キズナ
「やれやれ、礼もそこそこに戻って行きよって」
スズが消えて二人きりとなった空間で、リゲル相手にそう愚痴をこぼす。
「そうも言いますが、結構ギリギリだったみたいですよ?お守りが持ち主の危機を告げてきていますからね」
「それは、間に合って良かったのう……思えば年頃の娘に悪い事をした」
そう言って、手に残った物を眺める。対価として足りない分を補填してもらったのだ。
「そう思うんでしたら、次この書を使う時にはよくしてあげてくださいよ?」
「それもそうなんじゃが、できればもうこの書に頼って欲しくはないのう」
この書は可能な限り願いを叶える。但し相応の対価が必要となる。今回は既に支払われた分の余剰分だったからこの程度で済んだが、次は何を指定されるかはこの書の創作者であるワシですら把握しきれないのだ。
「で、おぬしはいつまでここにおるつもりじゃ?」
「無理矢理引きずり込んできて酷くないですかね、それ!?」
◇◆◇
目を閉じてからどれだけの時間が経っただろうか?一分?一時間?もしかしたら一秒すら経っていないのかもしれない。とにかく時間が間延びしているように思えて、来るはずの衝撃はいつなのかと怯えている。
「間に合った……」
ほんの半日程だというのにとても懐かしく思える聞きたかった声に、思わず閉じた瞼を開ける。
そこには信じられないといった顔をして闇を纏わせた手を伸ばしたウルと、こちらに背を向けた黒い髪の少女が杖を構えて立っていた。
その髪は短く、僕より少しだけ伸びているといっただけの長さになっていたが、代わりに身長や体格がやや大人びた様相へと変化していた。
だが、間違えようがない。その程度の変化で見間違える訳もない。何よりMAPの反応が彼女であることをありありと示していた。
「この書で過ごした幾日、幾月の間ずっと心に思っていました。頑張ったとしても、手遅れになるのではと悔やんでもいました」
「な……君は、貴様は誰だ!?」
「その間に私が貴方に告げたかった言葉を、今言います……」
ウルからの言葉を無視して振り返った彼女は、力強い笑顔でこう言ったのである。
「キルヴィ様、貴方を助けに来ました!」
「スズちゃん!!」
無視されたウルはあまりの怒りで言葉を失ったようであった。無視されたこともそうだが、なによりも以前会った時は唯の人間の女の子であった筈のスズちゃんに、自分の邪魔をされた事を彼のプライドが許さなかったのだ。
「待っていて下さい、すぐに治療しますから」
そう言って、エリアヒールと唱え回復魔法を上に打ち上げると、この空間にいた全ての人を癒すように優しい光が降り注いできた。それにより、満身創痍であった僕達は大幅に体力を取り戻すことができた。
もちろんウルだって黙って見ていたわけではない。言葉こそ発していなかったがこの間であっても絶え間なく攻撃をスズちゃん目掛けて放っていた。放っていたのだがーー
「何故だ、何故届かぬ!」
その言葉の通りに全てはスズちゃんの目の前で流され、弾かれ、防がれる。
「ここは僕が支配した空間の筈!だというのに何故そんなにも自由なのだ、答えろォオ!」
余裕ぶっていた化けの皮が剥がれ、その顔には焦りが見て取れた。それにしても、こちらをこれだけ圧倒できたにも関わらず、自らうって出てこなかった理由はこの場にカラクリがあったのか。
「貴方の空間支配には綻びがあった、それだけのことじゃないですか?スズがその支配権、上書きできちゃうくらいなんですから」
ピシャリとした言葉で返すスズちゃん。あの書の中で何があってそれだけの力を得て帰ってきたのか。
「ふざけるな!アードナーですらない小娘風情が、この僕の支配力を上回るだと!?そんなことあってはならない!」
「おや、自ら空間魔法を放棄しましたか。なるほど、ハッキングされた構成を作り替えての貼りなおしですね」
ウルが手を振り上げると先程まであった緊迫感が再び襲ってきた。しかし、少し経つとその気配もまた霧散する。
「一部変えたくらいではやはり脆弱ですね、ついでにパターンの構築から貴方の癖も見出せたので、その前後になりうるパターンも差押えしました」
たった2回、それも短時間にたてつづけで。
彼女はウルがこの場の覇者たる由縁を崩し、己を知らしめたのだ。
「そ、そうだ!貴様らも使徒にならないか?それほどの実力があるんだ、駒としてではなく特別に生きたまま協力関係を結ぼうではないか!そしてこの世界を面白おかしくやりたい放題しようではないか!」
余程動揺しているのだろう。あれほど自分が唯一の存在であると謳っていたのにこの場の皆で分かち合う点で妥協しないかと持ちかけてくる。
「確かに、好き放題やりたい放題というのは魅力的ですね」
「な、ならば「もちろんお断りします」何故だァ!?」
「貴方へまっっったく信用を置けないからですよ?自分の形勢が不利になった途端にそんな提案してどうするんだろう、っていうのもありますし」
「おのれぇぇ!イブキは!ガーランドは何をしている!?その時の、こういう時のための駒だったろうが!」
「あのイブキさんすらここに居ないというのならば、大方貴方が見捨てたじゃないですか。結果、今ここには貴方しかいないんですよ?」
「どいつもこいつも使えない!場を支配できなくとも僕が強いって事を見せてやる!腐海の水!」
以前見たものに比べると小規模ではあるが、黒い水が集い此方へと襲い掛かる!
「キルヴィ様」「任された!」
呼びかけられたのでそれに応じる。空に展開していた暗雲こそ先程打ち負かされた時にほぼほぼ霧散してしまったが、それでも氷結の術式と用いれば軽い吹雪は起こせる。
黒い水は瞬く間に凍結し、粉々に砕け散る。
「まだだ、飛び出ろボーンスパイク!」
今度はあえて個人を狙わずに、広範囲を対象に乱雑に骨が突き出される。とても味方全体をカバーできないだろうという攻撃にスズちゃんは動けない。
いや、敢えて動かなかったのだ。接触する直前、スズちゃんのとは別の、硬さを感じさせる結界がそれ以上の侵攻を妨げる!
「なるほど、私の結界が攻撃を防げなかったのも、場の支配?のせいだった訳か」
ガキン、と立て続けに金属がぶつかり合う音。雑多な攻撃の中、スズちゃんへと音もなく高速で忍び寄る暗器を、大きな盾が防ぐ。
「こうくると思っていましたのです。これ以上の勝手はボクが許しません!なのです」
「リリーさん、ラタン姉!」
「ぐっ……!」
攻撃全てを防がれ、裏をかいたつもりも読まれた事に悔しそうに歯噛みをするウルであったが、一転し背を向け、羽根の推進力も合わせ素早く雪の上を駆けていく。状況不利から逃げの姿勢に入ったのだ。
そこに駆ける二閃の風。ウルの羽根と足を見事に切断し、その場からの逃走を阻止してみせた。
「ぎゃああ!僕の羽根が、足が!見逃してやろうというのに、そこまでしてこの僕に殺されたいのか!?」
「剣線二閃……物騒な事言わないで下さいよ、身体が軽くなったでしょう?」
「お兄ちゃん!」
ギャアギャアと煩いウルに、剣と鋼糸を構えて冷たくあしらうクロム。そして、彼がその場を譲ると上空から二つの影が勢いよく落ちてくる。
「どっせい!」「てやぁぁ!」
「セラーノさん、義姉さんお任せします!」
落ちてきた二人、セラーノさんとモーリーさんは聖属性を付与した己の拳と脚で力強くウルにトドメを刺したのであった。




