遠い日の思い出2
クリーブの命令にエンジュは反発した。負けた悔しさももちろんそうだが、そこまで実力差があるなら別の隊にいた方が活躍できる場面が各々与えられ、より戦果は得られるだろうという考えだった。
「他の隊?その他の隊ごと守れる遊軍を僕は作りたいんだ。他の隊として所属して、どこかの特定の地方に封じられてしまったら他の多くが守れなくなってしまうだろう?」
対してクリーブの考え方は斬新であった。どこか固定の地方へと属さない軍隊を作り、戦況を見て援軍をかけることを主体とした軍の設立を考えているとの事だった。まだこの当時はエンジュが奪われるなど考えてもいなかったため、私はクリーブのこの意見に目から鱗であり、良い案であると賛同しエンジュを宥めクリーブの隊に入ろうと諭したのだ。
クリーブに軍を作るだけの力があったのかといえば、その家名が影響している。クリーブはイレーナ家の嫡男であり、イレーナ家はこのルベスト国の重臣の一門であった。故に奏上された遊軍は二つ返事で許可がおりた。
新しい軍は早々に功を成し、味方の苦境を救うクリーブ率いる遊軍は一躍ルベスト軍の花形となった。当時を知る他国の軍団長達は、イレーナの名が出るだけで苦虫を噛み潰したような顔をする。同期に頭角を現した、ノーラ首長国の百聞のオスロとは特にしのぎを削りあった仲である。
私もエンジュも挫折こそ味わったものの、腐らずに躍進し、更に強くなれた。因みにクリーブが設立したこの遊軍こそが、世代こそ変わったものの、今私が率いている華撃隊へと繋がっている。
私とエンジュが副隊長として勤めること数年、気がついたらエンジュも15歳。その頃には、初対面でのクリーブに対する悪印象のわだかまりはなくなっていた。
15歳といえばすっかりお年頃。エンジュは幼い頃に戦火に飲まれた事で身寄りこそないものの、戦場に咲く美しい花。言い寄らぬ男が居ないほどで、面倒見がよく優しい方の副隊長として隊の男性陣からチヤホヤとされていた。所属している者で協定を作っていたみたいで、抜け駆けして求婚などしたものは後で裏に連れ込みボコボコにされていたほどだ。私?規則に厳しく怖い方の副隊長として誰も言いよってはこなかった……いや、1人だけいたか。
「リリー、こんな所に居たのか」
「呼び捨てはやめてください。それ以上近寄らないで頂けませんか隊長殿。寄らば斬る所存です」
「隊長だなんて他人行儀をするもんじゃないよ副隊長殿。私と君の仲じゃないか」
そう、クリーブだ。この男、あろう事かエンジュよりも先に私を口説こうとしていたのだ。
「おかしいですね、私と貴方の仲は隊長と副隊長の間柄くらいしかありませんが。私の存在をお忘れ?戦乙女の精霊ですよ、戦乙女。純潔を守らなければ、私は存在意義を失うわ」
私は大抵、こうしたツンケンした態度で応対した。精霊が存在意義を失う。それがどのような結末になるのか、この当時は知らなかった。知らなかったものの、それだけは避けなければと本能がそうさせた。
それは正しかったし、それが原因でエンジュに気が移っていったのであれば間違いだとも思った。
……それがなければ。なんて、考えた事もある。クリーブは、エンジュのことを抜きに1人の女性としてみれば、今でも彼を超える人を見かけないほど、優れた人間であった。正直に言おう。私は彼に惹かれていた。惹かれていたが、惹かれていたからこそ結ばれることのない運命と共に彼のことが嫌いになったのだ。それくらいには私も若かった。エンジュも何も言わなかったものの、それは分かっていたようだ。だから、「好きな人ができたの」という事こそあれど、誰であるかを明かされたのは2年後のクリーブからの婚約発表でだった。
「そんな婚約認めませんぞ!貴方はルベストの重臣中の重臣、イレーナ家を継ぐ者!いかにその女が優れていようと正妻にしようなどとは、気は確かか!?」
「ルベスト国が瓦解した今、古い貴族制に従う意味などない!家同士のいざこざに付き合わされるくらいならばこの指輪以外の家督全て、弟に任せる所存だ!」
そうそう、この頃だルベスト国が王を持たぬ人民共和国へとなったのは。主君制を廃し代表たちによって政治を行おうと定めた事により、種族の違いから時々起きていた内紛は鳴りを潜めたことから、当時のルベスト王の政策は間違いではなかったと思う。
ともあれ、クリーブの言動に多くの従者はイレーナ家の代表としての振る舞いを弟のギーグの方に求める事になり、ギーグの方も急にそんなことを振られてもたまったものではないと抗議を行ったが、冬の終わりに、自分の元に残った数少ない従者とともに雪遁走術を使用して突如行方をくらませるくらいには、クリーブも戦にも家督にも疲れていたのだと思う。この時の行き先は私にも内緒というのがクリーブに対しての怒りの1つでもある。
いくら内紛がなくなって仕事が減ったとはいえ隊長と副隊長の1人が急遽いなくなったので、残る副隊長である私が仕切らなければならなくなった。半年経って何食わぬ顔でクリーブが帰ってきた頃には、エンジュは乙女ではなく女になっていた。嬉しそうに文字の読み書きを教えてもらったのと報告するエンジュに、ショックを受けていた私は曖昧な返事をしていた記憶がある。
「この期間に新築を建ててね。良かったら招かれてくれないか?」
と言ったクリーブの顔面に渾身の一撃を入れたのは間違いだったとは、今でも思っていない。




