは間違っているわけではない。僕が動けばこの仕事、3組あろうと半日も経たずに終わる事だろう。でも、それでは僕だけで解決することになりグリムとして、組織としての仕事の意味をなさなくなる。今ここでその要望に応えてしまえば、今後の客層がそれを求めてくるのは明白であった。
現状、客の中で縮地による移動を知っているのはこの男だけのようで、他が騒いでないのは幸いであった。もしくは、帰れるのであればどっちでもいいのだろう。
「その要望には先程も答えましたが今後の事やリーダーへの負担だけが嵩むのでお断りさせていただいております」
ずっとその調子だったのだろう、眉をハの字にしたヨッカさんが対応に周りその男を宥めるが、煙たそうに手で追い払う仕草をしてみせる。
「うるせえなぁ、あんたじゃ話にならねえからそこのリーダーさんに直接話しているんだろ?」
「では代表としても回答しますが、お断りさせていただいてます。そこのヨッカの判断は間違いではなくグリムとしての総意と捉えていただければと」
「なんだって?こっちは金を払う客だ、やりゃあできる力を持ってるのに随分とケチ臭いんだなこのグリムってのは」
話のわからない相手に対しヨッカさんにずっと矢面に立たせるのは酷だろうと間に割り込むと目の前の男の反応が遂に敵対に変わった。
「そこまでにしていただこうか。価格も一般的な護衛に比べ破格、移動とて通常よりも早くすむ見込みであるのにグリム側がそこまで下げられる謂れはないだろう」
横柄な態度を見兼ねたラドンさんが男を咎める。実力や安全性を保証し、仕事をまわした駐在側としても見ていて良い気分ではないのだろう。
だが男はなおもゴネた。できたばかりという知名度のなさに漬け込もうと、このままなら評判を下げるぞと脅しをかけてきたのだ。そう言われては外部のラドンさんとしては平和的な解決をしようとしても打つ手がなくなってしまう。
「……貴方の気持ちはよくわかりました。でしたらグリムの代表として貴方に提示できる選択肢は2つ。顧客となることを辞められるか、特急料金として追加で銀貨40枚支払われるかです」
こうなっては僕の中で目の前の男は既に客ではなく、敵だ。通常料金、通常旅程で行くという選択肢はメンバーを守る為にもこの段階で潰させてもらう。目が離れた後に難癖をつけられたら困るのだ。
「銀貨40枚!?こっちで稼いだ分のほぼ全額じゃないか、いくらなんでもそりゃふっかけすぎだろ!」
「果たしてそうでしょうか?この力は知る限りでは他に類を見ない移動方法。それならば独占技術として、価格設定を僕がしてもなんらおかしくないでしょう?」
金額が跳ね上がり驚いたところに畳み掛ける。やり方が定まっていない事を通常料金でやろうとするから割に合わないだけなのだ。それならば強気の値段設定をしておいた方が後にも事例として残せる。
「くっ、銀貨10枚!」
「いや、値引交渉できるとか思わないでください。既にこちらとしては譲歩案としてこの条件を出したのですから」
それならばと価格の競りをしようとしてきたが現時点で旨味もなく応じる気はないので一蹴する。
その後もゴネようとしていたが結局、この男にはお引き取りいただくことになった。「評判下げてやるからな!」と帰り際悪態と共に唾を吐き捨てられたが、ラタン姉のおかげかそれは僕へとかかる直前に燃え落ちる。それを見て悔しかったのか、舌打ちをしドアを乱暴に開けて今度こそ男は立ち去った。
「さて、仕事の話に戻りましょうか。ヨッカさんここまでお疲れ様、引き継ぐよ」
ラタン姉に目で促し、ヨッカさんを休ませる為に奥へと連れて行ってもらう。元々問題になっていたのはさっきの男だけであったので、その後は特に揉めることもなく話は進み、半刻後には3組とも街から出発することができた。
メンバーをハウスの玄関口から見送った後、ラドンさんとチェルノさんの視線がこっちに向いていることに気がつき「あの、何か?」と目線を2人へと移す。
「いや、先の態度が組織の長として堂に入っていましたなと。出会った頃は小さかったあの英雄殿が……」
「決断からの機転、お見事でした。流石私達の代表のキルヴィさんだ」
感慨深いといった様子で呟いたラドンさんへ、チェルノさんが大業に頷いてみせる。
「いや、課題は山積みだよ。今回みたいに足元を見られてしまうのであればさっさと実績を積み重ねて舐められないようにしないとね」
何はともあれ、グリムとしての活動は今日ここから始まったのであった。




