52.どうして?(2)
「あ。どうして母さまは母さまやめたの?」
お部屋の空気が凍り付きました。さすがのノーランですら固まっています。
「違うわ、コニー。お母様がやめたのは、お父様の妻でいることよ」
「つま?」
「えっとね、奥様……お嫁さんよ。伯爵夫人でもいいけど」
「めがみじゃないの?」
「それもあったわね」
子供達の場違いに和やかな会話だけが続いています。
「んとね。じゃあ、もういっかいね?
母さま。どうして父さまのおよめさん、やめちゃったの?」
部屋の中に沈黙が流れ、呼吸音すら響きそうなほどです。
私はちゃんと伝えるつもりはありましたよ?
でも、彼等の瞳はダイアナ様をロックオン。彼女の言葉を求めています。
母親としての説明を望んでいるのです。
「……お母様ね、病気になってしまったの」
「たいへん!せんせーよばなきゃ!」
「待ってコニー。……それはもう治ったの?」
「ええ…、一年近くかかったけど、何とか」
「そのご病気は、この家では治せなかったの?」
「……」
「どっちですか?」
「……たぶん、大きな病院じゃないと無理だったから……王都には行ったかも」
「なおってよかったね!」
「……ありがとう」
少しホッとしていますが、彼等は今、小悪魔な狩人です。どこまでも狙ってきますよ。
「ん?びょうきと~、父さまのおよめさん。どうして?べつっこよ?ちがうおはなしだよ?」
「そうね。王都に行くのに、家出する必要はないわよね。どう繋がるの?」
ほら。彼等が納得するまで質問は続きますよ。
「……お母様ね。死ぬかもしれなかったの。もし、お母様が死んじゃったら、お父様も死んで追いかけてくるかと思って……そしたら、貴方達が二人だけ残されちゃうでしょう?そうなったら困ると思って、病気は内緒で出ていったの」
「……父さま、死なないよ?」
「お父様はお母様が大好きだから、いないと悲し過ぎるから死んじゃうと思ったの?」
「……そうよ」
「父さま、死なないよ!だって、ぼくがいるもん!姉さまもいるもん!おいてかないの!おいてったのは母さまでしょ!?うそつきっ!!」
コニー様が大きな声でダイアナ様を責めました。
「父さま、またおとまりしていいっていった!父さま、やくそくしたよね?うそじゃないよね?
……ぼくのこと、おいてかないよね?」
大きな瞳からポロポロと涙がこぼれてしまいました。本当はずっと置いて行かれた寂しさを抱えていたのでしょう。
私も置いて行かれた悲しみを知っています。あの悲しさを、こんなにも小さな子が味わい、苦しんでいたのです。
ダイアナ様の目に、コニー様の涙はどう映っているのでしょうか。
「ああ、約束したな。嘘はつかない。お前達を置いていくはずないだろう?」
旦那様が優しく抱きしめ、背中をポンポンと撫でています。子供達とのスキンシップがずいぶんと上達しました。
「……どうしてお母様を責めるの?」
「嘘つきだからよ」
「なっ!?嘘なんか吐いていないわっ!」
「じゃあ、どうしてブレイズを連れて行ったの?」
「!?」
ダイアナ様は、子供達が気付かないと思っていたのでしょうか。屋敷から同じ日にいなくなれば、一緒に出て行ったと分かるに決まっていますのに。
お二人を子供だからと侮っていたのでしょうか。
「ブレイズだった理由は何?彼よりポーラの方がずっと役に立ったと思うけど。
だいたい私達の為?だったら、私達をお祖父様のお家に連れて行けばよかったでしょう?
そしたら、もしもお父様に何かがあったとしても私達は二人だけにはならなかったわ」
フェミィ様は本当に賢くて……可哀想です。
ダイアナ様の卑小さが分かってしまっているのでしょう。
「……母さま。父さまね、ちゃんとお願いきいてくれるよ?ごはんおしえてってかいたら、ちゃんと毎日おしえてくれるの。サンドイッチばかりはだめだよっていったら、ちゃとほかのも食べるよ。ごっこ遊びもね、こんどお客さんになってくれるって。
ねえ、どうして?どうして母さま、父さまにお願いしなかったの?」
ダイアナ様は答えられないようです。きっと頭の中では言い訳を探そうとフル回転なさっているのでしょう。
彼等が聞きたいのは言い訳ではなく真実ですのに。
「コンラッド、すまない」
「……どして父さまがあやまるの?」
「私が臆病だったからだ。もっと早くにダイアナと話し合うべきだったのに、嫌われるのが怖くて逃げていた」
「……わかんない」
「父様と母様は仲良くなれなかったんだ」
「どうして?」
「どうしてだろう……。そうだな、こないだコンラッドが教えてくれただろう?大人だって間違える、完璧じゃないって」
「うん」
「父様は、母様が正しいと思っていた。駄目なのは父様だけで、母様が間違うはずがないと……。
でも、本当は母様も間違っていた。そのことに気付いていたのに父様は怖くてずっとずっと言わなかった。だから母様は間違ったまま、今まで来てしまったんだ」
「母さま、まちがったの?」
「うん。だから間違ってコンラッド達を置いていったんだ」
「……母さま、おバカさんね」
「そうだな。こんな父様と母様でごめんな」
そう謝罪した旦那様をコニー様はじっと見つめています。そして、
「ごめんなさいっていえて、父様はえらいね。よくできました!」
少し背伸びして、しゃがんでいる旦那様の頭をクシャクシャとかき混ぜました。




