閑話:ハドソンの呟き
「ふぅ……何だか今日は朝からいろんなことがありすぎて疲れたなぁ」
こっちにいた人達との顔合わせと俺達に向けて行われた歓迎会も終わり、クロムさんから今日はもう休んでいいと言われ、少しだけ硬いが、それでも上質と言える自分に割り当てられた部屋のベットへと腰掛け、誰にいうでもない独り言を呟く。今日だけで一体どれだけ驚いたことだろうか。
朝は何が起きてるかわからないうちに反抗的だったメンバーから縄で縛られていて、俺は自分の無力さを呪った。冬を乗り越えれただけでも自分だけではできなかっただろうに、その上金貨をくれると言ってくれていた恩あるキルヴィさんへと楯突こうだなんて何という恩知らずな連中なのだろうか。
そんな事を考えていたら戸をノックされる。返事を返すと聞こえてきたのは自分より一つ下の、見習い仲間のインベルの声。拒む理由もないので開けると、彼女は枕を抱えながら入ってきた。そしてポスンと俺のベットに横たわる。スカートの身でありながらパタパタと足をさせるんじゃない、はしたない。
「インベル……ここは僕の部屋であり、君の部屋はあっちだよ?」
そう言うとむすくれた顔をこちらに見せてから彼女が身を起こして座る。
「知ってるわよそれくらい。……ハド、ごめん。ちょっと一緒に居させて?」
「……まぁ、構わないが」
歳が近いこともありお互いよく知っている仲。向こうがあだ名で呼んできたので俺も外行きの態度をやめ、彼女の隣に腰掛けて素で話し合う事にした。
「キルヴィさんはもっと素の俺達と打ち解けたいって考えているみたいだけれど、雇い主だ。クロムさんみたいに長年仕えているならいざ知らず、流石に今の俺達がなあなあでは示しがつかないだろう」、というのはここに来る前にチェルノさんが教えてくれた事だ。そのクロムさんですら、外ではしっかりと主人を立てるように動いているのだ。俺達が緊張しない訳がなかった。
「ベルも今日は災難だったな。連れ出されていったからよくわからなかったが、アイツらに殺されかけたんだろう?」
そう尋ねると彼女はその時のことを思い出したのか心底腹が立っている様子になった。
「ハド、聞いてよ!アイツらったら酷いのよ!体臭は凄いわ私の髪を物のように引っ張るわ体臭は凄いわ変なところは触ってくるわ体臭はあり得ない臭さだわで……とんだ人でなし集団だったの!」
「お、おう。臭かったんだな」
「そう!もうヤバい匂いなの!野犬だってあんな匂いしないわ、あれだけで人が殺せちゃうわよ!」
他の事が霞むほどに臭かったようである。彼らとて覚えている限りでは湯で湿らせたタオルで身体を拭いたりはしていた筈なので、そういう体質だったのかもしれないが。
「でもねハド、それよりも許せないのがガト様を殺そうとした事よ!」
「あっバカ、声が大きいぞ!クロムさん達に怒られたらどうする!」
感情が昂っているのはわかるが今は夜。こっちは使用人の為の建物だとは言っていたのでキルヴィさん達に聞こえはしないだろうが、クロムさんやモーリーさんはこっちに居る筈だ。初日から怒られるなんてたまった物ではない。
「ご、ごめんなさい……でもガト様をあんなに傷つけて、到底許せないわよあんな事!」
注意をしてシュンとなったものの、すぐに声量が戻ってくる。やれやれ、彼女にとっては自分の命よりもガトさんの命が脅かされた事の方がよほど頭にきたらしい。
「ガト様、ねぇ」
正直、俺からしたらガトさんはまだ疑わしいと思っている。あんだけ因縁つけてキルヴィさん達へ突っかかっていた男だ、何を企んでいてもおかしくないだろう。命懸けでインベルの命を助けたという、それすらも芝居の一環かもしれない。
インベルがそれで懐いてしまうのは仕方がないのかもしれないが、キルヴィさん達まですっかりとガトさんの事を信用してしまっていて、側から見て危ういように感じてしまうのだ。
「何よハド、ガト様の事をまだ疑っているというの?貴方だったら死ぬかもしれないリスクがあるのに今の安全な立場を捨ててでも身を張って守ってくれる気概はあって?」
インベルは俺があまりガトさんの事をよく思ってないと知り、ジトっとした目で睨みつけてくる。
「うーん、その人との仲によるかな。あっ、ベルなら助けるよ多分」
「……はぁ、これだからハドは。あんなにとっさの出来事、ガト様は多分打算なんてなしに動いてくれたのよ?」
