準備と訪問と
自分達の採寸が済み、どういった生地がよいかを見繕った後に可能な限り布や仕事道具などの荷物を持って屋敷へと縮地で移動する。転移はまだこの後使用する予定があるのだ。
「そ、そんな急ピッチで人数分服を繕えるものなのですか?」
ラタン姉が心配するのも無理はないだろう。服を繕うのは、体型に合わせる必要があるから簡単にはいかないのだ。簡易着なら良いが今回はやや格式張ったようなもの。それも大人数となるととにかく時間がかかる。
「スズちゃんと貴方達2人の分は、うちの針子達に任せる形になるわね。キルヴィ君以外の男性陣なら服装は少しの手直しで済むだろうから、実質私達が仕上げるのはモーリーちゃん、グミさん、カシスさんの3人分。親子2人本職の誇りにかけて、間に合わせるわ」
ヒカタさんが指を折りながらそうやって答えてくれた。
「僕以外ならどうして少しの手直しでいいのですか?」
「それは貴方がまだまだ成長期だからというのと、今回の主役になるからよ」
主役……今主役って言われた?えっ、何それ聞いてない!そんな空気を読んでかナギさんがわかってないなと溜息を吐いた。
「あのさキルヴィ、自分がスフェンにとって英雄だって事ちょくちょく忘れてなーい?お父さんが貴方達の結婚式もしたいって組合に持ちかけたら、結構な人数が賛同してくれたんだよ?それじゃ豪勢にしようかって」
だからお父さん家にいなかったでしょ?と言われる。どうやらツムジさんも式の準備に追われているらしい。肯定してくれる人が多い事をこそばゆく感じる。
「ボ、ボクとしてはいつもと式をする季節も違いますし、そんな大体的なものではなくもっとこじんまりとした身内だけのものを想像してたのです」
「ラタンさん、それ無理。それこそ今回賛同示した人達にどうして黙っていたのかって責め立てられるよ?」
「あ、あうあう……」
どうやら僕達の式が大事になるのは確定事項らしい。浮かれていたが腹を括る必要がありそうだった。
屋敷に到着するやいなや、皆を集めて説明をする。案の定スズちゃん、クロムとモーリーさんは泡食った顔になり、グミさんとセラーノさんは「あ、やっぱり」みたいな感じに頷いていた。カシスさんだけはなんのことかまだよくわかっていなさそうであったが。
「はいはい、混乱する気持ちはわかるけど一刻を争うんだからテキパキ採寸させてー!」
ナギさんからの号令。手早く済ませたい為クロムとセラーノさんから服作りが始まった。我に帰ったモーリーさんが服飾なら自分も少し心得があると手伝いを買ってでて、屋敷の中はあっという間に戦場と化した。
「朝出る時にまさかとは思ったが、本当になんの準備もしとらんかったとは……あぁ御婦人、アレにはこの生地で作ってやってもらえるか?」
言うなオスロ。いや、逆にわかってたなら先に言って欲しかった。ヒカタさんに金貨を払いながらカシスさんの服の注文をつけている場合じゃない。
「難儀なものだぞ、こういうのは。適当に済ませればいいやってなったが最後、ずっとずっとずぅぅっと責められるからな?」
……あの、オスロさん?遠い目をしてらっしゃいますがいったいなにがあったんです?視界の端でトトさんも頷いているし。
「……ああ!パパはな?ママとの結婚の時に儀礼用ではなく普段使いの傷だらけの鎧で出席したらしく、事あるごとにそれを持ち出されてむぐぐぐぅっ!」
カシスさんが口を割り、暴露の途中で真顔のオスロにその口を塞がれる。
危なかった、さっきナギさんが普段通りの服で出るなと言っていた意味がようやくわかった。あの2人に限ってならずっと根に持つことなんてないだろうけれど、こんな風に娘にまで語り継がれるとは、一生弄られる所であった。
「地図士、経験者として忠告しておくぞ。誰かに限って、なんてのは特別な状況下では何の意味も持たんって事を」
いやそんな真顔で言われても……あ、後ろで同意していたトトさんが目の笑っていないニニさんに連れて行かれた。うん、よく肝に銘じておこう。
「キルヴィ、ボク達はボク達でやらないといけない事があるのです。ここは任せて行きましょう」
ラタン姉に袖を引かれながら言われる。そうだった、一先ず為すべき事を済まさねば。そう思い転移しようとした所でスズちゃんにもう片方の腕を掴まれる。うん、わかった。せっかくだし一緒に行こうか。
◇グリア公国 竜の渓谷◆
ここに来るのも、もう3年ぶりか。そう思いながら目の前にあるダンジョンへと足を運ぶ。勿論、普通の入口ではなく最後の間に直通の入口の方だ。
僕達はグラウンさんの元へとやってきていた。結婚をする、という報告の為ではなくもっと現実的な話の為だ。
彼はカチャカチャと小型ゴーレム達に何かをしていたようだったが、僕達に気がついて顔を上げる。
(おお、よく来た我らが末裔キルヴィよ。うむうむ背が大分伸びたのう。そしてその目よ、ちゃんと開花したのだな)
「お久しぶりですグラウンさん」
(少女達も息災であって何よりだ。して、今日はどうして此処に来たのかね?)
