65.子爵家の今後
「姉様!」
「久しぶりね、デイル」
学園が長期休みに入った為、デイルが伯爵家に来ました。子爵家について話し合う必要があるからです。
「姉様は雰囲気が変わりましたね。なんだか柔らかくなりました」
そうでしょうか。確かに、子爵家で暮らしていた頃は色々と余裕がありませんでしたし、もっとキリキリしていたのかもしれません。
「幸せそうでよかった。ちゃんと愛されているんだね」
はい、天使達に!熊さんもがんばっていいお父様を目指してくれています。
「デイルは背が伸びたわ。いつの間にこんなに大きくなったの?」
「夜、寝ていると体が痛くて大変だったんだ!」
まさかの成長痛まで。背だけでなく、華奢だった体が随分と逞しくなっています。
「学園では剣術の授業もあるからね」
「そう。怪我が無くてよかったわ。さ、中に入りましょう。皆貴方が来るのを楽しみにしていたのよ」
屋敷に入るとフェミィとコニーが待ち構えていました。
「ようこそいらっしゃいました!」
「はじめまして、ミューア家の長女ユーフェミアと申します」
「僕はコンラッドです」
「「ミッチェ母様の子供です」」
あらあら。可愛らしい挨拶と仄かな威嚇が可愛らしいわ。
「可愛いでしょう?私の大切な子供達なの」
デイルは少し驚きながらも、
「本日はお招き下さりありがとうございます。
私はデイルと申します。姉を大切にして下さってありがとう。幸せそうな姿を見られてとても嬉しいです。
どうか私とも仲良くして下さいますか?」
さすがは我が弟。子供相手でもしっかりと挨拶が出来ています。デイルは素敵でしょ?仲良くしてくれると嬉しいわ。
「いいよ!ミッチェ母様のお話聞かせて?」
「そうね。ミッチェ母様は子供の時どんなだった?」
警戒心が消えたのはいいですが、なぜそんな質問を?
「姉様はね、すっごく優しくて美人で私の自慢の姉だったよ」
「そうなの?」「それで?」
「……デイル?恥ずかしいから止めましょうか」
弟が変なことを言い出しました。
「なぜです?やっと姉様の自慢が出来るのに!あ、学園でも姉様の自慢はしまくりましたけど」
「何をしてくれているの!?」
「だって、家では言えなかったんだよ?やっと自由に姉自慢が出来るんだ、もう嬉しくって!」
おかしいわ。デイルはこんな子だったの?
それでも、学園の話に子供達が食い付き、あれやこれやと質問しながら楽しく過ごしました。
暫くするとグレン様が戻って来ました。
東地区で橋の補強工事をする為の視察日が雨のせいでズレてしまったのよね。
「遅くなってすまない」
「おかえりなさい、グレン様」
まあ、汗をかいてるわ。どうやら馬を飛ばして帰って来てくれたみたいです。そこまで慌てなくてもよかったのに。
ハンカチで汗を拭いてあげて、ササッと手櫛で髪を直します。
「す、すまないっ」
「いえ。弟のために無理をしてくれてありがとうございます」
相変わらず純情だわ。でも、このくらいで照れないでほしいです。だって扱いはコニーと変わらないのですよ?
