懐かしき屋敷へ
◇ラタン視点◇
夜、皆が寝静まった頃にボクは庭先まで出て、今は夜空を見上げているのです。今夜は青い月の方が満月の日ですね。赤い月の方は半分かけているのです。
月日が経つのは早いもので、この町に初めて来た頃は小さかったキルヴィ達も気がつけば大きくたくましく成長していました。もし、今の姿をアンジュが見ることができたなら、きっと喜ぶことでしょうね。
「ラタン姉……隣、いいか?」
後ろから声をかけられ、振り向くとツムジがいました。手には果実酒の瓶と2つのグラス。
「ボクはお酒あんまり好きじゃないのですが……」
口を尖らせてそう言うとツムジは拗ねた子供のような顔になる。
「そう言わず、俺も久々なんだから付き合ってくれよ」
全く、ツムジは仕方がありませんね。咳払いをしてグラスを受け取り、果実酒を注いでもらう。果実酒は赤い綺麗な色をしていた。
「時が経つってのは早いもんだ。娘が産まれたのがつい最近だと思ったら、その子が結婚して孫まで産まれた。気がつけば俺も爺さん。すっかり、歳を食ってしまった」
その発言が既にジジ臭いですよツムジ、と返すとこれは手厳しいと苦笑いで返される。そしてグイッと一気にグラスを傾けた。
「どうせラタン姉の事だ、アンジュ様がこの場にいたらって事を考えてたんだろう?……間違いなく喜ぶだろうさ。アンジュ様はあの子達も、ラタン姉の事も大好きだったんだから」
返事の代わりにボクもグラスを傾ける。アルコールが喉を焼き、果実酒の豊満な香りが鼻を刺激した。苦手な感覚ですが、今この時に関しては少し良い感覚であった。
「アンジュ様は血こそ繋がっていないもののあの子達に次を託したんだ。俺とヒカタもイブキやナギに次を託すだろうし、ナギだって娘やこの先できるかもしれない子供達に託していくだろう。命ってのはそう言うものだろう?」
歳を重ね、悟ったようなツムジの言葉。その姿は生きてきたことに満足しているかのように見え、アンジュの晩年と重なり一抹の不安を覚える。
「ツムジ、貴方まさかどこか悪くなったのですか?」
お酒のせいか、少し震えた声で尋ねてしまう。ツムジはキョトンとした後、自分の発言を振り返ったのか納得したような感じでこう返した。
「ん?ああ、命に別状はないさ。ただ、ここのところ目がすっかりと悪くなってしまってね……まあ、そろそろ商会に関してもイブキとナギに後を任せて、隠居するとしようかって考えてるところさ。イブキが帰ってきたらその話をしたかったんだが、どこに行ったのやら」
そういえば昼間ボク達が到着した時も目を細めていた。あれは、懐かしさからだけではなく目が悪くなって焦点を合わせにくかったからなのか。
「まぁそのうちイブキも戻るだろう。それよりラタン姉よ、せっかくここまで帰ってきたんだ。少し足を伸ばしてアンジュ様達にも顔を出して行ったらどうだい?」
その言葉にボクは頷きを返したのだった。
◇キルヴィ視点◇
翌日、朝食の席で今後どうするかを検討するとせっかくここまで来たのだからと、ラタン姉の提案で母さん達と過ごした屋敷へと墓参りに向かうことになった。途中クロム達の生まれた村にもよるつもりだ。
「久々に帰れるなら、備えるものを見てきます」
とクロムとスズちゃんは朝の市場に出かけて行った。僕達は僕達でクロム達が戻り次第すぐ出れるように支度をしておこうと思う。
「屋敷に何か変化とかってありましたか?」
馬車の支度をしながらツムジさんにそう尋ねると、少し考えた後、返事をしてくれる。
「いや、壁越しだから正確にはわからないがつい2ヶ月前に行った時には特に変わったところはなかった筈だよ」
そうか、なら安心できるだろう。場所をよく知らなければあれが何なのか近づこうとする人もいないだろうし。そうこうしているうちにクロム達が戻ってきた。ちょうどそのタイミングで支度も整った。
急ぎの旅ではないが、昔のことを考えると往復5日くらいか。壁の中が荒れ果てていなければ良いが……
「キルヴィ君、お父さんと一緒にお願いね!私も生きたかったけどおチビちゃんいるからさ……」
「あなた、ここの留守は任せてくださいな。その代わりに私達の分もお参りしてきてくださいね」
ナギさんとヒカタさんにそう言われる。大きく頷き返して僕達とツムジさんで馬車を二台並べて走らせ、懐かしき屋敷へと向かうのであった。




