49.執事の暴走
「お願い。助けて、グレン……」
凄いです、本当に。まだそんな縋るような眼差しを向けるのですね。
「使用人を付けよう」
「本当に!?」
「君はリハビリのやり方すら知らないだろう。それで無理をして怪我をされても困る。リハビリと家事等の指導をしてくれる者が必要だ。あとは護衛と御者、庭師等を兼ねてくれる様な人物がいるといいのだが」
ああ、確かに。これ以上怪我を増やされると自立も難しくなって話が面倒になりますね。
「……何よそれ……」
「必要なければ言ってくれ」
「必要だけど!だったら今まで通りの生活をされてくれたらいいじゃない。何故駄目なの?」
「どこからそのお金が出てくるんだ?」
「もう、何なの?お金お金って。貴方は馬鹿みたいに働いていたじゃない。それは私を幸せにする為だったでしょう?そのお金を今使わなくてどうするというの?」
凄いです。旦那様は10年以上この人に尽くしてきたのですか。
その無駄な忍耐力に敬意を払うべきなのか悩んでしまいます。
「ダイアナ様。何度もいいますが、今は私が妻です。旦那様の稼いで下さったお金は、領民と使用人と私達家族の為に使われるのですよ。貴方には銅貨1枚すら権利がありません。
そして、貴方以外の人達はちゃんと旦那様に感謝しています。
10年以上もの間、一度も感謝していない貴方と一緒にしないで下さい」
「なぁぜ?だってグレンが言ったの。私に不自由はさせないって。それなのに、どうして感謝しなくてはいけないの?」
本気で言っているのですよね?
この方にどう伝えたら理解を得られるのでしょうか。
「ねぇ、そこの恥ずかしいオバサン」
突然の乱入に、旦那様もダイアナ様も、もちろん私も反応出来ませんでした。
「………オバサン?」
「この部屋にオバサンは一人しかいないよな?」
「…っ、お前っ!!」
「醜い顔だな。こんなのの何処がいいんだ?ただの頭の足りない女だろう。旦那様は趣味が悪いですね」
信じられないことに、発言はノーランでした。
「ノーラン?」
「ミッシェル様。この女は有害ですよ」
「そうだけど、少し待って?」
「何故です?私はまだ、こんな女が私の主人を侮辱する姿を見なくてはいけないのですか?使用人と駆け落ちをした屑なのに?」
初めて見る冷え冷えとした態度。
「こんな常識の無い阿呆が私の主の幸せを妨げることは、許し難いです。
今すぐ憲兵に突き出せばいい。その方がある意味この女の為だ。現実を知る良い機会になりますよ」
ノーランがこんな事を言うとは思いませんでした。
「ノーラン、控えなさい。前伯爵夫人に敬意を払って」
「払っているから今まで黙っておりました。ですが、あまりにも酷過ぎます。この女は絶対に反省などしませんよ。
次にやることといえば、護衛の男を誑かすか、リハビリの教師に泣き落としをし、自分がいかに悲劇のヒロインであるかをアピールするかだと思います。伯爵家の評判が地に落ちますよ」
……うん。無いとは言い切れませんね。
「でもね、ノーラン」
「それに。お嬢様達は薄々気付いています。いくら取り繕っても早いうちに知られてしまうでしょう。それならば、今、切り捨てても構わないのではありませんか」
「……それは本当か?」
「コンラッド様が仰っていました。『母様の一番は僕じゃない』と。そう、ユーフェミア様にお話しておられました」
……旦那様に密告するだなんて!
でも、旦那様も知っているべきなのかもしれません。
「ノーラン。私は子供達にダイアナ様がやってしまったことを隠す気はありません」
「ミッシェル!?」
「旦那様。子供達はとても敏いです。嘘をつくことは信頼を失うだけで、良い事など一つもありません。
ただね、ノーラン。あの子達の母親を間違いを犯してお終いにはしたくないの。間違ったけど……いいえ、間違ったからこそ、今度こそ真っ当に生きる努力をしている姿を子供達に見せてほしい。
あの子達に必要なのは、間違っているから裁かれた姿では無く、そこからどう反省し、償い、やり直そうと努力するかという姿だと思うのよ」
子供達の為に今度こそ頑張って欲しい。
そう望むことは間違っているでしょうか。
──あら?
もしかして、この話の流れにしたいから、あんな暴言を?
「……何よ。貴方だって使用人といい仲なんじゃない」
どこまでも空気を読まない発言が飛び出しました。
もしかして、私とノーランが恋仲だと言いたいのでしょうか。
「馬鹿ですか」
「誤魔化さないで!こんな……執事としての発言を超えているじゃない!どう考えても貴方に懸想している態度よっ!!」
恋愛好きはすべてを恋愛物に当て嵌めてしまう稀有な病なのかしら?
「私は主であるミッシェル様が一番大切です。
当たり前のことでしょう」
……待って。それは何の告白なの!?
修羅場の空気に耐えきれず、本日は連投予定です。
1時間おきに合わせて5話投稿します。
お付き合い頂けると嬉しいです。




