28話 搾取
「お父様、次はもっと派手で豪華なドレスを作らせましょうよ! このままじゃあ、私が目立たないじゃない!」
ロイドが報告書を読むのと時を同じくして、シュテルダム伯爵邸の一室では、ラリアの甲高い声が響いた。
そんなラリアを両親は落ち着かせながら、父である伯爵は申し訳なさげに眉尻を下げた。
「買ってやりたいのは山々なんだが……我が家にはもうそんなに蓄えがないんだ」
「どうして!? 辺境伯から受け取った支度金があるでしょう!?」
『麗しの天使』と呼ばれていた頃の優美な笑顔はどこにいったのだろう。
鬼のような形相で文句を垂れるラリアを余計に刺激しないよう、今度は母が口を開いた。
「……っ、それなら、領民の税を引き上げれば良いじゃない!」
ラリアの発言に、彼女に甘い両親も表情を曇らせた。
「そ、それはもうしている! だが、領民からの反発が強く、思ったように集められないんだ!」
「じゃあ、どうするのよ! お父様! お母様!」
ケイレム伯爵令嬢が参加した夜会でラリアが失言してしまった日以来、社交界での彼女の立場は一転した。
今やもう、ラリアのことを『麗しの天使』だなんて呼ぶ者はいない。
自分より美しい女性を貶し、またその時の形相が恐ろしかったことから、『穢れた悪魔』だなんて呼ぶ者もチラホラ現れたくらいだった。
中には、メロリーが流行遅れのドレスを着ていたのは家族たちの命令で、彼女を引き立て役として連れてきていたのではないかと推測する者も現れ始めた。
もちろん、そんな状況でラリアが自らを着飾ったところで、周りの評価を変えることはできない。
むしろ、着飾ることしか能がないのかとラリアは陰口を叩かれている。
所謂、逆効果なのだが、それが彼女や両親の耳に入ることはなく、また間違いを正すものもいなかった。
「私の評判が落ちたままじゃあ、お父様もお母様も困るでしょう!? 私は何をしたって絶対に──って、待って……? どうしてこんな単純なことに気付かなかったのかしら! お金の心配なんていらないじゃない!」
「「?」」
激しい怒号から一点、突然目をキラキラさせて楽しげに話すラリアに、両親は訝しげな表情を見せる。
ラリアはニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「この前の夜会でお父様たちもお聞きになったでしょう? メロリーお姉様が作る薬の、は、な、し!」
「え、ええ。確か、最近では貴族たちに大人気で、あのケイレム伯爵家のご令嬢が社交界に出られるようになったのも薬のおかげだという話でしょう?」
「ラリア、それがどうしたと言うんだ? しかし、理解できないな……。あんな出来損ないが作る役立たずの薬が、何故こんなにも人気になるんだ?」
父の発言に、母がコクリと頷く。
メロリーが作る薬の噂は、ちらほら耳に入ってきていた。
どれも、メロリーが伯爵家にいた頃に作っていたのと似たようなもので、決して喉から手が出るほど欲しいものではないため、理解に苦しんだ。
「さあ? 私にも分からないけれど、理由なんてどうでも良いじゃない? メロリーお姉様がまだ我が家の人間だってことが重要なんだもの!」
「! なるほど……そういうことか!」
ようやくラリアが言わんとしていることを理解した父は、未だに顔に疑問符を浮かべている母へと説明を始めた。
「我が家の天使……ラリアは気付いたのだ。メロリーが作った薬の売上は、自動的に我が家に入ってくるということを!」
「! そういうことね……!?」
「ふふっ、お父様もお母様も、気付くのが遅いんだから!」
この国では、未婚の女性が販売等の事業を始めた場合、収入は実家の当主に、結婚している場合は夫に入るようになっている。
自らに収入が入ってくるようにするには、その事業や商品を国の厳しい審査に通さなければならず、年に一つか二つ通れば良い方だという。
厳しい審査の詳細を、ラリアたちは知らない。
ただ、風の噂ではその事業や商品の有用性、民や国への貢献度のようなものが測られ、合格ラインはかなり厳しいようだ。
「出来損ないのメロリーお姉様が作る薬が、その審査に通るとは思えないわ? つまり、私たちが何をしなくても、薬の売上が勝手にお父様に入ってくるってわけ!」