あら。デイルが目をまんまるにしています。見た目は大きな黒熊さんだけど恐くないですよ、と手紙に書いておきましたのに。
「デイル、こちらがミューア伯爵よ」
「招いておきながら留守にして申し訳なかった。グレン・ミューアだ」
グレン様の挨拶でようやく我に返ったようだ。
「と、とんでもございません。ご挨拶が遅くなり申し訳ございません。デイル・モーフェットと申します。学費等の支援をして下さり本当に感謝しています」
よかった。怯えていたわけではないみたい。
グレン様も随分と表情が穏やかになりましたものね。
それからは子供達を中心におしゃべりに花を咲かせ、晩餐も賑やかなものとなりました。
「デイル様、明日も遊べる?」
「もちろん!また明日ね」
「おやすみなさい」
すっかりと懐いてしまったようです。
「ヤバイね、あの可愛さ」
「でしょう?天使でしょ?」
さて。子供のお話はこれでおしまいです。
「デイル殿、疲れてはいないか。話は明日でも大丈夫だが」
「いえ。できれば早くにお聞きしたいと思っております」
それから、子爵家の現状を説明しました。
やはり、領地の経営が上手くいっておらず、かなりの梃入れが必要とのこと。
「残念ながらモーフェット子爵には経営の才が無い。何よりも努力する気持ちが足りていない。
どうやら彼は、君が王都の学園で好成績をとり、王宮に勤めることを期待しているようだ」
「……まさか領地を手放すつもりですか?」
「ああ。君と一緒に王都に移り住み、昔のように人にチヤホヤされる生活を望んでいるらしいな」
この話を聞いた時には本当に驚きました。才能の有る無し以前に、信じられない程の阿呆であったということです。
「君の意見が聞きたい。君は卒業後、どの進路を選ぶ?」
デイルの成績は今のところ中の上といった所です。幼い頃から家庭教師をつけている家が多い中、独学でその成績ならば今後に期待出来るでしょう。
だから、本人が望むのであれば王宮に勤めることも夢ではありません。
「……私は領地をもっと豊かにしたいです」
「かなり大変だぞ?」
「それでも、私が生まれた場所ですから。
父の望みは私の望みではありません。父には早めに引退してもらえるよう説得します」
正直、デイルが王都での生活を望んだとしても責める気はありませんでした。
父の負債を背負わせるのが不憫だったのです。
「……やはり姉弟だな」
「自慢の姉ですから」
「そうね。自慢の弟だわ」
デイルは自分が辛いからと逃げるような子ではなかったわね。
「では、私が力を貸すよ」
「……本当ですか?」
「ああ。まず君はこのまま学業を頑張ってくれ」
「え、それでいいのですか?」
「ああ。学園は勉強だけでなく、今後に関わる繋がりを結べる。………私はそれを疎かにしたから……かなり苦労した……」
あ、コミュニケーションが苦手だったから。
「兄の友人や……その……前の妻のおかげで何とかなった人間だ。君は社交性があるし、その外見もかなり有利だ。だから君はそういった土壌作りを頑張りなさい」
ふふっ、凄く恥ずかしそうだわ。
「……笑わないでくれ」
「今は違うからいいんですよ。笑い話になっているのですもの」
「……そうか。あ、いや、私の話はいいんだ」
強面のオジサンの照れ具合に、デイルが生温かい笑みを浮かべています。
「君が学生の間は、まず領地の運営を任せられる人間を派遣しよう。私も一度見に行ってある程度の方針を固める。私を信じて任せてもらえないだろうか」
「そんな!この伯爵領を見たら分かります。伯爵が領地を大切になさっているって。
ただ、本当にいいんですか?かなり負担になってしまうのでは」
「いや。こちらはもう軌道に乗っているからな。部下も育って来ているし。
それに子爵領は悪い土地では無い。改善点はたくさんあるから、頑張り方次第で変えていけるよ」
グレン様はお仕事の話になると饒舌になりますね。お仕事が楽しいタイプなのかもしれません。
「君が卒業するまではお父上は様子見かな。変わってくれたらいいが、無理ならば君が18歳になった頃に爵位を譲ってもらおう」
「……父が言うことを聞くでしょうか」
「大丈夫だ。そういう輩に言うことを聞いてもらうのは得意なんだ」
笑顔が怖いです。久々に魔王を見ました。
もしや、前伯爵が早くに爵位を譲ったのって……
いえ、気にしませんよ?だって愛人を作って子供まで作っておきながら、守ってもあげなかった駄目な人ですもの。諸悪の根源に同情など致しません。
「あの、義兄上と呼んでもいいですか?」
まあ。デイルの目がキラキラしています。
「あ、ああ。もちろん」
「私のことはデイルと呼んでください、義兄上」
「わ、わかった、よ。その、デイル」
「はい!」
あい変わらず好意に弱いグレン様はデイルからの尊敬の眼差しに押され気味で面白いですわ。
さて。2年後の父はどうなっているかしらね。
あの日、朝食無しで追い出されたことを私は忘れません。ですので、お父様が爵位を奪われ放逐されても、私はまったく気にしませんから悪しからず。




