一時の安息
「ツムジさん……意外でした。僕はお父さんなら私のことを絶対に許さないだろうとイブキちゃんから聞いていたから」
海の見える場所からの帰り道、ウルさんがツムジさんに話しかける。
「ウル坊ちゃん、俺1人なら間違いなくイブキの読み通りやっていた事でしょう。それよりも、束縛やアンデットの衝動は本当にないのですかな?」
その言葉にウルさんは「蘇った時は確かに感じていたはずなのですがこの体になった途端に微塵も感じなくなった」と答える。
「体全体が作り変えられた感じです。まるで生前患っていた病が作用したかのように」
確かラタン姉の話では魔法でなんとかしたが母さんも同じ病になっていたという話だったな。死後も影響をする病と考えるととてつもなく恐ろしいが。そんなことを考えているとウルさんから話しかけられた。
「改めて、初めまして。君がキルヴィ君、だったっけ?ここに来るまでの間、母さんが亡くなったことも含めて君達の事をイブキちゃんから聞かされたよ。ありがとうキルヴィ君、君のおかげで母も救われたはずだよ」
「こちらこそ、初めましてウルさん。母さ……アンジュさんに拾われたおかげで僕はここまでやってこれたのです。感謝するなら僕の方ですよ」
「あはは、普通に母さんと呼んでくれて構わないよ。母さんもそれを望むだろうしね。なんなら僕の事も兄と思ってくれると嬉しいかな?生前は一人っ子だったから弟ができたと思うと嬉しいよ」
そう言ってウルさんはクロムやスズちゃんにも話しかけに僕のそばから離れて行った。ウル兄さん、か。次からはそう呼ばせてもらおうかな?
そういえばとツムジさんと話していたイブキさんに近づいて尋ねてみることにする。
「今も死者蘇生で母さんも蘇らせる事ってできるんですか?」
その言葉にツムジさんは耳に手を当てそっぽを向く。どうやら聞こえなかったことにしてくれるらしい。僕達にはとことん甘い、良いおじさんだ。それを見てからイブキさんは小声で話してくれる。
「本当は試そうとしたんだけどね。私の持っていた本わかる?あれを使ってウル君を蘇生したんだけど、成功したと思ったら手元から本が消えて、やり方がわからなくなっちゃったの。思い出そうとしても靄がかかったみたいになっちゃって……だからできないわ、ごめんね?」
それは少しだけ残念だな。近くで耳を側立たせていたラタン姉も少しだけ落ち込んだように見える。挨拶が終わったのかちょうどウル兄さんが戻ってきて会話に加わってきた。
「母さんに会えなかったのは残念だけど満足していたと思うよ。あ、ラタンさん改めてお久しぶりです」
「お久しぶりなのです。うーん、小さい頃を知っているウル君がいつの間にか大人になってるとボクとしてはちょっと複雑な気持ちです。そうだキルヴィ、アンジュの手紙持ってますか?」
ラタン姉に言われ、肌身離さず持ち歩いている母さんからの手紙を取り出す。年月が経ちすっかりくたびれてしまったが、まだちゃんと読めるものだ。それを手渡すと、ラタン姉はウル兄さんに回した。ウル兄さんはそれをスラスラと読んでいく。母さんと同じ速読術だろう。
その間にMAP機能の拠点にアムストルも追加する。今はなんの役に立つかわからないが、此処も今の僕にとっての旅の拠点に間違いないからだ。そういえば母さんから貰ったものにお守りがあったことも思い出し、ウル兄さんにそれも見せる。ウル兄さんはそれを手に取ったが僕は死んだ身だからこれは君が持っていてくれとすぐに返してきた。
「袋越しでもこれがなにかがウル兄さんにはわかるんですか?」
「その袋の焼印でわかるよ。貰ってから開けたことはなかったのかい?それはイレーナの家督を受け継いだ証で、イレーナの紋章が彫られた指輪が入っているんだよ」
