むくれ顔のラタン姉
「あれ?でも最後にウルを閉じ込めたのは何だったの?あれはただの結界には思えなかったけど」
頭を撫でるのを継続しながらふと感じた疑問を尋ねてみると、スズちゃんはうーんと唸った。
「あれは展開してあった場を応用して範囲を狭めて作った結界だったんですけど、範囲を変更するだけでガッツリ魔力持ってかれる感じでした。支配権も奪い返されちゃいましたし、やるなら改良が必要ですね」
やる気にあふれているスズちゃんであった。
「まぁでも無事、戻って来れて良かったのです」
そう言いながらも、僕とスズちゃんの事を見ながらやや不満げなラタン姉にどうしたのかと尋ねると彼女はややむくれた様子になった。
「だって、キルヴィもスズもボクの知らないうちに一つ歳を重ねてしまっているんですもの。成長しているのはわかりますが、ボクとしては複雑なのです」
「ええ?どうしてさ」
「私はわかりましたよキルヴィ様。ラタン姉、そんなに心配しなくても、スズもキルヴィ様もすぐに死んだりしませんよ」
スズちゃんの言葉にラタン姉は「でも」を繰り返す。どうやらスズちゃんの推理は当たっているらしい。
僕とスズちゃんが死ぬ?何のことを言っているのかわからないので情報を整理してみる。知らない内に一つ歳を重ねた事にラタン姉は複雑と言い、スズちゃんはすぐに死んだりはしないから大丈夫だと返した。自分の見えないところで勝手に歳をとったのが不服だと言った感じなのだろう。となるとーー
「もしかして、寿命の話?」
「う……そうです!ボクの知らないところで、ボクと共に2人が居られる時間が勝手に消費されたことが悲しく思ってしまうんですよ!しょうがない事だったってわかっていても、悲しさが湧いてくるのです」
そう涙まじりに言われ、僕はスズちゃんと顔を見合わす。コクリと頷いたので、気持ちは同じなのだろう。席を立ち、僕達はラタン姉を挟み込むように抱きついた。
「大丈夫だよラタン姉、むしろこう思ってよ。僕達はラタン姉に一つ追いつこうとしただけなんだって」
「私達は待たせてしまっている側なので、少しでも早く大人になりたいんです。私達が大人になったら、ようやくこの関係性も一つ先に進めれるんですから」
「……待たせる?この関係性の一つ先?」
今度はラタン姉がわからないと言った顔でこちらを見てくる。スズちゃんを見ると、この先はあなたに続きを言ってほしいといった様子だった。言葉にしようとするとなかなか恥ずかしいな。
「大人になったら……僕が成人したら、その時は結婚してほしいんだラタンさん」
その言葉にラタン姉は目を見開き、涙で溢れていた目をさらに湿らせる。その隣にある、続きはまだかと言った顔の彼女にも告げなくては。
「もちろん、スズちゃんにも僕と結婚してほしい」
「私はよろこんでお受けいたします、キルヴィ様。ほらラタン姉、キルヴィ様が返事を待っているよ?」
ラタン姉は口をパクパクさせながら僕を見て、スズちゃんを見て、また僕の方を見る。勢いに任せて言ってしまったけれど、よく考えたら皆が見ている前でやる必要はなかった。途端に恥ずかしさが倍増してくる。そして、返事が返って来ない事に不安がどんどん募る。
「ラタン姉ラタン姉、キルヴィ様が死にそうな顔で不安がってますよ」
痺れを切らしたのか、スズちゃんがラタン姉の肩を揺さぶる。既に恋人ではある為すっかり失念していたが、振られる可能性もあるのかこれ。大丈夫だと思うものの怖くなってきたところでようやくラタン姉が我に返ったようだ。
「ひゃい!?え、え、え!?結婚、何で急にそんな話なのです!?」
僕からの突然のプロポーズに、助けを求めるかのように他の面々を見渡すラタン姉であったがーー
「結婚かぁ……モーリーさん、今暫く待ってほしい」
「私はいつまでも待ちますよ」
「結婚……そうだ、帰ったら2人とその話もしないといけないのか」
「はー、独り身には辛い空間ですねー!グリムメンバーにいい人いないですかねー!」
「駄目だ皆各自の世界に入ってしまってるのです!?」
「だめ、かな?」
「ぐっ、トドメとばかりにそんな質問しないでほしいのです……あーもう、ボクには貴方しか考えられないのですから、話の流れを恋愛に流すんじゃありません!」
耳まで真っ赤にしながらラタン姉はそう答え、僕はつい嬉しくなり力強く抱きしめてしまう。周りからはやや呆れも混じったような、でも微笑ましいと言った視線が飛んできていた。
「うう、ほら!はーなーすーのーでーすー!」
羞恥のが優っているのか、いつもだったら逆に仕掛けてくるラタン姉はそう促してくる。名残惜しいもののしつこいのはいけないとやめた時であった。
ラタン姉の足元へと、腰のランタンからカツンと音を立てて何かが転がった。ガラス玉のようにも見えるが、これは、魔結晶?