顔を見せに来てくれただけでも嬉しいぞ、とグラウンさんは小刻みに体を震わせながら言う。おそらく笑っているつもり、なのだろう。
「その、お恥ずかしながら、金品を頂きに来た次第でして」
(うん?なんだそんな事か。なーにを畏まっておるのやら。以前も言ったように此処の宝は全て、キルヴィ達のものであるのに)
頭を下げながらお願いをすると、一笑の元にそう返される。
(ああしかし……何に使うかだけは聞いておかぬとな?末裔が間違った道に進もうとしておるのであれば、止めねばならぬし)
「実は私達結婚するのです、グラウンさん」
(なんと!!)
スズちゃんからの報告に、グラウンさんは手元のゴーレムを放り投げ、ガタリと身を乗り出してきた。投げられたゴーレムを助けようと周りのゴーレムが慌てていて、少し申し訳なく思う。
「結婚もそうなのですが、人を多く抱えたりとちょっと入り用が続きまして」
(そんな理由はもういい、結婚するのだな!?いや、実にめでたき事だ!!)
スズちゃんの言葉を引き継いで理由を説明しようとすると、興奮した様子のグラウンさんに肩を掴まれ遮られた。解せぬ。
(どちらとだ?もう子は成したのか?ああもう宝は?此処にあるだけで足りるのか?)
ガタガタと体を揺らされながらそう矢継ぎ早に尋ねられるが、そのせいで僕はとても答えられる状況じゃない。
僕の困った顔に気がついた2人が慌てた様子でグラウンさんを抑えてくれた事で、ようやく少し冷静さを取り戻したようであった。
(す、すまぬ)
「ああいえ、お気になさらず……今日此処に連れてきた2人と結婚します。子供も、居ることになるのかな?」
(なんと!!!)
質問に答えると再びグラウンさんは興奮したようで、2人に抑えられながらも大きく身悶え始めた。結構危ない人だな、この祖先。
(そういうことならば遠慮なく持っていきなさい、いや持っていくべきだ!ああ、この身が自由であるならば必ず見に行くというのに!)
そう言いながら雑多になっている宝物をゴーレム達に品目ごとに分けさせてくれた。今回必要な物は主に現金の為、即金性のある金貨や装飾品を中心に頂くことにする。
ヒカタさん達は気にしなくていいと言ってくれていたが、遠征などもあったのだからどう考えたってお金を使いすぎだ。対価はしっかりと受け取ってもらわなければ。
(そんなので足りるのか?持てるだけ持っていけばよいのだぞ?なんならゴーレムに持たせようか?)
「必要な時に適量でいいんですよグラウンさん。有り余る財は碌なことに繋がりませんから」
(そうか、そうだな。すまぬ、浮かれておった)
「まあまあ、気にしないで下さいなのですグラウンさん。あ、そうそうこれがボク達の愛の結晶のトワちゃんなのです」
ラタン姉がとりなしつつトワちゃんを取り出した時であった。
(精霊石!?)
グラウンさんが確認したと同時に素早く身を翻し、ラタン姉から距離を取る。突然の反応に僕達が呆然としてしまうと彼はハッとした様子になり慌てた様子で取り繕い始める。
(い、いや重ねてすまぬ。そうか、少女は精霊であったものな。子が精霊石であってもおかしくはない)
「ど、どうしたのですグラウンさん?大丈夫なのですか?」
彼は少し悩むそぶりの後に溜息を吐き降参だとでもいうように両手を上げる仕草をしてみせた。
(気にしなくても、と今更言った所で逆に気になるだろうしな。その子が悪い訳でないのは理解しているのだが私にとって精霊石はあまり良い思い出がないのだ)
そう言うとポツリポツリと語り始めた。
(忘れもしない500年前。私の住んでいた隠れ里は精霊石を持った種族も様々な男達によって壊滅させられたのだ。逃げ延びた先で出会った同族によると、各地で同様のことが起こっていると言っていた。その男達が同一人物かもと考えたが、男達は最後、石と共に燃え尽きたのを見た者がいてな……)
精霊石にはアードナーを容易く葬れる力を持つらしい。思わずゾッとしてトワとそれを持つラタン姉を見てしまう。そんな事は知らなかったようで、青褪めた顔のラタン姉はトワを抱きかかえたままペタンと座り込んでしまった。
そんなことを考えた誰かは多くの命を犠牲にし、そうまでしてでもアードナーを滅ぼしたかったというのか。
(すまない、折角のめでたい気持ちに水をさしてしまったな)
「こちらこそごめんなさい、そんな辛いことを思い出させてしまいました……」
2人して謝る。この場にあった浮かれた気分はなくなり、すっかりはしゃぐ気持ちは息を潜めてしまった。
「あーもう、皆して暗くなってどうするんですか!過去にそんなことがあったとしても、ちゃんとキルヴィ様のように生き残りだっていたんですし、トワちゃんをそんなことに使わせたりなんかスズが絶対にさせませんから!」
そんな重くなった空気を打ち壊してくれたのはスズちゃんであった。
(お、おお!そうだな)
「ボクだってさせませんのです!」
その言葉にすぐに立ち直って見せる2人。
僕は良い彼女を持ったものだ、とスズちゃんを抱き寄せて頭を撫でたのであった。




