三方面作戦開始
まだ日も上らぬ明朝時。装備を整えた一団がスフェンの街門前に並んで立っていた。先日までのゆるさを微塵も感じさせない兵士の顔つきになった華撃隊の面々は威圧感すら感じる。隅に佇むはツムジさんとヨッカさんの兵站管理を担当する組。荷物は多く、馬車の群れは物々しさを放っている。そんな中で普段通りの旅装な僕達はやや浮いた存在であった。
「早朝から集ってもらい、感謝している。昨日の訓練でへばった奴がいるのでは、と少し心配していたところだ」
リリーさんが僕らの前に立ち、話し始める。内容を聞いて、苦笑した隊員達から「なら手加減してくださいよー」「鬼隊長ー!」とヤジが飛ぶが、雑音ではなく、心地よさすら感じた。
「さて。先日まで散々ハッパかけてきたかもしれないが、本日から私達は死地へと踏み入れる訳だ。命を大切にする事は決して恥ではないから、本作戦から離脱をするのであれば、ここでしてもらいたく思う」
シン、と静まり返る。誰も口を開かず、手も挙げなかった。その様子を見てリリーさんが頷く。
「ありがとう。その命、私が預からせてもらう。ただし、やると決めたからには誰かは死ぬものだと思ってくれ。それは隣のやつかもしれなければ、自分自身かもしれない。私だって死ぬかもしれない。だが、無駄に死ぬ事は許さない。勝て。勝てなくても、せめて情報を持って帰れ。その為にも生きろ!必ず!1人でも多く!生きて帰るのだ!」
「「うおおおおおお!」」
指揮が高まった事で、全員の戦力が上がったのを色が濃くなった事で判断する。昇華した意思を無駄にしてはいけないと、僕とリリーさんは頷きあう。目指すは、アムストルから南に位置する平原だ。
「それでは行きますーー転移!」
周りの風景が風景が歪み、僕達はスフェンから一瞬で望んだ場所まで移動をしたのであった。
「よし、全員いるな?行動開始だ!」
リリーさんの号令と共に作戦行動に入る面々。僕達もやるべき事をやらねばならない。僕はいつもの皆に向き直る。
「なに、落ち着いていきましょう。キルヴィさんなら大丈夫です」
「お互いに怪我には気をつけたいですね」
モーリーさんとセラーノさんには握手を。
「頑張れよ、兄弟」
クロムとは拳をぶつけ合い、お互いの健闘を祈り。
「忘れないでください。いつだって、あなたと共にボクはあるのです」
ラタン姉とは強く抱きしめ合う事で無事を祈る。
それぞれがやるべき事を抱えて僕へと背を向けて歩いていく。それを見送って、僕と共に行動する為に残ってくれたスズちゃんへと向き直るーー向き直ろうとしたところで顔を両手で挟まれた。そして少しだけ眉を顰めた顔がお出迎えをする。
「スズちゃん?な、なんか怒ってる?」
「怒ってなんかいません。しかし、昨日はラタン姉に悪いからって譲りましたが。私も平等に愛してくれます、よね?」
なにを言われたか理解するのに時間が必要だった。そして、恋人の可愛い嫉妬心に思わず顔が綻んでしまうと、彼女はむぅ、と唸ったのであった。
「……ごめんね、除け者や笑い者にしたかった訳じゃないんだ」
顔を挟んでいる手に自分の手を重ねると、目に見えてたじろいだのがわかる。スズちゃんの手をゆっくりとおろしてから、僕がスズちゃんの肩に手を置いて見おろす形をとると、しかめ面を忘れポケッと見上げている、油断をしていた唇にそっとキスをする。
「今はこれで我慢して?添い寝はまた夜に。ね?」
頭にポンと手を置いて、そう笑いかけてみたものの。スズちゃんは自分の唇に指を沿わせた後、小さく首を傾げて固まってしまっていた。
「あの、キルヴィ様?今私に何をしたのですか?」
しばらく経って、先程とは反対側に首を傾げて尋ねてくる。
「うん?キスだけど……嫌だった?」
「そうですか、やっぱりキスですか。いや、嫌ではなかったですが……え、キス?」
どうやら思考が止まってしまっていたらしい。理解と同時に一瞬で真っ赤になるスズちゃん。ここは既に戦場であり、気を引き締めなければいけないとわかっていても、コロコロ変わる彼女の様子の、その可愛さと愛しさについつい気が緩んでしまう。ギューっと抱きしめてしまった。
「も、もう!キルヴィ様、お戯れが過ぎます!先に行った皆様にも悪いですので、今はこれ以上からかわないで下さい!」
調子に乗り過ぎた。顔を真っ赤にさせたままのスズちゃんに仕事口調で叱られてしまった。ごめんごめんと謝り、頬を軽く叩いて気を入れ直す。
「でも、本件が終わった暁には……今日の分まで愛して欲しいです」
縮地をする為に手を差し出すと、おずおずとした様子で手を乗せながらそんな事を言われたので、返事として僕は指を絡めさせたのであった。