僕は一度死んだ上に、この手紙にも書かれているように譲られたのはキルヴィなんだ。だからそれは生者の君に持っていてほしいなと言われる。母さんはお守りとして僕にそんな大切なものを渡してくれていたのか。改めて母さんの愛を感じる。
その時、クロムが大きな声をあげる。クロムが見ている先を見ると、いつかの町娘さんがいた。町娘さんもその声に気がついてこちらを見て、信じられないと口元を覆った。そのまま仲睦まじそうに話し始める2人を遠巻きに眺める。暫くするとクロムがこちらにくる。
「申し訳ありませんが、今あの子に食事に誘われまして……今晩はご一緒できませんがよろしいでしょうか?」
何故かソワソワしながら他人行儀になっているクロムに構わないよと伝えると、嬉しそうにその子の元へと走っていった。
「ほっほーう?お兄ちゃんにもようやく春が来たといったところですかねラタン姉?」
「そうかもですねぇ。いやぁ、いいですねえ」
姿が見えなくなったところでラタン姉とスズちゃんがはしゃぎだし、その辺り詳しくとイブキさんが乗っかっていく。
今はもう秋になりかけなのに何をいっているんだか、とその会話が僕には理解できなかった。ともあれ、今の会話の具合などからしてイブキさんとウル兄さんに関しての心配事はこれでなくなった。僕としては一安心である。平和なのが一番だ。今日の晩御飯はいったい何だろうかと僕達は宿屋へと帰ったのだった。
◇グミ視点◇
「なん、なんですかこれは……」
そう言いながら私は晩餐の席に届けられた2通の書状を握りしめる。私の尋常ならない様子を見て、当屋敷の食客となり向かいに座っていたセラーノがいったいどうしたのかこちらに尋ねてきたので、言葉なくその書状を渡す。
「なん、なんですかこれは……」
そしてセラーノも私と同じ言葉を漏らし、肩を震わせた。
私達をこんな風にさせた書状はノーラ首長国とドゥーチェ帝国から送られたものであった。別々の国からの書状、しかし内容は全く同じ内容のものであった。
「我々は同盟を破棄し、明後日よりアムストルを攻撃する。至急我が国の人民を送り返せ、ですか」
あまりに突然の宣戦布告によろめいてしまう。日数がない。これでは両国に対して質問を行う時間も、降伏宣言する時間も、町の人を避難させる時間もないではないか。
「なんとか、なんとかしなければ……」
「落ち着くのですグミ。落ち着いて、今できることを考えるのです。……町の人に下手に伝えるとパニックになりますね。こんな時にキルヴィさんがいてくれたら、なんとか逃げる時間くらいは稼げるのでしょうが」
「キルヴィさん?あの子にそんな力があるのですか?」
キルヴィという人物を思い浮かべるが確か子供だった筈だ。多少利発そうに見えたもののうちの自警団と比べるとそこまで頼りになるようには見えなかったが。
「ええ。かくいう私もキルヴィさん達に助けられたことがあるんです。あの時の力があれば、一時的にでもなんとかできる筈。でも、既に旅に戻られていて今は連絡が取れませんから無い物ねだりになりますね」
その時カシスが汗だくになりながら帰ってくる。今日は自警団の人と修練するといっていたが、もしかして今の今まで続けていたのだろうか?
「ただいま。廊下で聞こえたんだがキルヴィとか言ってたか?その子達なら今朝ごろこの町に戻って来てたぞ?」
「な、なんですって!カシスさん、私をキルヴィさんがいると思う場所まで今すぐ連れていってください!」
あまりの剣幕でカシスに詰め寄るセラーノに驚いたらしいカシスは後ずさりをする。
「セ、セラーノ殿、わかったから落ち着いて。せめて着替えさせていただけると嬉しいのだが」
「一大事なのです、そのような暇はありません!グミ、貴方もくるのです!時間は待ってくれないのですよ!」
鼻息荒くそう怒鳴るセラーノに連れられ、私とカシスは夜の町へと連れ出されたのであった。




