32.断罪でも復讐でもなく

「ブレイズ様、お気持ちは分かりますが少し落ち着いてください。このような話は子ども達に聞かれたくないのです」

できれば自分の父親が糾弾されている情けない姿を子ども達の目に触れさせたくはありません。

「……申し訳ありません、ミッシェル様」

いえ、怒鳴り散らしたい気持ちは分かりますから。私もこの人があの子達の父親じゃなかったら、とっくに見捨てていますもの。

「さて、旦那様。ここまでで何かご不明な点はございますでしょうか」

すでに燃え尽きている気もしますが、念のため、声掛けをします。

「……私は……どうしたら……」

きっと頭の中が飽和状態なのでしょう。これ以上伝えるのは無理かしら。

「旦那様。旦那様はもう可哀想な子供ではありません。努力の甲斐あって、今では立派な伯爵様であり領主様です。あなたの頑張りを領民達はとても喜んでいますし、感謝もしています。

まずは、今の自分をあなた自身が認めて、ちゃんと褒めて上げて下さい」

彼の駄目な所はすべてを混ぜてしまうことだと思います。

母親に疎まれた子供の彼が、伯爵としての彼も、夫としての彼も、父親としての彼も、すべてを駄目にしてしまっているのです。

「頑張りましたね、グレン・ミューア様。今のあなたを蔑む人はいませんよ。今日を以(もっ)て、可哀想な子供から卒業しましょう」

まずはそこからです。一つ一つ進んで行きましょう？

「……なぜ、君は私を認めるのだ」

「努力した人を認めるのは当然のことです。

私には弟がいますが、その子にもいつも教えていましたわ。相手を思いやる心と、日々の努力を忘れないでね、と。

あなたは伯爵として日々の努力を続けてきました。それは褒められるべきことです」

「……私、が……」

「はい。あなたが、です。グレン・ミューアは立派な当主ですよ。

ただ、せっかくの頑張りですが残念な部分はあります。そこは改善しないといけませんけどね」

当主のくせに労働環境が悪過ぎですもの。休憩や食事、休日。このあたりを見直ししていかないと、この人が標準になったら将来コニー様が困ってしまいます。

「ミッシェル様、なぜこの男を認めるのですか！」

あら。ブレイズ様が怒っています。

「褒めるべきところは褒めます。駄目なところはゆっくりと叱ります。ただ、今、叱っても、怒られたということだけが残り、『なぜ』の部分が伝わりませんわ。それでは意味がないでしょう？」

「はぁ？」

「ブレイズ様の気持ちは分かりますが、彼が今潰れたら伯爵家も子ども達も困るのですよ。

裁くだけなら簡単です。でも、それをやってどうなるのです？あなたの気持ちはスッキリするかもしれませんが、それなら最初から駆け落ちなど装わなければよかったのですよ。

彼が自殺しても放っておけばよかったでしょう。違いますか？」

「それは……ですがっ」

「私は子ども達のためにこの家に来たのです。あの子達を幸せにしたい。そのために必要なことをするだけですわ。

それは、ダイアナ様の望みとも合致すると思っています。

私は断罪劇がしたいわけでも、復讐がしたいわけでもありません。

許せないことはたくさんあるけれど、それでも、子ども達が幸せになるためなら、多少面倒なことでも頑張ります。

切り捨てるのは簡単で楽ですけど、あの子達は絶対に傷付くわ。それだけは嫌です。駄目です。絶対に！」

本当は私も怒りに任せて旦那様を詰(なじ)りたかった。責めてしまいたかった。

でも、フェミィ様達はとても頑張っていたのです。旦那様に『当たり前』を教えることを。お二人の努力を無駄にしたくはありません。

それに、旦那様を痛め付けて喜ぶような醜い姿をあの子達に見られたらと思うと、フッと気持ちが静まってしまいました。

フェミィ様達のおかげで、私は人を思い遣(や)る心を失わずに済んだのです。

「ダイアナ様とブレイズ様の決断が、こうして私という人間をも巻き込んだのです。

私の意見を尊重してもらってもいいはずですよね？」

お二人だって真剣に考え、命すら賭けてその道を選んだのでしょう。でもそれは、私という被害者を作るものでもあったのですよ。

私にしてみたら、旦那様だけでなく、貴方達にも文句はあります。

結局、旦那様は生きているけど、子ども達も皆、幸せではなかったのですから。

被害者面していいのは、私と子ども達くらいだと思います。

「命が懸かっていたからといって、離婚を問答無用で突き付けて駆け落ちしたのは悪手でしたわよ？」

そこは本当に反省してほしいです。

せめて、期間限定の家出にして、根性で生きて戻るくらいの気概が欲しいところでしたね。

旦那様も大概ですけど、お二人も少し悲劇のヒーロー＆ヒロインに酔っていたのでは？と言いたいですし。

10年以上変わらなかった駄目な旦那様と、10年以上かけても関係を変えられなかったダイアナ様は、私に言わせるとどっちもどっちです。

「ブレイズ様。どちらにしてもダイアナ様はしばらく移動は無理ですよ。お二人とも、諦めてここに滞在して下さいませ。

それではお話しは一旦終了しましょうか。すぐに解決する問題ではありませんもの。

あと、旦那様は溜まりに溜まったお仕事があります。ホワイト様がお可哀想なので、ちゃんとお仕事なさってください。

ブレイズ様はダイアナ様に会いに行ってください。でも、長居はだめですよ。終わったら子ども達のところにも顔を出してくださいな。きっと喜びますから」

「……私は貴女がさっぱり分かりません」

「今日出会ったばかりのブレイズ様にいきなり理解されたら怖いので、それでいいと思いますよ。

ノーラン、ブレイズ様をダイアナ様の部屋に案内してあげて」

納得のいかない顔のブレイズ様と、まだ呆然としている旦那様を部屋から追い出し、ソファーに腰掛ける。

「……すっごい疲れました……」

まだまだ平穏な日常はやって来なさそうです。