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【書籍化決定】愛など初めからありませんが。(第一章完結、第二章準備中)  作者: ましろ


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63.家族の特権(2)

「すまん、酒しかないんだが」

「じゃあ少しだけ飲んじゃいます?」


朝からダイアナ様プロデュースで着飾られ、子供達からのプロポーズ。さらに罰ゲームもあったりで何だか少し疲れました。


「これならあまり度数が高くない」


そう言って注がれたのは林檎酒のようです。

爽やかな林檎の香りが口の中に広がって、少し体の力が抜けました。


「お疲れ。子供達がはしゃいでいたから疲れただろう」


グレン様に子供達のことで気遣われる日が来るとは思いませんでした。


「でも、あんなに喜んでくれて嬉しかったから」

「……そうか」


グレン様は何も飲まないのですね。少し残念です。熊が林檎……蜂蜜もプレゼントしたくなりますね。それともドングリかしら?

つい、想像した絵面に笑ってしまうとグレン様が不思議そうに見つめてきました。


「……すみません」

「いや、笑ってくれるならいい」


おかしな会話だわ。だって熊さん扱いされているのを知らないくせに。


「あの、お話とは?」

「契約書が出来た。中身を確認してほしい」


そう言って内扉から隣室に向かう……という、いかにも夫婦のお部屋っぽさを見せられて、少し居た堪れなくなりました。


見せてもらった契約書は──


「本気ですか?」

「何か駄目だったか」

「こんなの、私に都合が良過ぎます」

「それなら問題は無いな」

「ありますよ!そういう所です。グレン様の良くないのはそういう所っ!」


どうして無条件にすべてを与えようとなさるのかしら!


「……あの、どこが悪いか教えてほしい。直ぐに作り直すから」


ションボリしないで。今の貴方は私の中で熊さんなのよ。ションボリ熊さんなんて可愛いでしょう?


「だから全部です。どうして私にだけ利があるんです?私は与えられるだけの人間にはなりたくありません」


そうやって何でも簡単に与えまくるから、ダイアナさんがあんなふうに駄目駄目になったのだと、どうして分からないのかしら。

与えるだけが愛情ではありませんのに。


「……それは違う。君は……こうして、私に温かい家族というものを与えてくれた。私がずっと欲しかったものだ。

だからこの程度の条件や金銭などどうということはない。まだ足りないくらいだよ」


もう。もうもうもうっ!どう言えば伝わるのかしら。


「私だって同じです。不幸自慢ではありませんが、温かな家庭なんて私だって知りませんよ。弟がいたのが救いでしたけど、そんな弟だけが優遇される家庭でしたわ。

家族になることを望んだのは私です。今、幸せなのは私も同じなんですよ。

だから、こんな不公平な契約書は駄目です。認められません」


私は慈善事業として妻でいることを選んだわけではないと、どうして理解できないのでしょうか。


「……だが……私は貴方に女性としての幸せは与えてあげられない……。

今はフェミィ達も幼いが、きっとあっという間に大人になるだろう。そうなった時、君はどうする?

こんな、愛してもいない私しか君の手には残らない。そんなのは駄目だ。

だから、そうなった時の為にも、離縁や慰謝料の条件を入れておくべきだろう」


女としての幸せ?そんなもの……


「私が選んで掴んだ未来です。だってコレが一番欲しかったんです。もちろん子供達が大人になった時のことだって考えました。それでも、私が選び取ったんです。だから、そのことをまるで憐れむかのように扱うのは止めていただけますか。

せっかく幸せだったのにすっごく不愉快です。腹立たしいです。勝手に私を不幸にしないで!」

「ミッシェル…」

「ミッチェですよ」


私が不機嫌全開で睨み付けていると、グレン様は何度も何かを言いかけ、止めてを繰り返しました。


「……その……ごめんなさい……」


え、何ですかその謝り方は。コニーみたいになっていますよ?


「謝罪は受け入れます。でも、次は本当に許しませんから」

「……すまない」


グレン様はすっかりと小さくなっています。大きいですけど。ああ、でも。


「私も謝らなくてはいけません」

「……なにを」

「この部屋です。家族の部屋だって勝手に決めました」

「大丈夫だ。君の望む通りで」

「そうではなくて。……その、貴方を完全に拒絶した訳ではないのです」


私も駄目ですね。きっと貴方を傷つける言葉でした。


「貴方が私の気持ちを待ってくれると言ってくれたから甘えてしまったんです」

「……それは」

「正直分からないのです。なんせ恋一つしたことがない小娘なので、どうしたら正解なのかまったく分からなくて。

それでも、家族になったのだから、夫婦なのだから、いつか貴方を愛せたらいいと思っています」

「……その気持ちだけで十分だ」

「信じてくれてます?」


何となく真剣味が足りない気がしますよ。


「いや……だって……、絶対に無理だと思っていたんだ。私は……君を傷付けた」

「あ。もしかして、あの時の約束を守っているからお酒を飲まないのですか」


言った私の方がすっかり忘れていたのに。


「だから、君がそう言ってくれただけで十分(じゅうぶん)幸せだ。……ただ……もし、その契約書が不服だというのなら、ひとつだけ私の願いを聞いてくれないか」

「……何ですか?」

「嘘を吐かないでほしい」

「そんな、嘘なんて」

「私を夫として愛せなくていい。他に好きな男が出来てもいい。

ただ、君の心に嘘をついて、無理に私を選ばないでくれ」


……何て悲しい願いごとをするの。


「そこは私を振り向かせられるように努力すると言うところです」

「……そうか」

「それに私は嘘吐きが嫌いです」

「………そうか……うん、そうだな」

「そうです。そんな暗い未来じゃなく、幸せを掴むための方法を考えて下さいませ」

「もう掴んでしまったからな」

「もっとですよ。まだまだ、もっともっと幸せはあります。だから、一緒に育てましょう」

「見つけるんじゃなくて?」

「あれもこれもは要らないです。今ある幸せをもっと大切に育てるんです。

花と同じですよ。今の幸せはまだ芽が出たばかりなんです。だからこれからは二人でお水や肥料をあげて大切に育てましょう。そのうち綺麗な花を咲かせますよ」


枯れてもまた新しい種が出来て、それはどんどん増えていくことでしょう。子供達が大人になったら寂しい未来しかないなんてさせないもの。


「幸せって増えるんですよ」

「……君は物知りだな」

「グレン様とは知っているジャンルが違うのです。お互いに教え合えばいいでしょう?」


グレン様みたいにお仕事とかの知識はありませんし。そうだわ、夫人としてのお仕事も増やしてもらわないと。


「……今日、君が罰ゲームを受けてくれてよかった」

「あ、酷いです」

「たまには、こうやって話が出来ると嬉しいのだが」

「では、上手におねだりして下さいませ」

「ぐっ、……おねだり……難易度がっ」


夜のおしゃべりは不思議です。何故か普段よりも大切なことまで話せてしまうのですから。


「さあ、そろそろ寝ましょうか」

「そうだな。フェミィが蹴られる前に壁にならないと」

「フフッ、いいお父様ですね」


これからどうなるかは分かりません。それでも、幸せの花が咲き乱れるように大切に育てていきましょう。






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