「さすがはラリアだ! 金が入り次第、直ぐにドレスを買ってあげるから、少し待っていなさい」
「ふふ、楽しみに待っていましょうねぇ、ラリア」
「はーい!」
ラリアはニッコリと微笑むと、弾んだ足取りで自室へと向かい出す。
(お姉様ったら惨めね)
せっかく薬が日の目を浴びたのに、ほんの少しも自分の収入にならないなんて──。
とはいえ、婚約相手は変態辺境伯であるロイドだ。彼の収入になったって、何に使われるか分かったものではない。
それなら、実家の役に立てる方がメロリーだって嬉しいだろう。
(ふふ、お姉様には感謝してもらわなくちゃ。生まれた頃からずっと役立たずだったけれど、ようやくこうして我が家のためになれるんだし)
──むしろラリアは、そんなふうにさえ思っていた。
だというのに、一ヶ月後。
実家に届いたとある書面を両親と共に読んだラリアは、顔を真っ青にして口をあんぐりと開いた。
「メロリー・シュテルダムが作る薬が国の厳正なる審査を通過したため、収入は個人に入るものとする、ですって……?」
結論となる一文を読み上げたラリアからは、「は? え? 何で?」と動揺の声が漏れる。
いつ頃メロリーの収入が入ってくるのかという通達だと思っていたのに、これはどういうことなのだろう。
「有り得ない……! あの出来損ないが作る薬が、国に認められるなんて……!」
「私だって信じられないわよ! でも見てよ、貴方……! ここにしっかりと書いてあるじゃない……!」
ラリアが体を石のように固めている一方で、両親は口論を始めた。
それもそのはず、ここ一ヶ月、メロリーの収入を当てにしていた両親は、ほんの僅かに残っていた財産もラリアが着飾ることに当ててしまったのだ。
このままでは、ドレスや宝石類を買うどころか、自分たちの今後も危うい。
(どうしよう……。これじゃあ新しいドレスを買えない。あの頃の輝きが、取り戻せない……っ)
もともと、父は領地経営の手腕など持ち合わせておらず、自ら事業を立ち上げる才能も皆無だった。
母も同様で、更に社交が得意でなかった彼女は人脈もなく、情報を得る伝手もなかった。
両親は互いにそれを理解してか、昔からラリアが捕まえてきてくれるだろう有望な婿の存在にかけていたところがあった。
それが、ラリアへの甘さに繋がっていたのだ。
しかし、そのラリアの評判も今や地の底だ。
最近では、有益な薬を作るメロリーを両親が出来損ないの魔女だと言っていたことも貴族たちにバレてしまい、ラリアだけでなくシュテルダム伯爵家の評判は悪くなる一方。
周りに援助を求めても無駄だということくらいは、ラリアたちにも理解できた。
「あっ、そうだわ……!」
絶望の状況だったが、ラリアははたと思い付いた。
両親たちに顔を上げさせた彼女は、一切悪びれる様子なくこう口を開いた。
「何か理由をつけてメロリーお姉様をこの家に呼び出して、薬の収入が我が家に入るよう一筆書かせたら良いのよ!」
「! その手があったか……!」
ラリアの言う通り、メロリーが申請さえすれば、彼女の収入は実家の当主に入るようになる。理論上、可能なことではあった。
「けれど、おそらくメロリーは収入を得るために、自分で審査の手続きを行ったんでしょう? 大人しく一筆書いてくれるかしら……。そもそも、呼び出しに応じる?」
「大丈夫よ、お母様! 大怪我をしたから貴女の薬で助けてほしい、とでも書けば、あのお姉様なら直ぐに帰ってくるわ! それに、メロリーお姉様は今、あの変態辺境伯のところにいるのよ? どんな目に遭っているか分かったものではないわ。婚約は解消して、今後は我が家の離れで好きなだけ調合していても良いわよって言ったら、きっと喜んで了承してくださるわよ」
ラリアが高らかに言えば、両親は確かにというように納得したようだった。
(ふふっ、この計画なら完璧ね……!)
一度は予定が狂ってしまったけれど、今度こそ大丈夫なはずだ。
ラリアは厭らしく口角を上げると、早速メロリーを呼び出すための手紙を書こうと両親に提案したのだった。
お読みいただきありがとうございました!
皆様、メリークリスマス!
素敵なクリスマスをお過ごしくださいね〜(>ω<)
我が家は息子たちが発熱しました……。




