Don't say good-bye
次回からキルヴィ視点に戻ります
「そういえばアンジュちゃん、ラタンちゃんには伝えないで良かったの?あの子を置いて貴方も死んでしまったのでしょう?」
「ええ、私もラタンちゃんには悪いことしちゃったなぁって思います。けど、ダメなんです。そんな事をしたら今度こそ立ち直れなくなるかもしれないですし」
「え?」
不穏な言葉に、聞き返してしまう。まるで、居なくなってしまうかのようなーー
「さっきも言ったでしょ、私はエンジュで、時々アンジュちゃんだけど、体はアンちゃんだって。私達は、今日この時は特例なのよ。この記憶も人格も、本来あってはならない物なの。青い月が見せてくれた、一時の奇跡なのよ」
「……ああもう、酷いなあ。私ならいいってこと?エンジュもアンジュちゃんも。また、私を置いていくんだね」
言っている内容に合点がいく。要するに、2人としての人格は今宵には消えるというのだ。恐らく朝が来ればただのアンちゃんになってしまう。2人が居なくなったのは私だって辛い事なのに、それを今また追体験しろと言うのかと、堪らず涙が溢れてくる。
「あの時は別れの挨拶が言えなかったけれど、これで心残りも減ったわ。リリー、ごめんね貴方を置いていって。貴方に会えて私幸せだったわ」
締めの言葉を掛けようとするエンジュの前に手を出す。自分から言いだすまで待つつもりであったが、この流れで出てこれなくなったのだろう。助け船を出す。
「別れの言葉を言うのは、どうも早いみたいよ?ほら、隠れていないで出てきなさいな」
「何のこと?この屋敷の中なら私が一番把握しているわ、ここに隠れている子なんて……」
エンジュの言葉をよそに、空間が揺らぐ。透明化で気配を隠したつもりかもしれないが、これくらい読み取れないようでは中将は務まらない。
「アンジュゥゥゥウ!」
「えぇっ!?」
飛び出してきたのは透明化を行なっていたであろうラタンちゃんをはじめとし、キルヴィ君、クロム君、スズちゃんの4人であった。アンジュちゃんに話をふったのも、その直前くらいで入ってきたのがこの4人だと分かったからである。もう離さないと言わんばかりに、アンちゃんにしがみつくラタンちゃん。
「ひどいのです!ひどいのです!こんなにも身近にいたのに、黙っているなんて!ボクは気がつけなかった!そしてまた黙って!」
「ど、どうどう。落ち着きなさいよラタン。言ってることがめちゃくちゃよ?」
宥めようとするアンジュちゃんだが、すぐに他の3人にも囲まれてしまう。
「こればっかりは母さんが悪い。僕達、ちゃんとお別れができなくて辛かったし、知らない間にまた消えられたらたまったものじゃないよ」
涙を浮かべながら、キルヴィ君はアンジュちゃんの前に座り込んだ。
「そんなぁ、キルヴィまで……」
キルヴィ君はすっかり幼くなってしまった自らの母を抱きしめた。アンジュちゃんは目を見開くと、優しく抱きしめ返す。
「でも、また会えて良かった。母さん、久しぶり」
「ええ、久しぶりねキルヴィ。大きくなって、見違えたわ。クロム、スズ、あの後もこの子を支えてあげてくれてありがとう」
使用人の2人もしゃがみこみ、5人でがっしりと抱き合う。
「あらあら、アンジュちゃんは人気者だったのね。はじめましてキルヴィ君。エンジュおばあちゃんよ……ううん、ごめんなさいね?あなたは悪くないのだけど、おばあちゃんと言われるのはちょっと複雑かも」
エンジュとしての発言。キルヴィ君は首をかしげるが確かにクリーブの魂だと言うのなら、伴侶となったエンジュとしては難しい心境だろう。なんならアンジュちゃんからすれば父親の生まれ変わりなのだ。すごく複雑だ。
「母さん、この間少し表に出てなかった?」
「私が?……出たつもりはないけれど、アンとしての意識が曖昧の時に、無意識に出ていたかもしれないわね。そういうのだけは、もしかしたら今後も出るかもしれないわね」
そんなことを話し合っている。私はさっきまで話していたのだ、ここから先は譲ってあげるべきだろう。にしても、無意識化に表層化するのであれば完全に消え切るという訳ではなさそうだ。どこかで、エンジュとアンジュちゃんは、アンちゃんの中で生き続けるという事だ。
「それよりもアンとして見ていたわよ。まさか2人と付き合う事になるなんて、キルヴィは隅に置けないわねぇ。ラタンなんか、裸を見合った仲なのに、初々しくて陰ながらニヤニヤしていたわ」
「うっ!?あ、あの時はまさかこう、恋仲になるとは考えてもいなかったのでして……うう〜、キルヴィ!あの時の事は覚えてないからノーカンですよね!?ね!?」
「いや、この屋敷に来た初日の思い出だしとても忘れられないかな」
「なにそれ私それ知らないんだけどラタン姉説明してもらいたいんだけど抜け駆けなのそれは」
「みぎゃあああ忘れてください!そしてスズ、怖いですから無表情で近づいてこないで!」
黒歴史を掘り出された上に追い打ち気味に詰め寄られる光景に、アッハッハと笑い飛ばすアンジュちゃん。こう言うところは流石クリーブの子だなぁと思う。
「クロムは良い子を見つけてきたね。あの子の事、大切にしてあげなさいね」
「はい、アンジュ様。モーリーは私が幸せにしてみせます」
あのライカンスのハーフの子か。出会った時にはすでにこの子と関係を持っていたので、別段気にしていなかったが戦いにも出たことがない普通な子だと思う。できればそのまま、戦いを知らぬまま過ごしていただきたいものである。
「あら……もう、本当に時間みたいね。名残惜しくないかと聞かれたら、もう少しだけ、もう少しだけと欲は出てくるけれど」
窓から朝日が差し込もうとしている。ラタンちゃんはまだ逝かないでくださいとワンワン泣いてみせる。この中では一番幼いスズちゃんが我慢して、「今までありがとうございましたと」涙ながらにお礼を言っているのに対して、まるで1番の子供のようだ。……本音を言えば、私だってすがりつきたいが、最年長者である以上みっともない姿を若者達にみせたくないというプライドが勝った。
「言いっこなしよ、そんなこと。この先を見ることができるのは今を生きている貴方達の特権なんだから」
アンジュちゃんがそう答える。そこでふと、思い出したようにキルヴィ君の方を見上げた。
「キルヴィや。あの子はもはやあの子ではありません。今やっているのはあの子の本意とはとても思えません。迷わなくていいわ、ウルを討ちなさい。さあ、他の子達もどうか思い出しなさいな」
その言葉と共に、キルヴィ君以外の子は頭を抱え込んだ。ウルとは、敵の名だろうか?
「リリー。敵の事はこの子達がよく知ってます。あなたの経験でカバーしてあげて、早急に討たなければまずい事になります。どうか協力してあげて」
エンジュのその言葉を最後に、いよいよもってアンちゃんは意識を手放したようであった。
おやすみ、エンジュ。アンジュちゃん。




