38.過保護な兄
フェミィ様達のせいで、何となくノーランと話をするのに緊張してしまいます。
「ノーラン、少しいいかしら」
「はい。何かありましたか?」
ええ。ありましたよ。なぜかあなたは私の恋愛対象みたいですよ。……なんてことは言えませんし言いません。
駄目ですね。慣れないこと過ぎて、過剰に反応する乙女な自分が恥ずかしいです。
「ブレイズの様子はどう?」
「彼は、日に三度ダイアナ様の部屋を訪れています。ダイアナ様が人払いをなさるので、会話の内容は分かりません。時間にして三十分程度でしょうか」
「……人払い?」
それは……。いくら今は独り身とはいえ、この家でその様な振る舞いは不利になるでしょうに。
「あの二人は恋仲だと思う?」
「それはほぼ間違いないかと。体の関係があるかどうかまでは分かりませんが、距離が近過ぎます。
初めに案内した時は、私やメイド長がいたにも関わらず、抱き合っていましたから」
……ダイアナ様のお世話をポーラに任せて正解でした。
「あなたから見て、ダイアナ様は本当にそこまで重篤だったと思う?」
「もちろん足を切断していますから、家を出た時の状態に嘘は無いのでしょう。
ただ、こちらに来た頃は馬車での移動で死ぬということはなかったと思われます。
到着時の顔色もそこまで悪くなかったですし、熱も微熱程度だったようですから。
ブレイズが言った通り、三ヶ月前には普通に生活できるようになっていたのでは?」
そうなのね。子どもたちのお泊りがあったから、昨日は報告を聞けませんでした。でも、要するに完治はしているけど、ここには来たくなかった……いえ。ブレイズ的に来させたくなかったのかもしれません。
「ブレイズはあなたのイメージ通りの腹黒さんかしら」
「グレーくらいじゃないですか?お金目当てというよりは、愛もあるみたいですし」
ここにも金銭面を考えている人がいるわ。
愛も、というのがノーランの考えなのですね。
「愛のために、一か八かの駆け落ちをしたと思う?」
「有り得ると思いますよ。旦那様に脅されてと言っていましたが、旦那様の台詞は脅しというには弱いです。ただのポエマーな発言なだけな気がしますね。
それに、もし旦那様が死んでも、その後の後見人などはすでに決まっているとホワイト様に確認しましたから」
やっぱりそうよね?当主が不慮の事故に合うことを全く想定しないはずないもの。そのことをダイアナ様は知らなかったのかしら。
「ダイアナ様はとても大切にされてきたのね」
「でしょうね。最低限の社交と、子ども達と遊ぶこと。それ以外の仕事などなかったみたいですし。
まあ、後継者を産むという、夫人として一番大切なことを終えていましたからね。
それに、ここは使用人が優秀です。ホワイト様とポーラ様のお二人がしっかりと旦那様をサポートしていますから。夫人がいなくても困ることが社交以外ないのですよ」
ダイアナ様は伯爵家を理解していなかった。
そういうことなのかしら。
あら?最低限の社交と子ども達と遊ぶことだけって私と同じではないでしょうか。
追い出したメイド達は、ダイアナ様を慕っていたけれど、あれは、ダイアナ様なら甘い汁が吸えたのに、という考えだったのかもしれません。
……いえ。駄目ね。ダイアナ様と私の母を重ねているかも。つい、評価が厳しくなってしまいます。
「あなたから見て、ブレイズは執事としてどうかしら」
「は?夫人と駆け落ちしているあたりで完全に執事として失格です。それ以外の評価などありませんよ」
……ノーランは本当に厳しいわ。
やっぱりこの人が私に恋心なんて持つはずないわよね?
でも、ブレイズはやっぱり真っ黒かもしれません。私も彼の話に騙されかけましたが、少しやり過ぎてしまいましたね。台詞の端々に引っ掛かりを感じてしまったもの。悲劇の演技に溺れたのでしょうか。
「ありがとう。後は旦那様に確認するしかないわね。
ブレイズの一方的な話だけでは決められないし、これ以上考えると、どうしても悪く考えてしまいそうですし。今日の夜、時間をとってほしいと伝えてくれる?」
「畏まりました。私もお側に控えさせていただきます」
ん?それはお願いしていないのですけど。
「大丈夫よ。旦那様も今回はお酒を飲まないでしょうし」
「ミッシェル様。私はお側にいましょうかとお伺いを立てたのではなく、お側にいますねと申し上げています。これは決定事項ですよ」
……何それ。何故あなたが決定するのよ。
「主の言うことを何でもホイホイ聞くのが優秀な使用人ではありません。主の身の安全のためならば、窘めることも時には必要なのですよ」
「…窘めていないじゃない」
「では、必殺技を使いましょうか」
何?そのコニー様が喜びそうな言葉は。
「お嬢様達のためです。ご自身の安全対策はしっかりしましょうね?」
必殺技は子ども達ですか!
……恋愛じゃありません。絶対にこれはただの過保護。やはり兄で間違いないでしょう。




