屋敷の少女
僕はラタン姉の言葉に耳を疑った。目の前のこの子に母さんと言ったのか?……そう言われてみれば、少し母さんの面影があるような、ないような。
「アンジュの、ボクが初めて会った頃の姿なのです。夢でも見てるのでしょうか……?ねぇ、アンジュなのでしょう?」
僕では母さんの小さい時の事なんて想像ができないからなんとも反応ができない。そうしている間に呼びかけられたのが自分なのかと首を傾げた少女に、ラタン姉が頷く事で答える。
「わたしのこと?わたしはね、気がついたらここに居たの!」
「それってどれくらい前からかわかります?日が何回沈んだかとか……」
「おそとずっとまっくらだったからわかんない!今も、ここがあかるくて、だれかいるとおもったからきたの!」
「わからないですかー、そっか結界で……」
そう言いながらもラタン姉はうれしそうに頬を緩める。会いたいと思っても、死別し2度と会えないと思っていた人にもう一度会えたとしたら、人はこのような顔をするのだろうか。……この中で一番イブキさんのことを理解できているのは、ツムジさんではなくラタン姉なのかも知れない。
「近づくな!」
僕達が警戒を緩め、歩み寄ろうとした時ツムジさんがすごい剣幕でこちらに呼びかける。その声と表情に驚き少女はビクリと震えた。よく見ると涙目になっている。
「皆よく考えろ、そこにいるのは確かにアンジュ様かもしれない。ラタン姉がそう見てるんだからな。かもしれないが、イブキが呼び出したアンデットかもわからないんだぞ」
この少女はツムジさんのいう通りアンデットなのだろうか。今まで遭遇したアンデットやグラウンさんと比べる。
少し離れたところにいるからしっかりとは見えないものの、それでも血色は悪くないように見えるし、透けていたりどこかが腐り落ちているということもないので僕にはとてもそうは見えない。仮にそうだとしても、グラウンさんのように自我を保てているので危険には思えなかった。
ラタン姉がツムジさんの制止も聞かずその子に近づき、かがみこんで目線を合わせた。手を伸ばせば届く位置だ。しかし、その子は何もせず、相変わらず涙目のまま目の前に来たラタンのことをじっと見ていた。そして、ラタン姉は何か感づいたように頷く。
「キルヴィ、MAPにこの子が本当に映っていないか、よく見て下さい。ボクの勘違いでなければ、すごく薄っすらとでも映ってると思います」
言われて意識を集中させる。すると、僕が初めてラタン姉に会った時に表示されていた薄さよりもさらに薄くマークがされていた。言われないと気がつけないほどだ。
「その顔は、どうやら映ってるということですね。やっぱりですか。この子は、アンジュであって、アンジュではないのですね……」
「じゃあやっぱりアンデットだということか!?」
近づいても大丈夫そうとみたのか、ツムジさんが掴みかかろうとするのをクロムが止める。
「落ち着きなさいツムジ。アンデットではありません。そして、この子はイブキちゃんがここに来たことも知らない筈です。なぜなら、今この時生まれた子なのですから」
アンデットでもなく、そして今生まれた?つまりこの子はーー
「この子はボクの同胞、と言えるのでしょうか、妖精みたいです。儚く、とても弱い力ですがおそらくはこの静かに朽ちていく屋敷を見かねて宿ってしまった家憑き妖精でしょう。ここは、妖精が好きそうな思い出がたくさん詰まっていますから……」
家憑き妖精。初めて聞いたがこの子がそうだと言うのか。母さんの小さい時の姿をしているのは、この屋敷に残った思い出を元に形を結んだためだろうかと、ラタン姉は言う。
「わたし、わるいこ?いらないこ?」
すっかり怯えてしまった様子の女の子に、ラタン姉がそんなことありませんよと頭を撫でる。この子は母さんでこそないが、それでもラタン姉に少しの安らぎをもたらしてくれたようだった。
「わたし、ここにいてもいい?」
