46.女神のように(ダイアナ) 3
そう。優しい母親でいようと誓ったのに。
グレンは意外にも子煩悩で、下手くそながらも子供と関わりを持とうとしていた。
……私はそれが面白くなかった。
だって何もしていないくせに。悪阻も無く、体型が変わることも無く。お腹が重い辛さも、出産の痛みだって一生理解することはないのに、立ち位置は私と同じ『親』だなんて狡いわ。
「ユーフェミア、呪いに負けないでくれてありがとう」
グレンに聞こえるように囁いて、そっとキスを贈る。ユーフェミアは今日も可愛らしい。
ガタンッ、と突然グレンが立ち上がった。
「どうしたの?」
優しく問い掛ける。
「……いや、仕事に戻るよ」
「そう?無理しないでね」
彼は蒼白になって部屋から出て行ってしまった。
少し意地悪だったかしら。でも大丈夫よね?私は彼を大切にしているし、彼も私を愛しているもの。
それからグレンはあまり姿を見せなくなった。
夜中にコッソリと寝顔を見に来て仕事に戻るだけ。ユーフェミアを抱き上げることは無くなったようだ。
「いつまでお義母様に縛られているのかしらね」
虐められたのなんて子供の頃の話でしょう?本当に情けないのだから。
でも、グレンは優秀みたい。気付けば伯爵領はずいぶんと豊かになったようだ。
そのせいか、私が産んだ子が女の子だけだからと、私の後釜を狙う女がまだいるのよね。
ユーフェミアはとても可愛いけれど、やっぱり男の子がいないと駄目かな。
「ねえ、グレン。もう一人子供を作りましょうよ」
「……だが……」
「なぁに?」
「君はユーフェミアがいるのに、悪阻とか、大丈夫なのか?」
……どういうこと?貴方は協力しないつもりなの?
「でも乳母がいるし、貴方だっているじゃない。どこの家だって子供は何人もいるけど、ちゃんと育っているわ。我が家も大丈夫よ」
「……私が?……それを君が言うのか」
どうしてグレンはボソボソ喋るのかしら。よく聞こえないじゃない。
「なに?聞こえなかったわ」
「……君はずっと変わらない」
「そう?ふふ、ありがとう」
「………うん。ずっとそのまま……きっと女神だからかな」
珍しくグレンが笑った。でも変な顔ね。
泣きそうな、痛そうな、そんな笑い方。
「その笑い方、好きじゃないわ」
「……すまない」
それから、グレンは私を抱いた。
でも、何故かしら。あの蜜月の様な熱も、甘さも無かった。ただ、子どもを作る為だけの交わりに感じた。
「ねえ、私を愛してる?」
「……うん」
返事はするのに、愛していると言葉が返ってくることはなかった。
それからは、子供の出来やすい時期にだけ体を重ねた。
何だか虚しかった。何が彼を変えたのだろうか。
それでも、半年経たないうちに子どもを授かることが出来た。
悪阻は相変わらず最悪で、ユーフェミアとは1日に少しだけしか会えなかった。だって優しい姿だけを見せたかったから。
グレンはユーフェミアの部屋に行くが、ほんの少し話をするだけらしい。
「とうたま、おっきーね」
「……ユーフェミアは小さい」
「にゃんにゃんよー」
「……猫が好きか」
「にゃんにゃん、しゅき。かぁい」
「ユーフェミアも可愛い」
「とうたま、たっかいちて」
「呪われるから駄目だ」
何とも不思議な会話だけど、意外と成立しているのかしら?
でも、呪われるって何。まだ気にしていたの?
だから最近私に冷たかったのかしら。執念深い男は嫌われるのに。
「ユーフェミア、お父様とお話していたの?」
「かあたま!」
「グレンたら嫌ね。呪いなんてあるはずないでしょう?」
「……君が……そう言うなら、そうなんだろうな。私の女神なのだから」
「みゃがめ?」
「……怪物と女神の子供は普通の女の子だ。可愛い普通の女の子のままでいてくれ、ユーフェミア」
「ん~、かぁい?」
「ああ、とっても可愛い」
「えへっ」
……今の言葉の意味は何?
私を褒めたのよね?だって女神だもの。
じゃあ、普通の女の子って?
私はグレンが分からなくなっていった。
それから、コンラッドが産まれて、私は二人の母親として頑張った。一緒に過ごす日々はとても幸せで。
でも、グレンは私を女神だと大切にはしてくれるけど、以前のような愛は戻らないままだった。
「ねぇ、ブレイズ。私はもう魅力の無い女かしら。年を取ったら価値がなくなったと思う?」
私が頼れるのはブレイズだけだった。
「……その質問に俺が答えていいのか?」
その熱を孕んだ瞳にお腹の奥が疼いた。
コンラッドを身篭ってから、一度も抱かれていない。
私は……伯爵夫人であり、ユーフェミア達の母だけど、一人の女性でもある。そんな私を愛してほしいと望むのは間違っているのかしら。
でも、ブレイズの言葉に答えることも出来ないまま時は流れた。今の幸せを手放したく無かったから。
そんなある日、少しずつ体調がおかしくなった。
なに?何かおかしい。これは……
ブレイズを伴って町医者の診察を受けた。
私は死ぬかもしれないそうだ。
『死ぬ』
……私が?
一気にたくさんのことが頭の中をかけ巡った。
私が死んだらどうなるの?
グレンは新しい妻を迎えるのだろうか。では、子供達は?そう、子供達!グレンは私を愛しているわ。だって私がいないと生きていけないようなことを言っていたものっ!!そうなったら子供達は?
……ここで死にたくない。ただ、悲しまれて、墓に入れられ、何も無かったかのように後妻を迎えるなんて──
絶対に許せないっ!!
「……ブレイズ、助けて。貴方しかいないの」
『子供達の為』
これは私の中で最強の呪文となった。
「本当に駆け落ちなんかして後悔しないのか」
「だって愛する子供達の為だもの。私はどんなことだって出来るわ」
「……俺が伯爵を殺そうか」
「駄目。あの子達の父親なのよ」
驚いた。まさかグレンを殺めようとするなんて。
それ程までに私を思ってくれているのね!
ブレイズはずっと私付きの執事のままだった。
形だけの、何の能力も無い男。彼は伯爵家の内情を知らない。私と同じなの。でも大丈夫。何とかなるわ。だって、私名義のお金がこんなにもあるもの。
待っててね、絶対に病気を治して貴方達を迎えにくるから。
ただ、ブレイズを愛することを許して。
グレンが私を蔑ろにするから、もう彼しか残っていないの。
それでも。私は子供達を愛しているわ。
この気持ちは本当なの。
悪いのは、私を裏切ったグレンよ。




