似た者○○
家族の時間を散々と堪能し塔を降りると、下ではクロムが見習い組を連れて出迎えをしてくれた。いつ降りるともしれない僕達になんという心持ちなのかと驚いていると、「そんなには待っていないので」と先読みされた。朝起きてからここまで来るのに、一つ一つに解説を加えながら仕事を教えているらしい。
「いいかい、君達は仲間でここは競争する場ではない。誰が早いとか、丁寧だとか。そうやって相手の良いところを見つけて自分の事を顧みるのは良いけれどそれを理由に他者を蹴落とそうとしたり、軽んじるのはしてはダメだからね」
「はい、クロムさん!」
「あぁそれから。見習いとはいえ今日からキルヴィ様の使用人になった事に違いはないのだから、キルヴィ様達には様付けをする事」
えっ、いや別にそこは良いんだけど。前も子供組に言ったが様付けで呼ばれると壁を感じるからあまり乗り気ではないと伝えると、クロムとそれからスズちゃんからも睨まれる。
「この子達がいつでも誰でも使い分けれるなら問題にはしてません。主人を軽んじたと見做される行動をして、それを主人が咎めないのであれば。主従共に世間から白い目で見られ誰も幸せにならない結果になりますよ」
少し目を吊り上げたスズちゃんにそう説明されては、そういうものなのかと無理矢理納得するしかない。緊張感が見習いに走る中、クロムがふぅと肩の力を抜いてみせる。
「まぁ、今は練習期間だ。主人とはいえキルヴィ様もこんな感じだし屋敷にいる人達は理解がある。ここでは表立って責め立てる事はしないからおいおい慣れていこうか」
ただし屋敷から一歩でも出たら無理にでも切り替えろ、とクロムは付け加える。クロムは昔からその身内と外との切替が得意だった。
指導しながら食卓まで案内を始めたクロムだったが、ふと何かを思い出したかのように立ち止まり振り返る。あ、すぐ後ろをついていたハドソン君がぶつかってしまって顔を青くしてる。
「ああ、すまないハドソン。今のは私が悪いからそう心配した顔をするな……その、ラタン姉さんやスズをどう呼んだものかと思ってな」
あー。これまで使用人が他にいない状態だったから気にもしていなかったが、言われてみれば確かに悩む案件だ。ラタン姉に関していえばラタン様で問題ないだろうが、スズちゃんを様で呼ぶのにはクロムが抵抗ある感じだろうか。かといって、クロム以外の他の使用人に呼び捨てさせたくもない。
クロムとそれ以外とで呼び方を分けて考えれば良い話ではあるのだが、もっと良い案がないかという感じだ。足を止めて悩み始めたところで当のスズちゃんが少しもじっとしてみせた。どうしたの、と耳を寄せてみる。
「あ、あのねキルヴィ様。私、キルヴィ様の苗字いただきたいなーってちょっぴり思っちゃった、だけです」
もじもじと、何故か凄く照れ臭そうにしながらそういうスズちゃん。その仕草が愛おしくて、今すぐにでも手を引いてまた塔に戻って閉じ籠ってしまいたい気持ちを必死に抑えつつ、考える。
この世界、苗字を持っている人間は限られており、大抵の場合はかつて偉業を成したもの、有力だったものに付けられた苗字を引き継いだ子孫が名乗っている。
今僕には生まれのアースクワルドと母さんから継いだイレーナ、両方の姓を持っていることになる。……苗字を名乗っていたという事はアチラも元は名家の出なのか?という今更な疑問が浮かんだが、どうせ今となっては過去の事。縁は切れているのだと考えを振り払う。
「僕の苗字を欲しいだなんて、なんだか嬉しいな。因みにどっちが良いの?」
「あっ、そっか。キルヴィ様は二つ持ってましたね。うーん、どうしましょうか……」
ちらり、と僕と揃ってラタン姉の方を見やるスズちゃん。「そこで私に振るのですか」とラタン姉は眉尻を下げた。
「だって私だけの問題じゃないですし。私が片方を名乗れば、区別の為にラタン姉はもう片方で呼ばれるかもなんですよ?」
確かにスズちゃんが苗字を名乗るとなれば、呼んで区別をしたい人からすればラタン姉も苗字で呼ぶべきだろうと考えるかもしれない。特にラタン姉にとってはイレーナの名前は思い入れの強い物だろうからその確認をスズちゃんはしたかったのだ。
「どっちを名乗ってもキルヴィの妻である事は変わりないのですから、スズが好きな方で良いのですよ」
「うーん。スズ・イレーナかスズ・アースクワルドか……ラタン・イレーナかラタン・アースクワルドか」
ラタン姉は譲ったようであったが、迷っているのだろう、彼女は深く考え始めてしまった。しきりに名前を組み合わせて呟いている。それを少し呆れた様子で眺めていたクロムが「決められないなら後にしよう」と言葉をかけると、今度は「クロム・イレーナかクロム・アースクワルドか」と悩み出した。
「こらこら、私が嫁いだわけではないんだから。全く、考え事をしだしたらこうなるの、誰に似たんだか」
「え、母さんはそんな事なかったしクロムにそんな癖あったっけ?」
そう尋ねると、クロムはラタン姉と目を合わせ2人して大きくため息をついてみせ、諦めたような顔になったかと思うとそれ以上は何も語らなかった。
「決めました、キルヴィ様!じゃあえっと、イレーナを名乗らせて貰ってもよろしいですか?」
何か気まずい空気をものともせず、スズちゃんが手を合わせて尋ねてくる。拒む理由もないので頷き返すと、彼女は顔を綻ばせながら自身に新たに加わった名前を口の中で転がせるのであった。




