あるいは、捨て難い兵
本屋からスズちゃんが戻ってくるのを待ってから店を後にする。その際におじさんは僕に菓子をもたせてくれた。代金を払おうとすると手で止められる。
「その金は受け取れんよ。……かつての戦友とはいえよく知りもしない連中に躊躇いなくポンとあんな大金をだそうとは、あんたはやっぱり大したお人だ。肩を並べ戦ったことを誇りに思う」
「そんな大それたことではないですよ。この冬を越えたら、人手を得たい……そこにこの話がちょうど噛み合ったというだけの話なんですから」
「人手?もしその際には声をかけてくれ。俺にも何かできるかもしれないからな」
「それは頼もしい限りです」
手を差し出されたのでがっしりと握手をする。戦いから身を引いたとはいえ戦争経験者だ、やり方次第でその経験を活かすこともできるだろう。後ろで本の束を抱えたスズちゃんがラタン姉に話しかける。
「私のいない間にキルヴィ様また何かやったんですか?」
「まだ実行はしてませんが何か企んでるみたいなのですよ、まったく。本当にこの子は目を離せないです」
「くぅー、私としたことがうっかり目を離してしまいました!何があったのか詳しく聞かせてください」
スズちゃんまたって。いや、これまでがこれまでだし言い返せないけどさ。ラタン姉もラタン姉でため息をつきながらいうものだから辛辣だ。
ツムジさんの家に戻りつつ、ナギさんにおすすめされた店を消化する。小物、家具、衣類と色々見てまわった気もするが、僕の頭の中は先ほどの件で頭がいっぱいになっていた。そんな気持ちを感じ取られたのだろう、2人も買い物をそこそこに早く戻ろうと言ってくる。……デート、いつか埋め合わせをしないとなぁ。
◇
「義勇兵達を助けたい?これがそのお金だって?だからラドンさんがきたら助けてやって欲しい?いきなりすぎてよくわからないんだが」
庭先で暇を持て余していたツムジに自分の考えをまくしたてると、こんな返事が返って来た。ラタン姉に「慌てすぎです」とたしなめられる。
「ツムジが困っていますよ?ゆっくり、一つずつ話しなさいな」
言われて、ここまでの経緯を告げる。ラタン姉やスズちゃんからも時折捕捉される僕の話をツムジさんは黙って聞いてくれた。
「持ってきているお金はこれだけですから、もし足らなかったらこれを売ってください。色も濃く純度の高い魔晶石です。ツムジさんなら売る宛もあると思いますし」
そう言って青い魔晶石の玉を置く。グラウンさんのダンジョンで手に入れた物の一つだ。スズちゃんが装備しているものより一回り小さいものの、これだけでこの袋と同じだけ、金貨200枚くらいの価値はあるはずだ。
「それとも移動に難がありますか?ならば後日また日程を決めて僕が来ます。縮地や転移で移動の足にはなりますから」
「キルヴィ、また急かしてますよ。あなたはもっと落ち着くことを覚えなくてはいけませんね」
ラタン姉からの指摘に、ツムジさんは苦笑いをする。
「キルヴィ君もこの歳になるまで落ち着きのなかったラタン姉に言われたくはないだろうよ」
ラタン姉が言葉に詰まった様子を横目に、ツムジさんは僕に向き直った。
「金が十分なのはわかった。君の義勇兵達を助けたいという気持ちもな。周りの村にも顔が効くから俺が物資を買い集めるのは構わないが、個人でこんなに多くの人を抱えてどうするつもりだい?ただ施すというわけでは、ないのだろう?」
「この辺の治安維持を図るため、傭兵団を設立しようかと。周辺を巡回して周り野盗などの取り締まりが主な仕事ですかね?有事の際には私兵として活躍していただければなお嬉しいですがそこは顔合わせの時に話せたらと思ってます」
「傭兵団を作るって?キルヴィ君、君個人が彼らを傭兵として抱えるとなると、大変なことだぞ。今の君の資産がどれほどかは分かりかねるが、安定した収入がないのであればすぐに枯渇してしまうだろうな」
「それでも、数年くらいなら続けられると思うのです。僕個人ではできないことがあるとこの間の戦いで学んだので、少しでも仲間を得たいのです」
ツムジさんは僕の目の奥をじっと見つめ、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「それならばまずはこの地域の領主に話をつけたほうがいい。領主公認であれば国から多少の融資はされるだろうし問題が起きたとしてもリスクが減るからな」
領主?この辺りに領主様なんかいたのか。それは初耳だった。
「ははぁ、知らなかったって顔をしているな。まあ、町や村に自治を任せて自分は首都にいるらしいとアンジュ様や先代様に聞いたきりで俺もみたことがないんだがね。……春になったら首都に行きなさい。イレーナの名前を使えばきっと応じてはくれるだろう」
春先からの自分の方針が決まったところでツムジさんは大きく伸びをした。
「まあとりあえずは目先の越冬準備だ。明日には間違いなくラドンさんはくるだろう。数日後くらいに物資の調達に行こうかと思うから、その時に来てくれないか。できれば早めに終わらせたいからね」
「ええ、分かりました。よろしくお願いします」
「さあて、面白くなってきたぞ。君といるとあきがなくて楽しいな。この歳でなく、もう少し若い時分に会いたかった」
楽しげに家の中に戻っていくツムジさんに別れの挨拶をし、僕達は帰路に着いた。といっても、転移の選択をしてすぐに着いてしまうわけだが。
転移の対象の選択中に2人の後ろに回り込んで髪飾りをそっとつけてあげると、いつの間に用意したのですかと2人ははにかんだのだった。
家に着いた頃には薄暗い雲が空を覆っていた。今にも雪が降り出しそうだ。
長い冬が来る。




