66.幸せな日々
でも、何となく腑に落ちません。
「何故ですの?グレン様」
そういう時は直接聞くに限りますよね。
「何がだ」
「父への温情です」
だって実の父親すらさっさと追い出したのに、どうして私の父には2年も猶予を与えるのかしら?
「……すまない」
「違うって分かっていますよね?私が欲しいのは謝罪では無く、その理由です」
こういう時、グレン様とコニーは同じような反応をします。ただ、モジモジとして視線を逸らす熊は大して可愛くありません。
「……子爵がいなかったら、君が伯爵家に来ることは無かったから……」
………は?
「え、たったそれだけ?」
「とても大切なことだろう」
「ええ?」
そんな、ムッとされましても。
さすがに驚きました。まさかの父は彼にとってキューピッドだったようです。
「グレン様は本当に私が好きなのですね」
「なっ!まさか伝わっていなかったのか!?」
ごめんなさい。もしかしたら丁度良かっただけなのかな~とは思っていました。家族になるのに適切な人材といいますか。
「だって貴方からは、その……抱きたいとか、そういう熱を感じたことがありませんもの」
抱きたいと思われたいわけではありません。ただ、好きだとそういうことがしたくなるのよね?という、ただそれだけです。
「……もともと少し苦手なんだ。そういう行為が」
「まあ」
そんな殿方が存在するんですの?
「……母は本当は父を愛していなかった。ただ、身分が低く、逆らえなかっただけだった」
お母様は確か男爵家の三女でしたね。このお屋敷でメイドをしていたと聞いています。使用人の立場で主人にNOと強く言えずにそういう関係になってしまったのでしょうか。
貴族でも貧しい貴族は平民以下の暮らしだったりしますもの。紹介状も無く辞めさせられるのが怖かったのかもしれません。
「……私が生まれたせいで未婚の母になり、とても苦労したはずだ。それを思うと……そういうことが少し苦手になってしまった」
本当にもう。不幸を存分に味わってしまったグレン様はいつでもマイナス思考です。
「ダイアナさんとの営みに幸せは感じられませんでしたか?」
「はっ!?なっ……そんなことを君に説明するのかっ!?」
「あ。」
やってしまいました。さすがに今の質問は酷過ぎます。
「……あの、違うんです。揶揄っているとかでは無く……その、少し好奇心といいますか」
「好奇心」
「だってっ!気になるじゃないですか!物語みたいに最愛の人とのアレコレは幸福に包まれちゃったりするのかということはっ!」
ううっ、恥ずかしい。消えたいっ……!
ちょっとそんな多幸感があるのかが知りたいと思っただけで、営みの感想が聞きたい訳ではなく!
……痴女……これではただの淫乱娘だわ……
「その、すまない。たぶん、物語とは随分と違うと思うぞ」
……真面目に答えてくれちゃうのですね。
「特に女性は……その、何というか……。
まず、お互いを見せる勇気がいる」
「勇気……」
「その場では、衣服も、立場もすべて脱ぎ捨てて身一つになるんだ。勇気がいるだろう?」
「そうですね」
それは何とも心許ない。
「女性は……最初から快楽を得られることは少ないと聞く。それでも、物語の中でそのように幸福だと描写されるのであれば、それは心の方なのだろうな」
そうか。最初から快楽は無いのですね。
いえ、致す気もまだ無いのでいいのですけど。
「たぶん、その物語は色々と年を重ねた人物が書いたのではないだろうか」
「……確かに」
「だから、本来ならば心から愛し合う男女がするべき行為なのだと、私は思う。
だから、その……君は情は深いが、その、恋愛は不得手だろう。だから別に……お互い無理をしてする必要はないと思っている」
私達は駄目親のせいで、何かがきっと歪んでいるのでしょう。でも、歪んだなりの幸せを探せばいいということでしょうか?
「……もちろん君が望んでくれたら私は嬉しいのだが」
思いっきり考えることに真剣になっていた私はグレン様の言葉を聞き逃してしまいました。
「え?ごめんなさい、もう一度言ってもらえます?」
「は!?いや、え~っと……そう!私には温かい家族以外にも夢があって!」
グレン様の夢?それは聞きたい気がします。
「お聞きしてもいいですか?」
「……その、……老夫婦に憧れる」
「それはどういう?」
老夫婦?まさか若者は苦手でご年配者に憧れを抱く的な?
「年老いて皺が増えて、髪だって白くなって。それでも仲睦まじく共にある姿が本当に美しいと思ったんだ。
だって、そこに辿り着くまで、たくさんの出来事を共に体験し、何年、何十年と手を携えて生きてきたのだろう。
そんな姿に……私は憧れる」
──ああ。愛おしいな。
今、初めてグレン様を愛おしいと思えました。
子供みたいだからとか、熊さんだからとかではなく。
「素敵ですね」
「……本当に?」
もう。なぜ信じないのかしら?
