生か死か
「ツムジ、辛いのは分かりますしボクだって辛いです。でもここは敵地、そろそろお別れしてあげて下さい」
イブキさんの亡骸へと顔を埋めたまま動かないツムジさんへと、幻から解放されたラタン姉はそう声をかけた。
「ラタン姉よ、俺は、俺もこの子と共に燃やしてくれよ……」
しかしツムジさんは力無くそう答える。
もうこの世に何も希望が残っていないといった表情で。
その様子に腹が立ったのだろう。ラタン姉はツカツカとツムジさんへ近寄り、胸ぐらを掴み上げて無理矢理立たせる。
「娘を手にかける、その覚悟をして貴方はここまできたのではないのですか!」
「うるせえ!自分の子供がいねえ奴に俺の気持ちが本当にわかる訳がねえだろうが!」
その言葉と共にラタン姉を力任せに突き飛ばす。そして今自分がしたことに気がつき、バツが悪そうに顔を背けて「すまん」と謝る。
ラタン姉は声もあげず静かに泣いていた。僕も、クロムもだ。ここにいないけれど、いればスズちゃんだってそうしただろう。
イブキさんは、僕達には大きい存在であった。確かにツムジさんは娘を亡くした辛さがあるだろうが、僕達にとっても肉親を失ったに等しい物なのだ。
「ならば髪を切って、連れて行ってあげて下さい。娘を亡くしたのは貴方の他にもう一人いるでしょう?それを届け、分かち合えるのは貴方だけなのです」
まだ死ぬべき時ではない。少なくともヒカタさんと、ナギさんの元へとそれを届けるまでは。そう思ってくれたのだろうか?しばらくの逡巡の後に転がった頭の長い髪へと手をかけて刃を滑らせる。そして頭を身体の近くに寄せてから首を振り、ツムジさんはこちらへと向き直った。
「時間をとらせて悪かった。このままじゃ可哀想だもんな、ラタン姉よ、頼む」
そこからは言葉はなかった。静かに燃えて灰になっていくイブキさんと命を落とした隊員のエイナさんを、リリーさん含む華撃隊の面々もただ見守ってくれていた。
片腕を落とされたミリーという隊員の治療も終え、残すはあの城とウルさんだけとなった。正直、皆精神的にも肉体的にも限界が近かった。でもここで終わらせなければ、また次の悲劇を生む。その決意だけが僕らを前へと進ませていた。
◇◆◇
「やあ、よく来てくれたね。歓迎しようじゃないか」
崩壊した城へと足を踏み入れようとしたら、奥から声がかけられた。
「ウル坊ちゃん……」
歯を食いしばりながらツムジさんが声の主に応答する。すると相手はとても悲しそうな顔を返した。
「ああツムジさん、イブキちゃんの事は残念でしたね。まさか手を取り合えない未来になるなんて、僕も悲しい限りです」
「何を、他人事のように……ッ!」
「間違いようもなく他人事ですからね」
全く悪びれる様子もなくそう言ってのけるウルさん。その様子にだんだんと自分の怒りが募っていくのがわかる。
「おお怖い。そう睨まないで下さいよ、どうせすぐに会えるんですから」
「おのれっ!」
ツムジさんの怒りに任せての発泡が、ウルさんの眉間へと吸い込まれる。しかしーー
「せっかちですねぇ、そんなに死に急ぎたいのですか?」
確かに頭へと当たった弾丸は、貫くことも、傷つけることも無く力を失って地面へと転がり落ちた。
「今の世ではこんな物が主流武器になりつつあるっていうのだから驚きだよ。ああいや、人には恐ろしい物なのかな?ははっ、人間じゃないからよくわからないや」
「ツムジ、下がれ!ウルとやら、おおよそ高位アンデットだろうがあまり舐めてもらっては困るな」
「高位アンデットォ?」
ウルさんは呆気に取られたような顔を見せ、それから肩を揺らして心底面白そうに笑う。
「これは傑作だ!相対してもなお、僕の事をまだ高位アンデット程度に認識していたなんて!なんて未熟、なんて愚か!どうして君の先達は僕達のことを後世に伝え残さなかったのか、ほんと理解に苦しむよ!」
それはあまりにも邪悪。さん付けできる相手ではとてもない。
「僕は天使……いや、この世にもはや使徒が居ないのであれば、この僕こそが唯一の使徒か!ならば神であると言っても過言ではないな!」
「テンシ?シト?何のことを言っているかさっぱりだが、どうやら碌でもないのは確かのようだな」
「光栄に思うがいい。君達は死後、神である僕に仕えることができるのだから!」
そうしてウルとの決戦が始まった、のだがーー
「ぐうっ、なんて強さだ!」
「はははっ。素晴らしい、素晴らしい力だよこれはっ!」
先の会話から数十分もたたないうちに、片翼の生えたウル相手に僕達は息も絶え絶えといった様子で相対していた。
「思えばキルヴィ君、君の力は天使に近い物に昇華しているようだけど……一歩及ばなかったね、君自身がもう少し力をつけれたのなら僕に勝てたかもしれないのに!」
そう言いながら手にどす黒い力を纏わせ近づいてくるウル。
ああ、まずは僕からか。どうやったかはわからないがこの近域では転移も縮地も封じられてしまっている。リリーさんもラタン姉も、立っているのがやっとの様子で僕を守ることはおろか自力で逃げることもできなさそうだ。
この場の生か死かへの支配は目の前の男が握っているのだ。
願わくば、今この場にいないスズちゃんが無事に生き延びてくれる事を望むばかりだ。そう思い、目を瞑る。
ラタン姉の僕の名前を叫ぶ悲鳴が聞こえた。