まるでダメねとインベルは大きく溜息を吐く。やれやれ、これは恐らく俺が……いや仮にキルヴィさん達が何を言っても、彼女はガトさんの肩を持つ事だろう。
「そんなに惚れちゃったの、あの、ガトさんに?」
「惚れっ……!?な、ななな何を言うのハド!ハド!!黙りなさいハド!!!」
「いやうるさいのベルだから。声量抑えて抑えて」
怒りとは別の意味で顔を真っ赤にさせておいて、それでバレていないとでも思ったのだろうか?ともかく照れ隠しのつもりなのか先程よりも大きい声で騒ぎ出したので手で口を押さえる。
「んー!んー!!」
「あんだけベッタリとしてりゃ俺でなくたってわかるって。無自覚だったかは知らないけどこっちに来てからもそんな調子だったから、多分知らないのは下の子達だけで、グミさん達にも気づかれてるぞ?」
「むー!?」
秘めてるつもりの自分の心が周りにバレてると知り、暴れていたのが一転、途端にしおらしくなったのでもういいかと手を離してやる。
「あー、まぁ何だ。多分本人は子供に懐かれたとしか思ってないんじゃない?」
「女として見られてないって事!?それはそれで悲しいわよ!」
フォローしたつもりだったが嫌だと叫ばれる。うん、ちっとも静かになってない。この話はめんどくさいな、変えてしまおう。
「まぁともかくベルもガトさんも生きていたんだ、アイツらもキルヴィさんが懲らしめたんだしそれで良かったじゃないか」
「何よ、もう……ねぇハド。アイツら、先に旅立ったって話だったけどさ。あんなに怒っていたキルヴィさんが許したと思う?」
あんなにと言われてもインベルと違ってチラリとしか見てなかったのでなんとも言えないが。
「旅立ったなんて、下の子達の為に言葉を濁しただけだってのは君にもわかってるだろ?」
言葉の間違いではない。たしかに旅立ったのだ、彼らはこの世から。それを改めて理解して、彼女は項垂れる。他でもないそいつらに散々な目に遭わされた本人なのに、死を悼むとは。
「ベルは優しいな」
「だって、それでも共に暮らした人達だもの。ハドは何も思わないの?」
「強いて言うならば馬鹿だなとしか思ってないね。この期に及んで何かしようものならキルヴィさんがどうするかなんて、わかりきってただろうに」
俺の言葉にインベルは信じられない、と言った顔を見せる。間違ったことは言っていないつもりだ。
「貴方には情というものがないの!?」
「あるさ、あるに決まってるだろ。でも大切な仲間を、家族を傷つけるような奴の死を悼むなんて俺にはできないね」
「……どうやら平行線になりそうね。もうやめましょうか、この話は。もっと明るい話にしましょう、そうね、さっきの歓迎会は凄かったわよね!」
無駄だと判断したのか、彼女は話を変えてくる。俺としても引っ張る気はないのでそれに乗る。
「ああ、凄かった。あんなに肉がいっぱいな豪勢な食事、生まれてはじめてだったよ」
「そうよね!私ランスボアの肉なんて初めて食べたけど、あんなに美味しい物だなんて知らなかったわ」
「この森によくいるらしいし、クロムさんが狩りの仕方も教えてくれるって言ってたからいくらでも食べれるさ」
今日出された肉はキルヴィさんが狩ってきたらしいが、この森にいる魔物は屋敷にいる人にとっては狩るのなんてなんて事のない獲物だそうだ。今まで聞いた事ない魔物だったがキルヴィさん曰く子供でも倒せるとの事なので弱い魔物なんだろう。
「ハド、私達上手くやっていけるかしら?」
「駄目でもやっていくんだよ。ああして主人自ら生きる道を示してくれてるんだから」
不安げな顔をしたインベルを励ましつつ、自分にも言い聞かせる。最後の身寄りであった兄貴が死んだ時にはもうこの世の終わりかと思ったが、キルヴィさんに助けられたのだ。是非とも報いねばならない。
「……ところでまた話は変わるんだけど、貴方ヨッカさんの事どう思ってるの?」
「うん?どうって?」
「なんでもないわ、忘れて?邪魔したわね、そろそろ戻るわ……人のはわかるくせに、ハドったら自分に向けられてるのはわからないなんてヨッカさんも苦労しそうね」
なんでもないといいつつ去り際に聞こえないくらいの小声で何かを言っていたが、ヨッカさんはヨッカさんだろう?……ああいけない、そんな事よりも明日からは早いのだ。そろそろ寝なければ。
そのまま横たわると、少しだけ甘い匂いがした、気がしたのであった。




