220.
「キルヴィ君に私は倒せるかな?」
イブキさんの体が再び歪み、分裂する。歪みから現れたのはまたしてもオスロの姿であった。
「その姿、気に入ったの?……でもイブキさん、オスロの強さなんか再現できるの?」
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、やや強がりをはってみる。僕の知っているイブキさんは、野盗を追い払う程度の実力はあっただろうが戦闘経験などあまりないはずだ。姿や僕が持っている印象を模倣する事こそできても、実力を真似する事が果たしてできるのだろうか?
「それは試してみればわかるんじゃない?少なくとも君が強いと感じるラインの強さは再現されるんだからそんな簡単に倒されるわけがないし」
声音はイブキさんのまま、オスロの顔で不敵な笑みを浮かべながら、イブキさんが答える。少し気持ち悪い。首を振り、気を取り直して棍棒を構えると、向こうも武器を構えようとしてーー首を傾げた。少し困った様子だ。
「ねね、この人の武器って何?」
気の抜けるような質問で場の空気が一気に壊れた。
「知らないよ!」
ねーねー、と言いながらイブキさんの姿に戻られても、僕だって困る。前回相対した時に持っていたものと言えば奪っていたクロムの剣の印象が強く、他の装備にまで気が回っていなかった。
「キルヴィ君のいけずー。じゃあいいもん。仕方がないからそのイメージ通りにしてあげるもん」
僕の答えにふてくされた様子の顔を見せ、三度オスロへと変化するイブキさん。その手には翠に輝くクロムの剣を携えていた。
あの切れ味も再現されているとすると、刃の部分に対しての打ち合いは避けた方が良いだろう。となると、剣の腹の部分を打つしかない。相手の実力がわからない以上、迂闊には動けない。抜けた気を再びふるいたたせる。
剣をしばらく眺めていたかと思うと、スンッ、とオスロの体がブレた。即座に棍棒を横に薙ぐと、剣でそれを防ぐ姿がそこに現れる。
「凄いね、この速度を出せるイメージを持っているのもそうだし、それを予測することもできるなんて」
「違う、逆だ」と感じる。誘導されこの動きをさせられたきらいがある。何処を狙っても、そこに打ち込むのは予定通りだとばかりに弾かれる。
「こりゃあ凄いね、ちっとも負ける気がしない」
その言葉と共に攻勢に出るイブキさんに、かろうじて僕は立ち向かえているといった状態だ。
「キルヴィ君はこの人ならこんなこともできるかもしれないって、思っちゃったんだ?」
その言葉と共に、何気なく剣を一振りしただけに見えたそれは、軌道を空中に残し、途中で幾つにも別れ広範囲を襲う無数の飛ぶ剣撃を生んだ。
既に剣から離れているというのにその斬れ味は凄まじく、半ば反射的に展開した壁をいともたやすく切り崩したのを感じて空へと逃げる。
あまりに無茶苦茶であったが、実力を知らない以上確かにオスロならやりかねないと思ってしまった。
着地と共に距離を取り、罠の設置を含めた魔法を放つ。逃げ場を塞ぐように展開し、ダメ押しとばかりに光の定規を放つ。
「ダメダメ!もっとがむしゃらにこないと、いつまでたっても勝てやしないよ!」
しかし、その全てがことごとく潰された。罠は起動するまでのラグを利用され、ただ無駄に発動するだけの物へと。光の定規にいたっては剣撃で真っ二つに割かれてしまうといった光景まで見せられた。
「そんな物なの?ほらほら、やっちゃうよ?」
挑発と共に、飛ぶ剣撃を放ちながら自身が先頭になって突撃をしてくるのに舌打ちをしつつ、僕は考える。
……いや、考えてはダメだ。いつ、どのタイミングでイブキさんは僕の思考を読み取っているのか分からない以上、この戦いで求められるのは閃きに似た、思考の末の攻撃では決め手にはなり得ないということだ。
役に立っていないどころか、相手へこちらの行動を垂れ流しにしていそうな成功率の情報を切り、投石魔法をいくつも狙いもつけずに放つ。追いつかれては数合撃ち合って、距離をとってからまた投石魔法。僕達の周りは気がつけば魔法によって生み出された石だらけになっていたが、それでも放つ。
「そんな低威力の魔法をばら撒いたりなんかして、やけにでもなったーーッ!?」
言葉の途中にドス、という音と共に相手の体の真ん中に大きく穴が空いた。乱雑に放った魔法によって引き起こされた跳弾が、オスロのーーイブキさんの胸を貫いたのだ。
「……お見事!と言いたいけれど時間切れだね。私も、キルヴィ君も」
人であれば即死であろう欠損にも関わらず、目の前の、元の姿へと戻ったイブキさんは平然と告げてみせた。少しだけ寂しそうな表情で、時間切れだと。
「私の本当の用は済んだから、今回は私の勝ちかな?それでは、それでは。御機嫌よう、キルヴィ」
どういう事か分からず止まってしまった僕に対して、何処からともなくわいてきた靄を纏って、イブキさんはこちらに一礼をすると煙のように消えていく。待て!と声をかけた時には気配すら感じられず。僕は1人その空間に取り残されてしまった。
MAPが正常に動作を始めるのを感じる。この空間はやはりまやかしであったようだ。
しばらく経って視界から靄が抜けていく。そこにあったのは目を閉じたスズちゃんの姿であった。