僕の方へと転がってきたので拾おうとすると、何故か慌てながら自分で拾い上げ、少し紅潮した顔で僕の方へと「だ、だだだ大丈夫なのです」と声を発した。
「ランタンが壊れた?いや、そんな部品あったっけ……?」
「気にしなくていいので、この話はやめなのです!ほ、ほらそろそろ誰か戻ってくるかもしれませんし!」
腑に落ちなかったが、確かに戻ってきそうな動きをしているので僕達は居住まいを正す。しばらくして、ヒカタさんがバツの悪そうな顔をしたナギさんを連れて戻ってきた。無理はしないようにと言葉をかけるが、手で制止される。
「ごめんなさい、話してと頼んだのは私なのに、整理が追いつかないで逃げ出しちゃって。だけどちょっと頭にきたから、そいつに触れないでお姉ちゃんの事だけ聞けるかな?」
まだウルの事は許せないでいるようだ。家族を失う元凶なのだ、無理もないだろう。ヒカタさんも表には出していないが内心同じ気持ちだろうし、配慮して話してあげようということになった。
「お姉ちゃんがそんなに強くなってたの?そりゃあ私だって行商行ったりしてたからある程度は戦える自信はあるけれど、華撃隊とかキルヴィ君を相手取ろうなんてとてもとても」
「もの忘れの魔法もだけどあの子が魔法得意になるなんて、商人の道ではなくそっちの道を進めてあげればよかったかもしれないわね」
戦闘のくだりになると2人はそんな反応を示した。戦い始めてからすっかり忘れてしまっていたが、イブキさんは元々戦闘職ではなかったのだ。それなのに僕達とあれだけ渡り合う事ができたのであれば、なるほど十分驚きに値する事だろう。話はいよいよイブキさんの最期に差し掛かった。
「ーーそっか、お父さんに送ってもらったんだね」
辛そうな顔で俯き、姉の最期を想像しているナギさんに言葉をかけれるものはいなかった。
ナギさんら暫くそのまま伏せていたが、突然ガバリと顔を上げスズちゃんへと視線を向ける。
「それよりもーースズちゃん、お待ちかねの時間だよ?」
急に声の調子が変わり、手をワキワキさせながらナギさんがスズちゃんに近づく。スズちゃんは「ヒッ!?」と息を引き攣らせながら席から立ち上がり、僕の後ろへと回り込んだ。
「おやおやどうして逃げるのかな?せっかくこれからお楽しみタイムなのにー」
「か、身体が勝手に反応して!こう、なんていうか久々に背筋の冷たくなる感じといいますか!」
恐らくはトラウマからであろう、とうの昔にナギさんよりも強くなったにも関わらずスズちゃんの身体は小刻みに震えていた。その様子を見てナギさんの手のワキワキが更に速度を上げたのは言うまでもないだろう。
「はいそこまで。スズちゃん、急に身体が大きくなったから今の服じゃ窮屈でしょう?採寸してあげるから隣の部屋に行きましょう」
ポン、とナギさんを嗜めるように頭へと手を当てながら、ヒカタさんがそう言う。スズちゃんは知らず知らずのうちに止めてた息をハーっと吐き出しながら、少し恥ずかしそうにコクリと頷いた。冬着だったからそこまで目立ちはしなかったが、だいぶパツパツになっていたようだ。
3人が席を外し隣の部屋に行ったのを見届けてからクロムも溜め息を吐く。見るとラタン姉もやれやれと言った顔をしているのだから、恐らくは僕もそうなのだろう。
以前のようなやりとりではあるが、知ってしまった後になると目に見えてナギさんが無理に明るく振る舞っているとわかってしまうのだ。
「時間が解決してくれる、なんて楽観視してはいけないのでしょうね」
既にイブキさんという前例があるのだ、ただ時間の流れに任せるだけではまた同じ事を引き起こしかねない。ただどう接すればいいのか、分からないのも事実である。腫れ物を触るように、ではないのは確かだろうが。
「グリムの事もありますし、ちょくちょく顔見せに来ましょうね」
そう言ってラタン姉はヨッカさんの方を見る。ヨッカさんは胸に手を当てて「普段は任せてください」と答えた。こういう時友人でもあるヨッカさんに任せることができるのはとても助かる。
採寸が終わったのか、スズちゃん達が部屋に戻ってきた。スズちゃんは例のごとくグッタリとした様子になっていたが。
「さてさて、次来るまでに何着か仕上げといてあげるから今日のところはこの服を持っていって」
お古で悪いけれど、と言ってヒカタさんはスズちゃんに包みを手渡す。中身を知っているのだろう、スズちゃんはすぐに驚いた顔になった。
「えっ、でもこれ……」
「着てもらったほうがあの子も服も喜ぶ筈だから」
そのやりとりで、服の元々の持ち主がわかった。スズちゃんはギュッとその包みを抱きしめて「大事に着ます」と答える。それを見届けた後、ナギさんはパンッ!と手を合わせる。
「さっ!皆辛気臭い顔をしていないでご飯にしましょう?久しぶりに何も警戒する必要のない、ゆっくりとした時間なんでしょう?」
他の皆の顔を見る。急いで帰りたいという人はいないようだったので「迷惑でなければ」と答えると、「迷惑なわけないじゃんか、君達だって私の家族だよ!?」とバシバシ背中を叩かれてしまった。
そんなこんなでヨッカさんも含め、僕達はツムジさんの家に泊めてもらう事になったのであった。




