26.涙の帰還
思いっきり絞られました。ウエストを。
「コルセットを考えた方に殺意が湧きます」
子爵家ではほぼ着けていませんでしたし、こちらに来てからも簡易のものしか使用していませんでした。
「本気の圧が凄すぎます……」
「これが標準の奥様のスタイルですわ」
確かに今までの出で立ちが駄目だったことは分かりました。
「さて。本当はお茶会などを開催したいところですがさすがに旦那様の了承なしにはできませんし」
「あの、私が望むのはそういうことではなくてですね?」
「ミッシェル様の味方を増やせるような、ということでよろしかったでしょうか」
「……はい。色々と考えたのですが、私の一番の願いは、これからもフェミィ様達の成長をここで見守りたいということです。
ですから、それを叶えるための力が欲しいのです」
「そのためならば奥様業を頑張るのも吝かではない、ということでしょうか」
「はい。その通りです」
ノーランにもっとワガママになっていいと言われたときに一番に思ったのは、ここに残りたいということでした。
なぜそこまで?と言われても上手くは答えられません。
ただ、フェミィ様とコニー様のお二人がとても愛おしい。だからお側にいたい。それだけなのです。
「では、まずは使用人の掌握から始めた方がよいでしょう。今回の件で分かったかと思いますが、メイドは手なづけておいたほうが得策です。常日頃側に侍る者達ですからね。
それと、帳簿などはどうしても旦那様の許可がないとお見せすることはできませんが、それを任せられている人間と親しくなることは可能でございます。
私共を上手にお使いくださいませ」
そうか。自分でやるのではなく、動いてくれている使用人をどう使うか、なのですね?
今までずっと命令される側だったから少し抵抗はあるけれど。
「ではまず。メイド長をお名前でよんでもいいかしら」
「まあ、もちろんでございます。どうぞ、ポーラとおよびください。
使用人は名前でよんでもらえる方が喜びますし、しっかりと把握されているとも感じるため、悪さをすることが減ります。
本日は、ともに屋敷内を散歩しませんか」
散歩しながら、使用人の顔と名前、行動を把握していくのですね?監視していると感じさせないくらいの束縛……難しいですけれど、頑張る価値はありそうです。
「ええ、ポーラ。散歩に付き合ってください」
その日の夜、私は報告日誌を書き始めました。お二人がいなくなった日に遡って全部。
おいて行かれて寂しかったこと。お二人とお別れになると思って泣いてしまったこと。
一週間もの間いじけていたら、なぜかメイドにイジメられたこと。
書いてみると自分の落ち込みっぷりが赤面ものでしたが、正直に全部書きました。
【報告日誌】
今日、やっと反撃を開始しました。
私を馬鹿にして虐めてきたメイドは、まったく反省する気がなかったため、残念ながら辞めさせました。
メイド長のポーラと仲良くなりました。
ずっとお二人の側に居られるように、伯爵夫人として頑張ることにしたので、ポーラとノーランがその手伝いをしてくれています。
今日の衣装は奥様風のデイドレスです。お化粧もしてもらって頑張りました。これからは毎日こうやって、身奇麗にしてお二人の帰りをお待ちしています。
寂しいです。早く帰って来てくださいませね。
「ふふ、何だか恥ずかしいですね。誰かに寂しいと伝えるのは」
だって甘えているということでしょう?
私は子ども達に甘えていたのですね。だってあの優しい空間は私の癒やしなのです。
「……早く帰って来てください」
◇◇◇
旦那様達が帰って来たのは、それから3日も後のことでした。
「奥様、旦那様の馬車が門を通ったそうです!」
「本当?!すぐに向います。手の空いた使用人達も向かわせて。手が必要かもしれないわ」
「畏まりました」
よかった、帰って来てくださった。
つい、小走りになってしまいます。玄関までが遠いわっ。
「ミッチェッ!!」
馬車の扉が開くなり、コニー様が飛び出してきました。危ないですよっ!
「コニー様っ、あぶなっ」
「ミッチェミッチェミッチェ~~~ッ!!!」
コニー様はボロボロと大泣きです。
「おかえりなさいませ。どうなさったのです?」
「ごめんねミッチェ!ぼく、うそつきになった!うそつきになっちゃったの!ごめんなさい、ごめんなさいっ」
コニー様の涙も謝罪の言葉も止まりません。
「ヤダッて!かえりたいっていった!いったのにっ!なんどもいったの!おいわいするからって!!」
「……戻ろうとしてくださったのですか?」
「ごめんねミッチェ、ぼく、うそつきで~っ」
何ということでしょう。幼い子供にこんなにも謝罪させる程追い詰めるだなんてっ!
「コニー様、そのお気持ちだけで十分です。帰ろうとしてくださってありがとうございます。だからもう泣かないでくださいませ。そんなに泣くとお目々が溶けてしまいますよ」
泣いているコニー様を抱きしめ慰めていると、馬車からフェミィ様も降りてきました。
「……ただいま、ミッチェ」
「はい。おかえりなさいませ。ご無事でよかったです」
お怪我などはなさそうですが、表情が冴えません。
「コニーが帰りたいと言ったのに、止めたのは私なの。約束を破ってごめんなさい」
……そうだったのですね。ですが、お母様に会うためですもの。責めることなどできません。
「約束を覚えていてくださってありがとうございます。緊急事態だったのですもの。仕方がありませんわ」
だから、そんな泣きそうな顔をなさらないで?
「……ごめんなさい。お祝いしたかったの。それは本当なのよ」
ポロポロと涙を溢しながら、それでもしっかりと謝罪の言葉を伝えてくれました。
「もちろん謝罪を受け入れます。祝いたかったと言ってくださって本当に嬉しいですよ。
フェミィ様達が元気なのが一番です。どうぞ笑ってくださいな。お二人のキラキラ笑顔が大好きですのよ」
「ミッチェ…、だいすきっ」
そう言いながら抱き着いてくださいました。
「私もお二人が大好きです、おかえりなさい!」
そう。お二人は大好きですよ?
今まではそれだけでよかったのです。それだけで満たされていましたから。でも───
ギッっと、馬車の軋む音がしました。
旦那様が女性を抱えて馬車から降りて来たようです。
旦那様のことは、最初はどうでもよかったですし、過去のお話を聞いて、少しだけ同情もしました。子供達との遣り取りは微笑ましくもあって、このまま幸せになれたらと思っておりましたよ。さっきまでは。
子供達をこんなにも泣かせた旦那様に、初めて殺意が湧きました。
「おかえりなさいませ旦那様」
あなたを絶対に許さない。