この人はいつも私の幸せな気持ちに水を差すから腹が立ちます。
「グレン様、屈んで下さい」
おずおずと言うことを聞くのはいつも通り。
ちゅっ
そんな貴方に誓いのキスを。
「病める時も健やかなる時も、共に歩むことを誓います」
これは男女の愛とは違うのかもしれません。
ただ、貴方の望む老夫婦が素敵だと思ってしまったの。
「夫婦の誓い。していませんでしたから」
「あ、……え?」
「素敵な老夫婦を目指すのでしょう?」
「えっ!?」
固まってしまった旦那様におやすみなさいと告げて部屋を出る。
「奥様は悪女ですね」
「ノーランはどうしてここに?」
「明日のご予定を確認しておりませんでしたから」
そういえばまだでしたね。ところで悪女とは。
それにしても、デイルったらドアをちゃんと閉めなかったわね?
「聞こえていたの?でも、私って悪い女だったかしら」
「旦那様を思いっきり弄んでいらっしゃいますよ」
「何のことです?私達に男女の愛など初めからありませんが。何か問題が?」
ダイアナさんの言葉を思い出しました。彼女もこんな気持ちだったのでしょうか。
そうなのです。私達に男女の愛など初めから無くて。
ただ、家族としてプラス、老夫婦としての愛が芽生えたようなのです。
まだ乗り越えてきたものは少ないですけどね。
「グレン様の話を聞いて、素敵な老夫婦を目指すのも悪くないなと思った次第です」
「……今初めて旦那様に同情したよ」
そうでしょうか?だってグレン様の夢でもありますのに。
「いや、いいよ。いいですよ。最高です。奥様はずっとそのままでいて下さい」
「……何だか馬鹿にしてません?」
「いえ。私的にはとっても楽しくて幸せなのでまったく問題ございません」
「そう?」
「ええ、もちろん。お嬢様達だってそのままの奥様を愛しているからこちらも問題ありませんよ」
何だか含みを感じるけれど。
「まあいいわ。明日だけど、デイルが領内を見て回りたいそうなの。どこがいいかしら」
◇◇◇
それからも特に変わりはなく。
そうですね。変化といえば、グレン様と手を繋いでお散歩をする様になったくらいでしょうか?
だって、目指せ、仲良し老夫婦ですもの。
「そろそろ社交シーズンですから王都に向かう準備をしなくてはいけませんね」
「……そんな季節は消えて無くなればいい」
「そんなに嫌ですか?貴方とお揃いの衣装を考えようと楽しみにしていましたのに」
「いや!楽しみだ、すごく楽しみだ!」
グレン様は案外と分かりやすい仲の良さがお好きですよね。
「子供達もダイアナさんに会えるのを楽しみにしていましたよ」
「……そうか」
「嫌ですか?」
「そうだな。やはり……嫌かもしれない。だが、ダイアナが私に意地悪をした気持ちも少し理解出来た……かもしれない」
要するにヤキモチですものね。
大切な存在の一番でありたい。その気持ちは分かりますが、我慢は大切です。
「貴方はちゃんと送り出してあげるでしょう?」
「……フェミィ達が望む限りはな」
「いいお父様ですこと」
ほら。噂をすれば天使達の足音が。
「父さま達、み~つけた!」
「授業は終わったのか」
「はい!今日の小テストは満点でした」
「まあ、凄いわ。よく頑張りましたね」
「僕は一問だけ間違っちゃった……」
「ふふ、ちゃんと見直しをしなかったのかしら?」
「だって午後からのお出かけが楽しみだったから。ねえ、だめ?もしかしてお出かけなくなっちゃう?」
今日は午後から家族全員で視察という名の町へのお出かけです。コニーはとっても楽しみにしていてくれたみたい。
「まさか!無くなりませんよ。お着替えをして出かけましょう?まずは美味しいものを探しましょうか」
「串焼き!前食べたの!すっごくおいしいから母さまも食べて見てよ!」
「私はクレープかな。前は苺を食べたから、今度はブルーベリーがいいわ」
「どちらも美味しそうね」
こんなにも幸せでいいのかしら?
天使達を見るといつも思います。
「母さま、いこ!父さまも!」
「お母様は今日は私のとなりよ!じゃんけんで勝ったわ!」
「ええ、行きましょうか」
今日もミューア家は仲良しです。
【end】
終わる終わる詐欺を白状してもいいですか!
老夫婦エンドを迎えたミッシェル達ですが、もう少し続きを書きたいと思ってしまいまして。
少し書き溜めてから第二幕を始めたいと思います。
出来ましたら、これからのミッシェル達をお待ち頂けると幸いです。




