ドゥーチェからの侵攻
暑さもすっかりなりを潜めた秋の始め、我々は今まさにのぼろうとする朝日を背に今回の目的地であるアムストルに向けて馬を走らせていた。
私ことガーランド・ルマニアが属するドゥーチェ帝国はライカンス主体の国で、実力主義の国だ。力ある者が弱き者を従え、統べる。シンプルな考え方だが、それ故に強い。
我らはそんなドゥーチェ帝国の華、帝王直轄上位騎馬大隊だ。その機動力と破壊力を存分に活かせる騎馬戦闘において、我々こそこのベルストで無類の強さであると自負している。今回の戦はスピード勝負という事で、帝王様自ら私が率いるこの隊をご指名して下さったのだ。それならばご期待に添えるよう拙速に動き、我らがドゥーチェの旗をたてるまでだ。それ故に走る。走り続ける。
「おい隊長、俺達はこれから戦争しに行くんだよな?それなのにこの先から楽しそうな音楽や人々の行き交うような音が風に乗って聞こえねえか?」
行軍している最中、隊の一員が何かに感づいたようで皆に止まるように合図をし、耳をすます。こいつは兎のライカンスだから特に耳がよく、そういったことに敏感だ。故に我が隊の情報網であり、私のかけがえのない部下である。私も耳をすましてみる。さすがにこいつのように生活音までは聞こえないが、確かに微かにだが明るい音楽が聞こえた気がした。
確か帝王様の話では軍が迫ってきたということの通達が事前にされている筈だが、もしや領主が情報を握りつぶしそこで暮らす民までしっかりと伝わっていない可能性があるのか?いかに弱肉強食の世界といえど、それはあまりに非道すぎる。私たちが戦う相手はもしかしたら取り残された無知の民なのではという考えが頭に浮かんでしまった。
……いかん、流されるな。帝王様が定めた戦となれば、我々軍隊は言われるがままに一般人であろうと手にかけねばなるまい。なにをもって占拠したかである。今回はノーラと競うように攻め落とさねばならないのだ。並大抵の落とし方では相手も運とは頷かないであろう。
これからいくアムストルの住民は敵であり、そして獲物だ。先ほど自分で考えたではないか。この世は所詮弱肉強食の世界なのだ。情を捨て、手段を選ぶなと自分の心にそう言い聞かせる。
とはいえ、今のたらればで少し気がそがれた思いになる。隊員も同じことを思ったのか、いつの間にか我が軍全体の侵攻速度が普通に歩くよりは少し早いかといった速度にまで落ちていた。その速度のまま足を進め、目的地である町がそろそろ見えようかといったとき、我々の目にはそびえ立つ防壁が明らかになってきた。事前にこの町へ行っていた同胞の話では、この町にはこんな防壁なんかなかったはずだ。見た所しっかりした作りのようだが一体いつの間に建造したのであろうか?
少しあっけにとられ、壁を眺めていると自分の近くに何かが飛んできたのか地面を叩くような音が聞こえた。馬が石を跳ねたかはたまた唯の偶然かとも思ったが間を置いて幾つも、それも何度も飛んできているようなので認識を改める。
「敵襲か?隠蔽や透明化し、伏兵として近くにいるかもしれない。弓兵隊前に出よ!各々怪しい場所に斉射を仕掛けるのだ!」
聞くところによると相手の全体数は少なく、そんな状況の中仕掛けてくるとしても寡兵の筈だ。少々勿体無い気もしたが資材は沢山ある。安全確保の為の多少の浪費は戦の醍醐味だと割り切ろう。
弓兵隊が茂みや岩陰に矢を射かける。ヒュンと小気味良い風切り音を立ててそれぞれの場所に矢が突きたっていく。指定した地点はあっという間にハリネズミのようになってしまった。
今の斉射によりうまいこと仕留めることができたのか、はたまた上手く逃げ出したのか。先ほどまで何かが飛んできていたと思われる音はピタリと止まる。
「おい、先程からとんできていた物が見当たらんがなにがとんできていたのか判るものはおらんか?」
姿の見えぬ相手に、姿の見えぬ獲物。その武器が何かを知りたかった故の発言であったが、それに答えられるものは誰もいなかった。まあ良い、こちらに被害が出ていないのだ。大したものでもなかろう。
そう思い部隊に前進を指揮したその時であった。突如として先を進む部隊が落馬し、倒れ伏す。もがき苦しむ彼らを見やるとその者達や馬は皆、足先が切り落とされていた。
「いったい何事だ!?なにがあった!」
そう尋ねるも、絞り出すような声でわかりませんとの返事しか返ってこない。それどころかもがく度にバラバラと切り刻まれていく始末である。
「くっ、敵の新たな攻撃か?周囲をよく警戒しろ!何か、原因が見つかるやもしれぬ!」
足を止め、周囲をぐるりと警戒する。これは魔法攻撃なのか?それともまた不可視の武器なのか?
「隊長、あれを!」
1人の隊員が何かに気がついたようでその方向に目を向ける。なにもないように見えたが、よくよく目を凝らして見ると宙を血が滴り落ちているのが見て取れた。気をつけながらその場に近寄り、その空間を調べる。
「これは……糸?」
そう、普通に見てるだけでは気がつかないほどの薄く、細い糸が血によってその姿を露わにしていた。試しに少し触れてみると、それだけではめていた革のグローブに切り傷がつくほどの鋭さをもっていたためにゾッとする。ナイフを使って除去を試みたが、切断することはできず、それでもなんとかして無事に通れるように地面に着かせた頃には、そのナイフは刃が欠けて使い物にならなくなってしまった。
その際に先程の音がもしやこれを設置させるための音だったのではないかと脳裏に浮かび、ブワッと脂汗が出る。ほかに隊員が転がっている地点もよく目を光らせると、先程同様宙に赤い線があった。あちこちにこの凶悪極まりない糸でできた恐ろしい空間が広がっていたのだ。
「気をつけろ!足元によく目を凝らせ!我々は今凶悪な罠の中にいるようだ!」
このような備えがあって賑やかだというのは、もしやアムストルは我らが思うような小さくか弱い獲物などではなく、伏して待つ強大な狩人であり、密かに我らをも凌ぐ軍勢を蓄えていたのではないか?そんな考えが頭をよぎる。
「これは、一筋縄ではいかない相手だ……」
軽い戦だと思っていたが、未だ相手の底が見えぬ戦い方に私は戦慄したのであった。