「ええ、ええ。ここはボク達にとっても思い出深い場所なのです。家憑き妖精のあなたが居てくれればこれ以上、朽ちていく事はないでしょうし……この家を綺麗にできますか?」
「えっと、うん!じかんはかかるとおもうけどわたしがんばってきれいきれいできるよ!」
そういって手から淡い光を放ち、脆くなって穴が開いてしまった床板に向かわせる。するとみるみるうちに修復されていきその箇所が綺麗な床板になった。ふう、と疲れた顔で汗を拭う仕草をしてみせるその子。力は確かなものらしいが、今ので魔力を結構使ったらしい。パチパチとラタン姉が拍手をしてみせる。
「素晴らしいのです!今日はここに泊まらせて欲しいんですが良いですか?」
「わーい、おきゃくさんだー!」
その言葉と拍手に気を良くし、先程まで泣きそうだったのが嘘みたいにすっかり満面の笑みとなっていた。あの頃の僕に対してもだが、ラタン姉の小さい子の扱いには毎度恐れ入る。
「……すまないね、怖がらせてしまって。ちょっと気が立っていたみたいだ」
そんな様子を見て、ようやくアンデットではないと判断できたのかツムジさんがその子に頭を下げた。その様子にブンブンと首を振って応える女の子。
「んーん!だいじょうぶ!おじさんもげんきだして!」
パァッ!と花の咲いたような笑顔で応える女の子に、ツムジさんはただ深く深く頭を下げるのだった。
◇
「じゃあ、おにいさんがこのいえのあるじなの?」
張り詰めた空気が緩み、屋敷の中で自己紹介をするついでにこの家の話となった。母さんの手紙には僕に引き継ぐと書いてあったので、現在屋敷は一応は僕の持ち物ということになっている。そうだと頷くと、僕はその子に怒られてしまった。
「こんなふうにかべにとじこめるの、おうちがかわいそうなの!せめておそらくらいはみえるようにひらけてほしいな」
ううむ、それに関してはここでずっと暮らすなり、管理ができるのであれば当時からそうしたかったところである。ここに来るまでに光の定規で道を作ってしまったが、この森に来る人自体が少ないのであれば封印する必要は薄い、だろうか。
「わかった、屋根に当たる部分の壁は取り除くよ。ただし周りの壁は森が危険だと思うからまだ残しておきたい。たまには帰って来るつもりではあるけれど僕達は今旅をして回っているんだ。まだここに落ち着こうとは思ってないからその間、屋敷の管理は君に任せたいけれど、それで良いかな?」
そう尋ねると少女はぶすくれながらも頷いた。
「うー、しかたがないのです。わたしはあるじのはんだんにしたがうしかありません……」
「お願いしますね……えっと、そうか。名前がないから不便ですね」
そうか、精霊や妖精は種族名しか普通はないからこの子には今名前がないのか。これでは呼ぶ時に困ってしまうと僕達は頭を抱える。
「わたしはわたしだよ?」
当の本人は特に困った様子もなくキョトンとした感じでこちらを見ているようだが。
後輩なんだからラタン姉が面倒を見なさいとツムジさんがジェスチャーをすると、ラタン姉はさらに頭を抱えたのであった。
「あー、アンジュ!……はマズイですよねぇ」
パッと思い浮かんだ顔になり指を立てて母さんの名前を付けようとするが、流石にそれは止める。つけられた方も、つけた方も後々嫌でも差を認識して辛くなるからだ。
「うーん……でも、似てるんですよね。こうなると僕の頭ではアンジュしか浮かんでこないのです」
また悩み始めたラタン姉だが、そこに救いの手を差し伸べる者がいた。
「ラタン姉、それならアンジュ様から名前をとってアンなんてどうかな?」
「アン……?わたしは、アン!いい、すごい!わたし、アンっていうの!」
スズちゃんだ。その意見に誰でもなく食いついたのは先程まで興味なさそうにしていた当の本人であった。……決まりだな。
「アンですか……なるほど、良い名前なのです、スズ!何より当人が気に入ってるのです!」
外は夜の帳が下りたであろう時間だが、そんなことは御構い無しに賑やかになる。今だけはイブキさんという辛い現実から目をそらし、この楽しさの中で眠りにつけそうだった。




