45.女神のように(ダイアナ) 2
子供が天国に旅立った。妊娠がわかってすぐのことだった。
私が愛すると神さまが奪ってしまうのかしら?
ううん。違うわ。私は悪くない。
「……ごめん、私は本当に人を不幸にするのかもしれない」
ほら。グレンが自分のせいだと言っているわ。
私のせいじゃない。ああ、可哀相なグレンを慰めなきゃ。
「大丈夫よ。私達はそんな呪いに負けたりしないわ。でも、ごめんなさい。私……あの子の事がまだ……」
「ありがとう……そうだね、君は少しゆっくりと休んだ方がいい。もし、ここにいるのが辛いなら療養の為に何処かに行こうか」
「ありがとう、嬉しいわ。でも、貴方にはお仕事があるもの。無理はさせられないわ」
グレンとの生活に不満はない。でも、会話があまり続かないから、一緒に旅行に行っても息が詰まりそう。
「……私の事は気にしないで。護衛と使用人を連れて行って来るといい」
よかった。これで自由に旅行出来るわ。
「でも、本当にいいのかしら?」
「……もちろんだ」
久し振りに王都に向かった。
グレンはあまり社交が得意ではないから、社交シーズンでも最低限しか王都に留まらないのが不満だった。
「ダイアナ?」
「あら、ブレイズじゃない。久し振りね」
懐かしい人との再会だった。
彼はマイルズの友人で、私も学生の頃は共に過ごしたりしていた。
久し振りの旧友との再会が嬉しくて、タウンハウスに招いて懐かしい話に花を咲かせた。
ブレイズとの会話は楽しかった。テンポが良く、女性を喜ばせるポイントを押さえてる。まるで学生の頃に戻ったみたいで心が浮き立った。
「そういえば、あそこで何をしていたの?」
学生時代を語り尽くし、ようやく今の話になった。
「あー、格好悪いけど職探し。今まで勤めていた職場で、つい、喧嘩しちまったんだ」
そういえば、少しカッとしやすい性格だったかも?
でも、女性には優しくて、どちらかというと正義感でやらかすタイプだから憎めないのよね。
「そうなの?あ!だったらウチに来たらいいわ!」
「……は?そんな簡単に……」
「大丈夫。グレンは私の言うことには絶対に反対しないわ。それに、貴方はマイルズの友人だもの。必ず雇ってくれるから安心して?」
彼は執事見習いだった。だから、当座は私付きにしてしまえばいい。そうしたら、また学生の頃の楽しさを味わえるもの。
「本当にいいのか?」
「ええ。グレンには手紙を出すわ」
グレンからの返信はとても簡潔だった。
『それで貴方の心が癒やされるなら』
ほら。彼は私の為なら嫉妬など見せたりしないの。
『ありがとう。優しい夫に巡り会えて本当に幸せよ』
そう、返信を送った。
タウンハウスでの生活は楽しかった。
使用人には時折お小遣いを渡して楽しんでもらい、私はブレイズとあちこち出掛けた。
そう。こういう恋人同士の甘い時間が欲しかったの。
ブレイズはただの友人だけどね。
でも、共に過ごすうちに、チラチラと彼の瞳に欲望が混じっていく。
それがまた、何とも言えない喜びとなった。
「ブレイズ、貴方がいてくれると心強いわ」
「…ダイアナ、俺、」
「マイルズの親友ですもの。これからも頼りにしているわね」
「……そうだな。うん、頑張るよ。チャンスをくれたこと、本当に感謝する」
「どういたしまして!」
ごめんなさい、ブレイズ。私は伯爵夫人なの。貴方のモノにはなれないわ。許してね?
それからは、楽しい話し相手も見つかり、順風満帆……と言いたかったけれど、次の子がなかなか出来なかった。
『ミューア夫人はお綺麗だけど、そろそろお年が……』
『石女なら、そろそろ離婚するのでは?』
チラホラとそんな嫌味が聞こえてくるようになった。私は25歳になっていた。
「ブレイズ、媚薬って手に入る?」
「は!?何をっ」
「私はマイルズの為に、絶対にこの家を守らないといけないの。でも、旦那様は私にはあまり興味が無いじゃない?……私ももう若くないし。
それでも、諦めたくないの……」
招待された夜会で、旦那様に媚薬を盛った。
旦那様の忍耐力はかなりのもので、何とか家まで辿り着き、何なら私を遠ざけようとした。
「私は貴方の妻よ。どんな貴方でも受け止めるわ」
そう言って涙ながらに口付ければ、彼の我慢はそこで終了となった。
その夜は今まで味わったことの無い濃密さだった。
何度も求められ、さすがにもう許してほしいと泣いてしまうほどで。
それでも、何度も愛していると言いながら、薬に侵されながらも私を傷付けないように必死に堪えながら私を抱き続けるグレンを初めて少し愛しいと思った。
せっかくならばこのまま子作り週間にしましょうと押し切り、グレンとの蜜月を過ごした。
努力の甲斐があって子供を授かることが出来た。
でも。悪阻は死ぬ程辛いし、どんどんお腹が大きくなるのが不安になる。
え、本当に元に戻るの?
やがて、お腹の中で赤ちゃんが動くのが怖くて……
私はグレンに八つ当たりをするようになった。
酷い、なんで私だけ、貴方なんて嫌い。
顔を見る度そんな言葉を投げつけた。
メイドが、マタニティブルーというものです。大丈夫、遠慮無く発散しちゃって下さい!と明るく言うから、私は遠慮無くグレンを罵った。
出産は本当に死ぬかと思った。こんなにも痛いなんて知らなかった。
そして、産んだ後も痛いっておかしくない?
赤ちゃんは女の子だった。
産まれてすぐは、可愛いのかどうか分からなかった。
私は疲れ切り、全身筋肉痛だし、切られた陰部が痛むし、胸が張って痛いし、痛いと言っているのにマッサージされるし、熱まで出るし。もう、すべてが嫌になってしまった。
「もうイヤ……私に赤ちゃんを見せないで」
私は頑なに拒んだ。だって私をこんなにも傷付けるのよ?こんなの酷過ぎると泣き続けた。
「……ダイアナ。君にばかり辛い思いをさせてごめん。……でも、産んでくれてありがとう。名前をユーフェミアと名付けたのだがどうだろう」
そう言って、おずおずとやって来る姿は結婚当初に戻ったみたいだった。
違うのは、その大きな体で小さな赤ちゃんを抱っこしていること。
あれ…、こんなに可愛い子だったかしら。
「……ユーフェミア。綺麗な名前ね」
「うん。君に良く似て、天使みたいだろう」
意外にもグレンは赤ちゃんが好きなようだ。そんな慈しむような笑顔は初めて見た。
「抱っこさせて」
「ああ、頭に気を付けて。まだ首がしっかりしていない」
何だこれ。まるで立派な父親みたい。これじゃあ、私が駄目な母親みたいじゃない。
ユーフェミアはとても小さく、とても愛らしかった。
「ユーフェミア、私がお母様よ」
そのぷにぷにの頬に口付ける。
思わず涙が溢れた。
「ごめんね、今日からちゃんと優しいお母様になるから。許してね、ユーフェミア」
すると、ユーフェミアがふにゃっと笑ったように見えた。




