43.嘘偽りのない言葉を
「違うのです!ブレイズは何も悪くなくてっ」
「ダイアナ様。答える前にひとつだけ約束をして下さい。
──絶対に嘘偽りを仰らないで。
それは、貴方の為でもあり、子供達の為でもあります。
あの子達に恥ずかしくない、母親としての正しい姿を見せて下さい」
子供達の為に姿を隠したのだと本当に思っているのなら、最後までその優しい母親として答えてほしいと思うのは当然でしょう。
「…は、はおやとして…?」
「はい。それとも、本当は子供達を捨てたのですか?愛する男がいればそれでいい、ただの女でしかありませんか。
今からの貴方の発言にすべてが掛かっています。心してお話し下さいませ」
信じられないことを聞いたと言わんばかりの表情。この方はどれだけ甘やかされて生きてきたのでしょう。
結婚式を楽しみにしながら式まで待てず、婚約者に体を許した愚かな令嬢。
それがダイアナ様の本質だったのでしょうか。
「どうしました?ご自分では言い難いのですか?
では、一つずつお尋ねします。
貴方は離婚が成立しています。ですが、子供達のことや、貴方の持ち出したお金についてなど、話し合いが必要なのはお分かりですね?」
「……お金は……だって……私の名義で……」
子供よりお金に反応するのは止めてほしかったです。
「少し違います。ダイアナ様の個人資産はもちろんありますが、貴方様が持ち出したのは伯爵夫人としての費用です。
それは離婚した貴方が自由に使える資金ではありませんよ?」
家令のホワイトさんはしっかりしていました。
いつかこうなる事を見越していたのでしょうか。ダイアナ様の個人資産は、婚姻の際に持ってきた持参金のみ。他の莫大な資産はすべて伯爵夫人としての費用としていたのです。
正式に離縁を申し入れていれば、また違ったでしょうが、駆け落ちをして伯爵家に迷惑をかけた彼女にどれ程のお金が渡るのかは私には分かりません。
「……そんな……」
「それから、子供達のことはどうするつもりだったのですか?彼女達の親権はもちろん伯爵にあります。
ですから、ダイアナ様と今後会うことを許すかどうかの決定権は旦那様にあるのですよ」
「わ、私が産んだ子なのにっ!」
「そうですね。貴方が産んで貴方が置き去りにしたのです。その後の約束を何もせずに。ですよね?」
「……だって、あの時は……生きられるか分からなくて……」
しっかりしなさいっ!と背中をバシッ!と叩きたい気分ですわ。これで旦那様より歳上なのでしょう?10代から中身が成長していないのではないかしら。
「貴方に置き去りにされた子供達が不幸になるとは考えもしなかったのですね」
「え、不幸って……」
ああ、この顔は欠片も考えていなかったようです。
「私の母も、私と弟を残して家出しました」
「!」
「父はもちろん激怒しました。なんてみっともないことをしたのだと、すでに5年以上経っているのに、今でも思い出しては腹を立てています。
ダイアナ様の話を聞いた時も大変怒っていました。
女性とは清貧、貞淑、従順であるべきだと言い出し、私は丸一日食事を食べることが許されませんでした」
「えっ!?」
本当に、え?って感じですよね。ようやく巻き添えにあった文句を言えて嬉しいです。こんな機会に恵まれるとは思いもしませんでしたわ。
「私は家出した母に似ています。だから、父は私のことが嫌いなのですよ。
自分に似た弟だけを可愛がり、私を疎んでいました。旦那様との結婚だって、弟の学費の為に勝手に決めてきたのです。酷いと思いませんか?」
苦労知らずのお嬢様は、そんな不幸が存在するなんて知らなかったのでしょう。
「ユーフェミア様とコンラッド様。お二人はダイアナ様にそっくりですね」
だからどうしたのかは伝えずにニッコリと笑って見せました。どうやら意味は伝わったようです。
「まさか……グレンが子供達を!?」
……そう来るのですか。違います。私が言いたいのはそういう事ではなくて。
「旦那様は子供達を大切にしていますよ。ただ、そういう可能性もあったのだと言っているのです。ご理解頂けましたか?」
「……酷いです。驚かさないで下さい」
え、まだ伝わっていないのですか?
「私以外の女性は、子供達は寄宿学校に入れるのはどうかとか、お二人を排除して、いずれ産まれるであろう自分の子供を跡継ぎにしようと画策していたそうです。
貴方に捨てられて危険がいっぱいでしたね」
すっかりと俯いてしまいました。話したいことはまだまだありますのに。
「……どうして私だけが責められるの」
「他に誰を責めろと?」
思わずノーランを見てしまいました。クスッと笑って肩をすくめています。
それが馬鹿にされたと思ったのでしょう。ダイアナ様が突然大声を出されました。
「どうしていつも私だけがあの子達の面倒を見なくてはいけないの!?グレンだって父親よ!それなのに、どうして病気の間の1年、彼に任せただけでこんなにも嫌味を言われなくてはいけないのよっ!!」
……旦那様。彼女の魅力はどこですか?




